第6話 駅前で(1)
……腹が減った。
学校を出て最寄り駅付近に辿り着いた頃には既に午後一時半。俺は切ない鳴き声を上げる腹をさする。
俺の家は鴗澤高校と同市内だが、駅を挟んで反対側に位置する。毎日通る駅周辺は、俺の地元であり買い物スポットだ。
古めかしい商店街を冷やかしながら歩く。昼食のピーク時間を外したから飯屋も空いているし、惣菜屋もコンビニも充実している。店で食うか、弁当でも買って家で食うか。金使うのがもったいないないから、家の備蓄カップ麺でもいいか。
ぼんやりと考えていると、視界の端に見知った黒髪が映った。
ん?
気になって振り返ると、商店街の中心部、謎のオブジェが佇む広場のベンチに架河森が座っているのが見えた。彼女は白いブラウスにクリーム色のベストにブラウン地のチェックのプリーツスカート、つまり制服のままで……独り、たこ焼きを頬張っていた。
なにしてんだ? あいつ。
思わず凝視していると、彼女は丸々一個口に放り込んだたこ焼きの熱さにハフハフと悶絶しながら顔を上げ……。
あ、目が合った。
俺を見つけた架河森は、口の中の物を無理やり飲み込んでから、こちらに向かって手招きした。
「なんだよ?」
近づいてみると、彼女は怪訝そうに眉を寄せた。
「それはこっちの台詞。句綱君、最近私の周りをチョロチョロしてるけど、ストーカー?」
「ちげーよ」
失敬な。俺は間髪入れずに否定する。
「ここは俺の帰り道だ。架河森こそ、こんなところで何やってんだよ?」
「見ての通り、優雅なランチタイムよ」
ソースとマヨネーズたっぷりのたこ焼きに爪楊枝を刺しながら威張る。俺の知ってる優雅とは大分かけ離れた光景だな。
「こんな所で食わずに家に持ち帰った方が落ち着いて食えるんじゃないか?」
一応訊いてみると、彼女は「分かってないなぁ」と首を竦めた。
「たこ焼きは出来立てが命だよ。熱いうちに食べなきゃ」
したり顔の彼女に、俺はぼそりと、
「そのわりに苦戦してたようだが?」
「うっ、猫舌だから仕方ないでしょ」
真っ赤になってそっぽを向く架河森は、ちょっと可愛いかも。ちょっとだけな。
それにしても、俺も空腹が限界だな。こんがり揚げ焼きの生地に塗られたソースの匂いも堪らない。すぐ近くには、架河森が買ったであろうたこ焼きの路面店。
「一舟ください」
「まいど!」
誘惑に負けて、俺はたこ焼きを手に彼女の隣に腰を下ろした。
「家で食べた方が落ち着けるんじゃないの?」
ニヤニヤこっちを覗き込む架河森に、妙な敗北感が湧く。
「熱いうちに食べた方が美味いんだろ。それに、この時間家に帰っても誰もいないしな」
独りより話し相手がいた方がいい。なにげなくそう言っただけだが、
「うちと一緒だね」
思わぬ同意が得られた。
「架河森の家は親の帰りが遅いのか? 共働きとか」
俺の家がそうだから尋ねてみたのだが、彼女は「ううん」と首を振った。
「親とは住んでない」
「は? 一人暮らしなのか?」
更に追求する俺に、彼女は上目遣いに言葉を選び、
「一人というか、旦那様と二人暮らし?」
何故、疑問形? そしてその設定まだ続けてたのか。
現実的に考えて、15歳の架河森が結婚していることはまずありえない。となると、旦那の存在は妄想か虚言か。どちらにせよ、架河森がヤバいヤツだということは確かだ。
あまり関わらん方がいいかもしれない。
俺が少し距離を取ろうと腰を浮かしかけた、その時。
道行く通行人の中から、俺達の前を通り過ぎようとしていた私服の女子が、何かに気づいたように足を止めて話しかけてきた。
「あれ、
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