37 美澪の指輪,来歴

 α隊隊長ら,本庁からの応援部隊は,気絶した状態から回復したとはいえ,催淫術の影響が残っていて,マイクロバスの中に乗り込むやいなや,再び気を失ったように眠ってしまった。


 夏江も,同様に意識を失ったかのように寝ていた。実は,彼女はリュックサックの中に収納したメリルの指輪に閉じ込められた美澪と,念話でやりとりをしていたが,そのうち,念話も通じなくなった。


 夏江は,幽体離脱して,メリルの指輪の中に入ろうとしたが,でも,リスクが多すぎると思って諦めた。夏江は,周囲の連中が皆寝ていることをいいことに,自分もそのまま寝ることにした。


 美澪は,メリルの指輪の中で閉じ込められていた。その異様な空間は,美澪の霊体が通過できる隙間があったのだが,その隙間も徐々に塞がってしまい,今では完全に塞がってしまったようだ。夏江と念話で会話することもできない始末だ。


 その空間には,断片状で破断だらけの映像がそこらじゅうの空間に浮遊していた。美澪はそれらの映像を垣間見ながら出口を探した。だが,出口は見つからなかった。美澪はこのままでは霊体が霧散してしまい,消滅してしまうと恐れた。


 美澪は,もしかしたら,空間に浮遊している記憶の欠片に何か糸口があるのではないかと思って,片っ端から記憶の欠片を覗き込んでいった。すると,その一つに,ゴーレムなどの物体を支配する手順を見つけた。そのようなものには,霊体格納魔法陣があって,そこに霊体がうまく収まることで,物体を支配することが可能だ。もし,この指輪もそのような霊体格納魔法陣があれば,この指輪を支配できると思った。

 

 美澪は,今度は出口ではなく,霊体格納魔法陣のようなものがないかを探すことにした。


 すると,すぐにそのような構造の魔法陣を発見した。美澪は,その魔法陣を見ながら独り言を言った。


 美澪『もし,この魔法陣の中に収納されてしまったら,わたし,どうなるんだろう?この指輪を支配することはできるかもしれないけど,指輪から逃れるのだろうか? でも,このままでは,この空間に捉えられて,消滅してしまう。ええい!ままよ!!』


 美澪に他に選択肢はなかった。美澪は発見した霊体格納魔法陣の中に飛び込む決心をした。


 美澪『えい!』


 美澪は,いきよいよく声を出して,でも,霊体なので,実際には音として発することはなかったのだが,彼女は一大決心でその霊体格納魔法陣の中に飛び込んだ。


 美澪は,他人の肉体を憑依する能力があるためか,このメリルの指輪に備えられた霊体格納魔法陣に,さほど苦労することもなく,フィットすることができた。


 そして,,,まもなくして,この『メリルの指輪』の全貌を理解することができた。


 歯抜けで,かなりの部分で記憶の破損があるものの,およそ,以下のような内容を理解できた。

 

 『メリルの指輪』,それは,精霊の指輪の複製体だ。半年間の寿命しかなく,その後消滅する。イジーラやメリルの肉体を収納して肉体の変態行為を促すことになり,彼らの記憶を共有するに及んで,メリルの指輪に,名をメアンという自我が生まれた。しかし,その後,魔力を使いすぎたため機能を停止してしまった。


 というのも,異世界の月本国に来てから,魔力の供給が大幅に減ったことが要因のひとつだ。せっかく生まれたメアンの意識体も,自分の寿命がそう長くないことを悟った。


 『亜空間』の機能を最初の持ち主である水香の子宮内に,メリルの肉体と共に切り離されてしまい,さらに,2番目の持ち主であるモモカのために,なけなしの魔力を使って,腟内に局所亜空間魔法陣と霊力変換魔法陣を植え付け,左側の手の平に回復魔法陣さえも植え付けた。このようなことで魔力をすべて消費してしまい,メアンの意識体は消滅した。


