第7話 駅前で(2)
俺達と同年代に見える彼女は、にこにこと手を振って近寄ってきた。
「あー、やっぱり
シロノって誰だ? 怪訝そうに彼女の動向を窺う俺の横で、架河森が軽やかに手を振り返す。
「久しぶり、木村さん」
「中学以来だね! 代野さん、卒業前に突然転校しちゃったから驚いたよ。この辺の高校に通ってるの?」
「うん。急に家の引っ越しが決まって、卒業式に出られずに残念だったよ。木村さんはどうしてここに?」
「おばあちゃん家がこの市内にあって、試験休みを使って会いに来てたの。でも、こんな偶然あるんだね」
木村と呼ばれた彼女は興奮気味に捲し立てた後、ふと俺の方を見た。それから口元に手を当てて、弾む声で架河森に耳打ちした。
「隣の人、代野さんのカレシ?」
丸聞こえだ。
「ううん。ただの同級生」
返答はにべもない。だが、木村は「そういうことにしておくね」と笑い飛ばした。
「SNSのアカウント生きてる? あとで同窓会の招待状送るわ。またね!」
出会った時の唐突さで、木村は元気に駅へと消えていく。
架河森は木村の背中を見送りもせず、たこ焼きの攻略を再開する。
俺は好奇心を抑えられず訊いてみた。
「今の奴、誰?」
「同中の子」
順当な答えだ。
「じゃあ、シロノってのは?」
「私の旧姓」
「きゅっ!?」
さらりと告げられた言葉に脳が混乱する。
「旧姓って。お前、本当に結婚してるのか?」
「だから最初からそう言ってるでしょ。大丈夫? 脳の容量足りてる?」
淡々と罵倒された。
「いや、でもだって。15歳は結婚できないだろう?」
ズレた眼鏡を直しつつ口に出して情報を整理する俺に、架河森は呆れたため息をつく。
「頭が固いなぁ。自分の常識が他人の常識とは限らないんだよ」
「これは常識の話ではなく法律の問題だ」
俺の真っ当な意見に彼女は首を竦めて、意味深に目を細めた。
「世界は広いよ、句綱君。君には見えていないだけ」
そう言ってから、彼女は通学用のリュックを背負って立ち上がると、空になったたこ焼きの容器をゴミ箱に放り込んだ。
「バイバイ、句綱君。また学校で」
踵を返した彼女のセミロングの黒髪に、ズキリと心臓が痛む。勝手に息が上がり、鼓動が速くなる。
彼女の後ろ姿が、あの日の彼女と重なる。
『行かないで、お姉ちゃん!』
耳の奥で響くのは、声変わり前の俺の声。
……何故、こんな時に思い出すのだろう? 架河森とは関係ないことなのに。
すっかり食欲がなくなってしまい、俺はたこ焼きの蓋を閉じた。持って帰って後で食べよう。
それにしても、
「ムカつくな、架河森薄荷」
声に出して呟く。
だからささやかな仕返しに、頬にソースがついていることをわざと教えなかった。
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