第12話 休日(1)

 世界は不思議に満ちている。凡庸な俺の理解が追いつかないほどに。

 弧泉璃珠先輩にクッキーをもらった日の下校時刻、俺は生徒玄関で野球部のサードに呼び止められ、どこか(たぶん校舎裏)に連れて行かれる架河森を目撃した。

 その次の日の放課後は、図書室から帰る途中に四階廊下の窓から、校舎裏で生徒会の副会長と何かを話している架河森を見た。

 靴箱にも頻繁に手紙が入っているらしい。

 教室では目立たない架河森は、西校舎裏では人気アイドルだ。

 でも……なにかがおかしい。

 架河森は複数の男子生徒に告白されている。それは事実だ。

 そして、それを全部断っている。これは本人談だ。

 毎日のように男子に呼び出され、愛を語られている架河森。なのに……。

 ――俺には、あいつがモテる理由が分からない。

 周りも架河森が告白されていることに気づいていないだろう。

 例えば、弧泉先輩や堺先輩のような一目瞭然の『魅力』が架河森には感じられない。ただ相手も自分も、義務であるかのようにコクってフラれてを繰り返しているだけ。まるで部品を順番通りに組み立てていく作業のように。

「……俺には関係ないだろ」

 呟いて起き上がる。今日は土曜日、学校も塾もないまっさらな休日。昼過ぎまでだらだらベッドで過ごしてしまった。腹が減ったけど、台所に何か食料はあるかな?

 二階の自室を出て一階の台所へ向かうと、ダイニングテーブルには目玉焼きとソーセージとレタスサラダのワンプレートがラップして置いてあった。近くにはマグカップと顆粒コーンスープの袋まで。

 出勤前に母が俺の朝食を作っておいてくれたのだろう。うちは父が泊りがけの出張が多いエンジニアで、母は土日シフトのある接客業。休日に家族が揃うことはめったに無い。

「金だけ置いてってくれればいいのに」

 罰当たりなことを言って、冷めた朝食を昼飯にする。八つ当たりなのは分かっているが、思い出したように『息子おれのことも気にかけているよ』って主張されても困るだけだ。

 ダイニングテーブルから見える位置に置かれた棚の上の写真立てには、笑顔の家族が収まっている。父と母と俺と姉。

 七年経った今でも、姉は変わらず笑ったままで……現実の俺達はお互いの顔すら見ない。

 吐き出したため息は思ったよりも大きく響いて、家には俺一人きりなのだと実感する。

 食べ終わった皿は自分で洗う。布巾で食器を拭きながら俺はなにげなく壁のカレンダーに目を遣り、「あっ」と気づいた。今日は漫画の発売日だ。平日なら登校途中のコンビニで買うんだけど、休日に外に出るのはめんどいなー。でも、前巻がいいとこで終わってたから、続きが気になるんだよなー。

 俺は数秒逡巡してから、「よし!」とスウェットを脱ぎ捨てた。駅前の商店街に行こう。漫画の新刊とめいっぱいジャンクな菓子とコーラを買って、それから家に帰って一巻から読み直そう。周回すると気づいてなかった伏線を発見できて楽しいんだよな。それからネットの考察をあさって造詣を深める。うむ、いい休日だ。

 タンスの一番上にあったTシャツとデニムを装備して、俺は家を出た。

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