 ところが,メリルの指輪はいろいろあって魔鉱石が埋め込まれた祭壇に安置された。それによって,機能停止状態となっていたメリルの指輪の機能が一時的に復帰した。


 まだ,小さい空間しか創れないものの,本来の機能である亜空間を創り出すことに成功した。


 偶然にも,その中に,美澪の霊体が迷い込んだ。そして,美澪はメリルの指輪を支配した。いや,支配せざるをえなかったという経緯だ。


 美澪は,おおよそのメリルの指輪の来歴を垣間見ることができた。彼女は,メリルの指輪に蓄えられている魔力量を調べた。まだ魔力の概念は理解できないが,魔力を蓄えるところがあり,少量だが魔力が蓄積されていた。この指輪は,多少寿命が伸びたとしても,そう遠くない未来にこの指輪は消滅してしまうことを知った。


 それまでに,この霊体格納魔法陣から抜け出してから抜け出して,メリルの指輪から開放されなければならない。


 美澪は,指輪の周囲に金色のバリアみたいなもので覆われているのに気がついた。それは,三鈷杵から放出されていた。それは,聖光のように感じられた。浄化されてしまうような強烈な感覚に襲われたものの,霊体格納魔法陣を切り離すほどのパワーはないようだった。結局,浄化されずに,美玲の霊体は指輪に捕まったままだった。


 美澪は,メリルの指輪の能力を把握しようとした。どうやら,この指輪には,リュックサックほどの大きさの亜空間が存在する。また,精子から霊力を抽出することができる。さらに,魔力さえあれば,この指輪の寿命を伸ばすことができ,いろいろな魔法も発動可能だと知った。


 この時,頻繁に霊力を生成する『霊力生成魔法陣』が頻繁に反応した。


 美澪は,もしかして,三鈷杵から発せられる光から霊力が生成できるのではないかと思った。美澪は,すぐに『霊力生成魔法陣』を指輪の周囲に発動させた。すると,面白いほどに霊力が生成され,かつ,三鈷杵から放出される『聖光』が徐々に弱まっていった。


 2台の三鈷杵から霊力に変換させることに成功した美澪は,やっと,何者にも邪魔されずに夏江に念話で連絡することができた。


 夏江は寝たフリをして,美澪との念話に専念した。


 その会話から,美澪が『メリルの指輪』に閉じ込められたこと,魔力があれば,その指輪の寿命を延ばせること,さらに,精子を『メリルの指輪』に集めることができれば,美澪が支配したメリルの指輪が霊力を行使できること,そして,なによりも,夏江をびっくりさえたのは,次のような美澪の言葉だった。


 美澪『夏江,どうやら,この『メリルの指輪』に宿す『メリル』だけど,この指輪には『メリル』の霊体は存在しないわ。この指輪は抜け殻よ。タダの装置に過ぎないわ』


 この言葉に,寝た振りをしていた夏江は,思わず目を開いてしまった。幸い,夏江の変化に気がつく者はいなかった。


 夏江『それって,どういうこと?『メリル』は指輪から逃げてしまったの?この指輪,もう,『メリルの指輪』ではなじの?』

 美澪『そういうことにわなるわ。どこに逃げたのかまではわからないわ』

 夏江『・・・』


 でも,そんなことを言われても,夏江はどうすることもできなかった。


 夏江『それって,美澪が『メリルの霊体』の代わりをしたってこと?』

 美澪『そうかもしれない。もっとこの指輪の機能を把握できれば,もっとヒントがわかるかもしれない』

 夏江『そうなると,,,』


 夏江は,重大な決心をしなければならなかった。美澪を助けるため,この『メリルの指輪』を警察に提出しないで,自分の手元に置いておくという,とんでもない決心だ。


 でも,その決心はすぐについた。万一,バレても,その罪を受甘んじて受ける覚悟を決めた。それに,霊に関することなので,誰も明確な証拠を示せる者などいない。夏江が警察を欺くという罪が曝かれる可能性は限りなく低い。


 夏江が,そんなことを考えていると,美澪が,また念話でとんでもないことを言った。


 美澪『夏江,なんか,いろいろとヤバイことになっているけどごめんね?それと,もうひとつ,大事な話があるの。モモカは生きているわ!』


 夏江の思考が,このとんでもない話に中断された!


