第11話 自販機前で

 今朝の弧泉先輩の訪問、架河森に誤解されただろうか?

 いや、別にどう思われても構わないのだが。

 とりとめのないことを考えながら階段を下りていく。今は昼休み。俺は自販機に飲み物を買いに行こうとしていた。

 昼食時は学食も購買部も混むので、いつもはコンビニでパンと飲み物を仕入れてから学校に行くのだが、今日は暑くて午前中にお茶を飲みきってしまったのだ。九月下旬なのに30度超えるのはエグい。500mlのペットボトル一瞬で蒸発する。

 自販機は東校舎一階の生徒玄関側にあるのだが、一年生の教室が四階だから往復もちょっとした運動だ。しかも、ついでとばかりにクラスの連中のお遣いも頼まれたし。ま、俺の分は奢ってくれるっていうからいいけど。

「えっと、田中が緑茶で緒方がスポドリ、烈矢は炭酸系……この知らないメーカーの見たことないパッケージのヤツにしよう」

 学校の自販機って、定番のドリンクに混じって妙に尖った商品が並んでることがあるよな。どの層を狙ってるんだ?

 最後に自分用の烏龍茶のボタンを押して、取り出し口に手を入れる。うっ、四本も五本も入れっぱなしにしてたから、中で引っかかって出しにくい。

 しゃがみこんで悪戦苦闘していると、

「泣かないで、ミキ」

 生徒玄関の外から複数の声が聞こえてきた。

「酷いよね、コクってきたのはあっちなのに」

「あたしのどこが悪かったの?」

「ミキのせいじゃないよ」

「コクって二日で振るとかありえない!」

 しゃくり上げる音と憤慨した声。ちらりと首を巡らすと、四人の女子が立っているのが見えた。どうやら失恋して泣いている一人を、他の三人が慰めている構図だ。

 ……めちゃくちゃ気まずい。

 俺はペットボトルを回収すると、逃げるように階段を駆け上がった。

「ほい、ジュース買ってきたぞ。田中、緒方、烈矢」

 教室に戻ると、お遣いのドリンクを放り投げて渡す。

「さんきゅー! って、これ何味だよ?」

 受け取った烈矢がサイケデリックなパッケージに顔を引きつらせる。

「しらん。あとかなり揺らした」

「炭酸にむごい仕打ち!」

 ぎゃーぎゃー騒ぐ幼馴染を無視して俺は烏龍茶を呷る。一仕事終えた後の冷たい飲み物は格別だ。一気に半分飲んでしまって、すぐにもう一本買っておけば良かったと後悔する。

 でも、近くで失恋残念会をやっているところにまた出向くのは気が引けるな。俺は先程の光景を思い出し――。

 あれ? なにか引っかかる。

 なにか大事なことを忘れている気が……。

 ブシュッ!!

 次の瞬間、弾けるような音と共に、「うぎゃー!」と絶叫が響く。

「ヤバっ、めっちゃこぼれた!」

 ペットボトルから溢れる泡に狼狽える烈矢と、同級生の笑い声。

「お前のせいだろ、慧。どーすんだよ! ……って、慧?」

 頬を膨らませて詰め寄ってきた烈矢は、呆然と立ち尽くす俺を怪訝そうに覗き込む。

「どうした? 顔色悪いぞ」

 言われて我に返る。

「いや、なんでも。俺、モップ持ってくる」

 教室の隅の掃除用具入れを開け、ドアに隠れて大きく息を吐く。

 ――どういうことだ?

 不可解さに目眩がする。

 瞼に残る光景。あの、フラれたと泣いていた彼女は……。

 一昨日、厚浦が西校舎裏で告白していた女子生徒だ。

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