第19話 架河森家(1)

「今から約三百年前、架河森かがもり家はとある村の庄屋だったんだって」

「は? なんで唐突に昔話が始まる?」

「黙って聞いてて。ある年、村は夏は大旱魃、冬は大寒波に襲われて、作物がまったく穫れない日が続いたの」

 村人は飢餓に倒れ、道には野ざらしの死体が積み重なっていったという。そんな状況にも関わらず領主からの年貢の取り立ては厳しく、来年の種籾すらも奪われてしまった。村から逃げるにしても他に行く宛も金もなく、このまま村ごと朽ち果てるしかないと誰もが絶望した……その時。

「当時の架河森家当主が、村に言い伝えられていた『サンショウ様』と呼ばれる土地神の祠に祈ったの。『どんな代償でも払いますから、村を助けてください』と」

 すると祠の中から見目麗しいが現れたという。

「彼は庄屋の願いを叶えると約束し、代わりに庄屋の娘を娶りたいと言ったの。庄屋は喜んで15になったばかりの自分の娘を土地神の元へと送り出した。そしたら次の日から天候は良くなり、田畑には作物が芽吹き、村には穏やかな暮らしが戻りました」

 めでたしめでたしと締めくくる架河森に、俺はまだ釈然としない。

「で、その昔話が現在の架河森になんの関係が?」

「それが大アリなのですよ」

 架河森は大威張りで続ける。

「この話には続きがあってね。サンショウ様の神力のお陰で、村は長く災禍に見舞われることがなくなっていたのだけど、時が経つごとに彼の守護能力は衰えていったの。そして再び村が困窮した時、当時の庄屋は15歳だった自分の娘を新たにサンショウ様に嫁がせることにした。そうしたら以前と同様に村に平穏が訪れたの。それが、最初の嫁入りから丁度五十年後のこと。以来、架河森家では五十年に一度、サンショウ様に15の娘を嫁がせる伝統ができたの。そして、去年が丁度三百年目、七代目の嫁がサンショウ様に娶られる……はずだったんだけど」

 架河森はニヤリと赤い唇の端を上げた。

「その年に15歳になった架河森本家の娘が、サンショウ様との結婚を嫌がったのよね」

 ……だろうな。今は令和だぞ? 江戸時代から続く風習なんかで得体の知れないモノと結婚させられてたまるか。

「まあ、三百年も経った今ではサンショウ様の存在もただの伝説になっちゃってて。村も過疎化が進んで何十年か前に廃村になっちゃったし、早々に街に移住していた架河森家は相場師として成功していたし。それで、ここが辞め時だろうってことで、架河森家当主は娘の要望を聞き入れたの」

 架河森は解けかけたソフトクリームを掻き込んでから、「でも」と続けた。

「嫁を出さないと決めた直後から、架河森家は傾き始めたの」

 株式や不動産の暴落、投資詐欺に引っかかるなどの不幸が重なった結果、架河森家はたった一年で資産の大半を失ってしまった。ここまでくると、時代錯誤の風習だと馬鹿にしてはいられない。しかし、自分の娘を嫁がせるのは可哀想だし、なにより既に16になってしまった。そこで――、

「白羽の矢が立ったのが、架河森家の分家の分家。とぉーーーーい親戚に当たる代野家のわたしだったわけ」

 ……ようやく本題に辿り着いたぞ。

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