 夏江『なに? それって,ほんと?』


 夏江は,思わず,声を出しそうになった。でも,ずーっと念話に集中していたこともあり,念話で驚きの表現をする術をすでに身につけていた。

 

 夏江『モモカは体中穴だらけで,呼吸も心臓も止まっていたのよ!』

 美澪『間違いないわ。この指輪の中にいると,モモカの生きている息吹を強く感じるのよ』


 夏江は,モモカが生きているという情報は,美澪の直感なので,無視することにした。機関銃の一斉射撃を受けて生きているなど,どうして信じられようか?? とりあえずは,今は,モモカは死んだということにしよう。


 それよりも,『メリルの指輪』をどうするかだ。それを警察に差し出さないということは,警察組織を裏切る行為だ。

 

 でも,美澪が閉じ込めれている以上,差し出すという選択肢はない。それに,この指輪のパワーがあれば,夏江も強者になれるかもしれない。夏江自らの手で,生きているかもしれないモモカを逮捕できるかもしれない。どこかに逃げた『メリル』さえも逮捕できるかもしれない。


 それは夏江にとって強烈な魅力だ。


 逡巡した結果,得られた結論は,,,


 夏江は,2つの重大な欠陥のある報告をする決意をした。ひとつは,モモカが確実に死亡したという報告,そして,もうひとつは,偽りのメリルの指輪を提示することだ。特に,後者のウソは,夏江にとって,警察官としてのプライドを大幅に損なう行為だ。


 夏江は,最悪,警察を辞めることになっても,今回の決意に後悔しないと改めて覚悟を決めた。


 夏江は,自分のしているシルバーの指輪をこっそりと外して,リュックサックの中に収納したメリルの指輪とすり替えた。メリルの指輪など,誰も見たこともないはずだ。仮にすり替えがバレたところで,それを証明できるものはいない。


 夏江は,メリルの指輪を左手の人差し指にはめた。その場所は,さきほどシルバーリングのあった場所だ。


 夏江は,このときから,精子と血液集めをどうするかを考えるようになった。メリルの指輪に霊力と魔力を貯めるためだ。精子は霊力の源であり,血液は魔力の源だ。もっとも,血液から魔力を抽出するのは非常に効率が悪いことは,美澪からの話で知った。


 ーーー

 部下を10人も亡くした機動隊隊長は,上司への報告やら,遺族への謝罪訪問などで悲惨な状況だった。一度に10名もの部下を失ったのだ。精神的にかなり疲弊していた。

 

 道警にとって,10名もの機動隊員を失ったのは大きな痛手だ。それでも大量殺人犯を射殺したという大きな成果があった。このことはすぐに広報担当からマスコミに伝えられて,連日報道合戦が行われる始末だった。


 道警にとって,メリルの指輪など眼中にない。わけのわからない霊魂とか曖昧なものについてはタッチしないのが王道だ。


 一部の報道記者は,機動隊員が10名も殉職したという事実をかぎつけて,それを大々的に報道した。このことを受けて,当時の機動隊隊長による指揮不手際をバッシングする報道が何度も取り上げられた。


 機動隊隊長にとって,遺族からの叱責に加え,マスコミや一般市民からも叱責を受けるに及んで,とうとう耐えきれずに,責任を取って機動隊隊長の職を辞任した。


 それに伴い,機動隊副隊長が隊長に昇格となった。また,モモカの射殺に成功した功績により,小百合刑事部長は本庁に戻されて,古巣の薬物取り締まり方面の責任者になった。


 道警に応援に赴いた連中は,皆,本庁に戻った。モモカの射殺に成功したこと,及び,夏江が『メリルの指輪』を確保したこということで,警視庁本部内でも,夏江の所属する超現象捜査室の株が大幅に上がった。これまでは,茜の子守だけの組織だったが,今では,即戦力になりえる組織だと思われ始めた。


 かくして,夏江が本庁に戻ってから,すぐに警視庁長官らと至急の会議が開催された。モモカの死亡報告と,死体の回収ができなかった状況報告,さらに,メリルの指輪をどう始末するかという会議だ。


 出席者は,警視庁長官,α隊隊長,特捜課の多留真と特捜課部長,超現象捜査室の室長と夏江,SART隊隊長,さらに,α隊の顧問であるピアロビ顧問だ。


 α隊隊長から,当時の状況が報告され,虚道宗の禁地奥の第1区画で,モモカを射殺したこと,その後,夏江以外の全員が気絶させられたことの報告がされた後,それを受けて,夏江が報告した。


