第4話 旦那様
俺が再び架河森と話したのは、それから数日後のことだった。
放課後、図書室で本を借りてから生徒玄関に向かうと、靴箱の前でばったり彼女と会ってしまったのだ。
「……よお」
「やあ」
なんとなく声を掛けると、架河森はてらいなく挨拶を返す。
「句綱君、今帰り?」
「ああ。図書室寄ってきたから」
「へぇ、句綱君は本読む人なんだ。私、まだ図書室行ったことないや。どんなジャンル好きなの?」
「雑食だな。ファンタジーも現代物も時代物も何でも。最近は本格派ミステリのシリーズにハマってる。
「そうなんだ。今度行ってみようかな」
前回の遭遇が気まずかったから身構えてしまったが、普通に話せるじゃないか。俺は内心肩の力を抜いて、彼女が靴を取り出すのを一歩下がって待つ。五十音順に並んだ靴箱は、『か』がもりの置き場は『く』つなの真上だ。だから靴箱を開けた瞬間、背の低い架河森の頭越しに、背の高い俺には見えてしまった。
――揃えられた小さなローファーの上に乗せられた、白い封筒を。
架河森はそれを手に取ると、さっと中の便箋に目を通し、無造作にスカートのポケットに突っ込んだ。それから何事もなかったように上履きをしまってローファーに履き替える。
「じゃあ句綱君、また明日」
「待て待て」
俺は堪らず同級生を呼び止める。この状況をスルーできるほど大人じゃないぞ。
「それ……ラブレターか?」
「そうみたい。今どき古風だよね。四時半に西校舎裏に来いって」
俺はちらりと柱の掛け時計に目を遣る。今は16:20、呼び出しの時間まであと10分。
「行くのか?」
尋ねる俺に、架河森は平然と頷く。
「うん、せっかくだからね」
なにが『せっかく』なんだ?
「……行かない方がいいんじゃないか?」
言ってから驚いた。あれ? なんで俺、架河森を引き止めたんだ?
自分の台詞に動揺する俺に、目の前の彼女も不思議そうに首を捻る。
「なんで? どうして句綱君は行かない方がいいって思うの?」
それは俺も知りたい。だが、答えを探る暇もない。俺はしどろもどろに言い訳する。
「だって、どうせこの前みたいに呼び出し相手を振るつもりなんだろ? また逆上されたらどうするんだ。架河森、彼氏がいるって言ってたし……」
「うん、彼氏いるよ」
彼女は晴れやかに頷く。
「正確には旦那様だね。私、結婚してるから」
「はぁ!?」
続けざまの告白に、俺は目を皿にする。
「結婚って。架河森はいくつなんだ?」
2022年4月1日から結婚年齢は男女共に18歳になった。俺が知らなかっただけで、もしかして架河森は年上だったのかと思ったが、
「私、3月生まれだから15歳」
そんなこともなかった。ちなみに俺は、6月生まれの16歳だ。
「まあ、いいでしょ。私が結婚しててもしてなくても、句綱君には関係ないんだし」
そりゃあそうだけど。でも、何故か……胸がざわつく。
「待ち合わせに遅れるから、もう行くね」
ローファーのつま先をトントン鳴らして振り返る架河森に、喉の奥に苦いものがこみ上げる。
「……架河森はモテるんだな」
嫌味にもならない嫌味を吐く俺に、彼女は一瞬ぽかんと目を見開き、それから悪戯っぽく微笑んだ。
「句綱君は、本当に何も知らないの?」
「何が?」
「それとも、わざと私を試してる?」
「だから何が?」
噛み合わない会話にイライラする。だが、彼女は余裕の笑みを崩さない。
「知らないならいいよ。君はそのままで」
「答えになっていない」
「答える気がないからね」
俺の追求を軽やかに躱し、架河森は去っていく。歌うような口調は、どこまでも楽しげだった。
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