第13話 休日(2)

 本屋には魔物が棲んでいる。

 迂闊に足を踏み入れると沼にハマって抜け出せなくなる、まさに現実世界のダンジョン。

「めっっっちゃ買ったぁ……」

 追っかけている漫画の新刊目当てで行ったというのに、買い逃していたラノベの続刊やらあの大御所の新作やら思わずジャケ買いしちゃったシリーズ物やらでエコバッグがパンパンだよ。肩に食い込むエコバの持ち手と軽くなった財布が痛い。だが、この上ない爽快感と充実感。ああ、散財ってどうしてこうも楽しいのだろう!

 早く帰って読もう。俺は涼しい本屋を後にし、夏の日差しの残る外界へと一歩踏み出して……。

 ぎゃっ! 温度差で一気にレンズが曇った。

 白に染まった視界に眼鏡を外す。途端に0.7に矯正されていた視力が0.02になる。物の輪郭がぼやけ、辛うじて色の区別がつく程度の世界。

 しまった、眼鏡拭き持ってこなかった。仕方がないからTシャツの裾でレンズを拭こう。※良い子はマネしないように。

 裸眼で俯く俺の前を、歩行者が行き交う。休日の商店街は人通りが多い。その中で、

「ん?」

 通りの反対側を見知った小柄な輪郭が通り過ぎた。雰囲気で判る、あれは多分架河森だ。休日にも会うなんてエンカウント率が狂ってるぞ。俺はうんざりしながら眼鏡を拭きつつ、彼女らしき塊を目で追う。彼女は雑貨屋の前で立ち止まり、何かを物色しているようだ。その背後には……黒い人影が。

 俺より背が高そうだから、きっと190cm以上。だらりと流れるようなシルエットは、こんな時期にロングコートを着ているのか? いや、コートというより、もっと和風な……。

 訝しみつつ、俺は眼鏡を掛け直した。瞬きして顔を上げると、輪郭のくっきりした視界で観える雑貨屋には、もう架河森の姿はなかった。……彼女に寄り添っていた黒い男も。あれがきっと、

「例の旦那様か」

 ……なんだか面白くない。

 気分転換に出かけたのに、余計に落ちた。

 家に帰った俺は、戦利品をエコバから出すこともなく置きっぱなしにして、ベッドに寝転んだ。

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