 夏江「幸い,わたしは第1師範の強烈な催眠術に,抵抗があったようで,気絶を免れました。そして,射殺されたと思われるモモカの検死を行いました」


 夏江は,その時に撮影したモモカの射殺されて,体に穴が開いた部分の写真や,動画をスクリーンに映した。それらを見て,モモカが確実に死亡したことを疑うものはいなかった。


 夏江「このように,夏江の体は,機関銃の一斉射撃によって,体中に穴が開いている状況でした。おっぱいは,すべて吹き飛ばされてしまい,お尻部分も肉がはみ出ています。ただ,出血はあまり多くないようです。すぐに心臓が止まったので,出血が多くなかったと思われます」


 夏江は一息ついてから言葉を続けた。


 夏江「問題は,第1師範がモモカの遺体をわれわれに提供するのを拒んだことです。彼女は,モモカの遺体を虚道宗で処分すると主張しました。もし,強行して,モモカの遺体を確保するようなら,最悪,わたしも気絶さえられてしまい,この敷地内から追い出されそうな状況でした。やむなく,その時は,引き下がるしかありませんでした」


 夏江の報告に,誰も彼女に文句を言うものはいなかった。というのも,他の連中は気絶されてしまい,まったくいいところがなかったからだ。


 夏江「その後,第1師範から,モモカの遺体は祭壇に祭られて,そのまま放置された状態にされたと聞いています」

 α隊隊長「ということは,モモカの遺体は,あとで取り返すことができるのだな?」

 夏江「できるとは思うのですが,第1師範との交渉になると思います。彼女は警察権力など,まったく気にしません。場合によって,警察全体を敵に廻してもいいような口ぶりでした」


 夏江のこの言葉を聞いて,警視庁長官が結論を言った。


 長官「すでに死んだのだから,別に遺体を回収しなくもいい。その辺のことは,地元の警察の判断に任せなさい」

 

 この最終判断を聞いて,多留真が返事した。


 多留真「了解しました。その旨,道警に伝えます」


 さて,モモカが死亡したという報告は,夏江にとって,当時の状況を正直に報告すればいいので,さほど罪悪感を感じない。問題は,『メリルの指輪』を確保した経緯だ。夏江にとって,この会議をうまく切り抜けることができるかどうかが,最大の山場だ。いかに,この偽の指輪をメリルの指輪として葬るかだ。 


 夏江「では,次に,『メリルの指輪』を確保した経緯について説明します」


 夏江は,このように言ってから。呼吸を整えてから,偽の『メリルの指輪』を机に置いて,それの指輪を挟むようにして,2体の三鈷杵を配置させた。


 夏江「ご覧のように,メリルの指輪は,2本の三鈷杵の聖なるパワーによって,挟むように置きました。その結果,メリルの指輪が持つパワーは無効化されたと思われます。すでにこのメリルの指輪は脅威ではなくなったと見ていいのかもしれません。


 今後は,何人かの有能な霊能力者に見てもらって,ほんとうに脅威がないことを確認した後,このメリルの指輪をコンクリートで詰めて,海底にでも沈めるなどすればいいのではないかと考えます」


 この提案に,ひとり異を唱えるものがいた。


 意外にも,それは多留真だった。


 昨晩も,多留真は夏江のアパートに泊まった。だが,いつものように,夏江を抱く直前,記憶を無くした。こんなことは一度ではなく,もう何度も同じことが繰り返されていた。多留真は,絶対に何かあると確信して,こっそりと,寝室に隠しカメラを設置して,多留真と夏江の愛の行為を録画した。


 今朝,意識を取り戻した多留真は,こっそりと隠しカメラを回収して,昨晩の出来事を早送りで見た。夏江は,時々,独り言を言っているようだった。その部分だけ,正常速度に戻して,音量をアップさせた。すると,次のようなことを独り言で言っていた。


 夏江「ねえ。どうやったら,メリルの指輪ってごまかせると思う?何か,能力を一時的に与えることはできないの?」

 夏江「そんな方法もあるのね。でも,それでいいわ。お願いね」

 夏江「なんか,私でも,この指輪にパワーがあるのを感じることができるわ」


 多留真は,何かがおかしいと思った。この独り言から判断されることは,夏江は,偽物のメリルの指輪を本物として葬り去ることを考えているという事実だ。それよりもなりよりも,多留真自身が,いつの間にか意識不明にさせられて,何者かによって自分の体が乗っ取られたという事実だ。


 このことから,多留真は,ある仮説を立てた。夏江は,メリルの指輪によって,操られてしまったと推理した。それなら,すべて説明がつく。多留真の体をのっとったのは,他ならぬメリルの指輪だ。つまり,今,夏江が提示したメリルの指輪は偽物に違いない!!


 そう考えた多留真は,どうやってそれを暴くかを考えた。メリルの指輪は,霊力を操り,魔法さえも発動させてしまう。下手に暴くと,大変な惨事を引き起こす可能性もある。


 そこで,無理に暴くことはせず,それとなく,疑問を投げかける程度で,夏江の反応を見ることにした。夏江がメリルの指輪よって操られているかどうかを見極めるためもある。


 多留真は,夏江に質問した。


 多留真「この指輪がメリルの指輪だということだが,われわれはそれを証明する手段を持っていない。夏江は,その指輪はメリルの指輪だとどうやって確認したのかな?」


 多留真の質問は,至極当然の質問だ。でも,それは,夏江にとって一番嫌な質問だった。でも,ある程度正直に言わないと,あとでボロが出てしまう。


 夏江は,いやな顔をして多留真からの質問に答えた。


 夏江「虚道宗の人から,これがモモカから渡された指輪だと言われたのよ。その言葉を信じるしかないわ。だって,わたしもメリルの指輪がどんなものか知らないもの」


 この返事に,多留真はイチャモンをつけた。


 多留真「お前は人に言われたことに,はいそうですか?と言うだけなのか?お前は,小学生の使いか?」


 多留真の言葉は,悪意の塊だった。この言葉で,多留真が夜な夜なある霊体によって憑依された事実を知ってしまったと夏江は理解した。そう考えないと,理由がつかない。


 そんな原因を追及する時間はない。今は,なんとか多留真からの追求を回避しなければばらない。


 夏江「わたしは霊感はないけど,それでも,この指輪を見た時,なにかすごいパワーを感じることができたわ。だから,これがメリルの指輪だと疑わなった。それ以上,何も言うことはないわ」

 多留真「なんとも,お粗末な話だな。すごいパワーを感じるって,いったい,それを誰が証明できるのだ?」

 

 夏江は,これ以上議論しても,多留真からの追求を躱すことはできないと感じた。そんなことよりも,この会議に参加している連中は,夏江と多留真が交際している事実を知っている。


 このやりとりで,彼らの痴話喧嘩がこの会議に持ち込まれたと思った。見るに見かねて,夏江の上司である室長が,夏江に助け舟を出した。


 室長「こほん,これ以上議論しても平行線でしょう。もともと,メリルの指輪がどんなものか誰もわからないのだし,それを証明する手立てもない。この場は,夏江の提案通り,高名な霊能力者に鑑定を依頼するということでいいのではないでしょうか?」


 この室長の言葉の後に,『霊力ミエール』のメガネを外しながら,α隊隊長が言葉を続けた。


 α隊隊長「今しがた,この『霊力ミエール』でその指輪を凝視しました。すると,かすかですが,霊力の痕跡を確認できました。この指輪は,間違いなくかつて霊力を行使した跡があります。夏江の言った通り,メリルの指輪であると判断していいのではないかと思います」


 この言葉は決定的だった。これによって,会議がスムーズに終了するかも思われた。しかし,今度はピアロビ顧問が異を唱えた。


 ピアロビ顧問「メリルの指輪とは,確か,人に憑依することができ,霊力や魔力を行使できると聞いている。つまり,その指輪には,なんらかの霊体のようなものがあるはずだ。わたしには霊能力はないが,わたしのはめているこの精霊指輪の部下たちなら,それを確認することは可能だろう。でも,そこまでするには,ちょっと,報酬がね,,,」


 ピアロビ顧問は,特別報酬がないと,そこまではしたくないということを言外で匂わせた。


 この状況では,警視庁長官はピアロビ顧問に特別報酬を支払ってでも,白黒をつける必要があると感じた。彼は,α隊隊長にOKの合図を示した。それを受けて,α隊隊長はピアロビ顧問に特別報酬のOKを出した。


 ピアロビ顧問「隊長,ありがとうございます。では,わたしの精霊の指輪を発動して,1体のドラゴンを召喚しましょう」


 ピアロビ顧問は,自分のしている精霊の指輪に依頼して,1体のドラゴンを召喚した。それは,体長20cmほどの小さいドラゴンだった。戦闘用ではないので,最小の魔力を使うことで十分だ。


 ピアロビ顧問は,その小型ドラゴンに命じた。最初は,月本語で言ってから,次に,魔界語で同じ内容のことを言った。


 ピアロビ顧問「ドラゴンよ。その机の上にある指輪は,新魔大陸からもたらされた指輪かどうか,判定がつくのか?判定がつかなくても,その指輪に霊体が宿しているか確認できるか?」


 この問いに,小型ドラゴンはなんと月本語で返事した。


 ドラゴン「主よ。わたしは,特別に月本語を習得してきました。ドラゴンの中でも,わたしは通訳ができるほどのレベルになっております。この場では,月本語で話すほうが皆様にとって,都合がいいかと思います」

 ピアロビ顧問「おお,そうか。なんともたいしたものだ。それで?さきほどの件だが,調べることは可能か?」

 ドラゴン「指輪の材質が,新魔大陸からのものかは判定困難です。でも,指輪に霊体が宿しているかどうかを調べることは可能です」

 

 この言葉を受けて,この場にいたほぼ全員が,「おおーー!!」という歓喜のような感嘆を漏らした。ただ,夏江だけは「やばい!」と感じた。


 夏江は,慌てて念話で自分のしているメリルの指輪にSOSを送った。


 夏江『美澪!やばいわ。あのチビドラゴンが偽物指輪に霊体があるかどうかを調べるんだって。どうしたらいい?』

 

 夏江の狼狽に対して,美澪はいたって冷静だった。


 美澪『ここは,変に動かないほうがいいわ。わたしが,偽の指輪に霊力の痕跡を残して,中途半端な魔法陣も植え付けて,さらに,わたしの得意な『怨霊の欠片』も閉じ込めたのよ。果たして,あのチビドラゴンがどこまで暴くか楽しみだわ』

 夏江『でも,もしバレたらどうするの?あなたの素性もバレてしまうかもしれないわよ』

 美澪『その時はその時よ!あのチビドラゴンと一戦構えてでも,この場を乗り切りわ!』

 夏江『・・・』


 小型ドラゴンは,恐る恐る2体の三鈷杵に挟まれた指輪に近づいた。そして,その指輪を凝視した。彼は,ちょっとびっくりするやら,ニヤニヤするやら,険しい顔をするやらしてから,平静な顔をして,ピアロビ顧問のもとに戻った。


 ピアロビ顧問「ドラゴンよ。どうした?調査はもう終わったのか?」

 ドラゴン「はい。調査が終了しました。あの指輪には,何か,魔法陣のようなものが植え付けられていました。この月本国では,絶対にできないことです。それに,霊体の存在までは確認できませんでしたが,なにやらどす黒い雰囲気を強く感じました。ともかくも,少なくともこの月本国では入手不可能な指輪です」

 ピアロビ顧問「そうか。そこまでわかれば十分だ。ありがとう」

 ドラゴン「いいえ,不十分な調査能力ですいません。もっと,正確に返事できればいいのですが,ここまでがわたしの能力の限界のようです」

 ピアロビ顧問「いやいやそんなことはない。では,もう精霊の指輪に戻っていい」

 ドラゴン「はい,では失礼します」


 小型ドラゴンは,光の粒子になって,ピアロビ顧問のしている指輪の中に消えていった。


 ピアロビ顧問「以上,聞いた通りだ。さきほどのα隊隊長が指摘した霊力の存在といい,ドラゴンが指摘した魔法陣の痕跡といい,この指輪は,メリルの指輪と断定していいでしょう」


 この言葉を聞いて,多留真の除いた全員が,「おおーーー!!」と返事した。


 多留真だけは,この指輪が偽物だと知っている。彼は,思い切って,夏江と憑依された多留真とのベッドシーンの映像を公開してやろうかとも考えた。だが,それはあまりに品のない話だ。


 それにしても,夏江はいったいどうやって,あの偽物指輪を本物に仕立て上げたのか?? 多留真は,ふてくされて顔を夏江とは別の方向に向けて,これ以上なにも言わなかった。


 その後,この会議では,当初の夏江の提案通り,高名な霊能力者を呼んで,指輪の鑑定を行ってから,コンクリート詰めにして,近くの海に廃棄することになった。


 

 その日の夜,いつもは,夏江のアパートに多留真が来るのだが,その代わり,一通のラインを受け取った。それは多留真からで,今晩は,多留真のマンションに来てほしいという内容だ。


 夏江は,何かいやな予感がした。夏江は,この誘いを無視することにした。すると,しばらくして,夏江のアパートのドアからノックする音が聞こえた。夏江がドアを開けると,そこには,ひとりの私服の男がいた。


 彼は,夏江の元同僚で多留真の部下だった。彼は,こんなことしたくなかったのだが,ついつい,3万円の小遣いに目がくらんで多留真のパシリとなった。


 夏江「あれ?南君じゃない?どうしたの?」

 南「ええ,実は,多留真先輩にお願いされまして,夏江さんを多留真さんのマンションに連れてくる役目を仰せつかったものですから」

 夏江「ふん,わたし,行かないわよ」

 南「はい,そう言うと思って,多留真先輩から伝言を授かってきました。もし,今,夏江さんが行かないのであれば,それはそれで構いません。ただし,後日,多留真先輩は,警視庁長官を動かして,正規に夏江さんを強制的に連行させると言っていました」

 夏江「・・・」


 夏江は,多留真が憑依された事実をなんらかの手段で証明できる方法を見つけた可能性があると思った。その行為は,証明が困難ではあるものの,間違いなく犯罪行為だ。ここは観念して,多留真のマンションに行くことにした。


 同僚の南は,夏江を車で多留真のマンションに送る途中,なぜ多留真が夏江の弱みを握っているのか,興味津々で何度も聞いてきた。


 南「ねえねえ,そんなに焦らさないで教えてよ。多留真先輩は,夏江さんのどんな弱みを握っているの?ねえ,ねえ,教えてよ。ここだけの話にするからさーー」


 そういう南は口が軽いことで有名だ。警視庁でも,いい意味でも悪い意味でもインフルエンサーだ。夏江は事の経緯を説明することにした。さきほどの会議での内容を紹介し,さらに,多留真が執拗にメリルの指輪が本物であるという証拠を示せと執拗に迫ったことも説明した。


 南「なるほど。つまり,多留真先輩は夏江さんが示したメリルの指輪が偽物だと主張したわけですね?」

 夏江「そうなのよ。本物だってα隊隊長もピアロビ顧問も言ってくださったのに,多留真だけはまだ納得していないのよ。今だって,ほんとうは行きたくなかったけど,彼,口が立つでしょう?白を黒と言い張って,組織を動かすのは彼の十八番よ。しょうがないから,出向いてやったってわけよ」

 南「そうなのですか。面白いですね。果たして,多留真さんのマンションで何が起きるか,わたしも興味津々です。でも,多留真先輩に呼ばれていないので,同席することもできません。残念です」

 夏江「ふふふ。じゃあ,後で,今晩の話し合いがどうなったか,教えてあげるわ」

 南「ほんとうですか?はい!ぜひお願いします!あの,,,ベッドでの会話は不要ですからね。恋人がいない独り身の私にとっては,刺激が強すぎますから」

 夏江「大丈夫よ。そんなことにはならないわ。わたし,多留真からの性的攻撃を躱すのがうまいのよ。ふふふ」


 その躱すという意味が,美澪の憑依による多留真の体の支配であることまでは明かさなかった。 


 南「さすがは,夏江さんですね。警察学校一番で卒業しただけはあります!」

 夏江「あなただって,一期後輩だけど,一番で卒業したのでしょう?それって,特捜課ではなんの自慢にもならないわ」

 南「そうですね。特捜課は,警察学校での成績が上位3番までしか採用しないから」


 そんな会話をしながら,南は夏江を多留真のマンションで降ろして,自分のアパートに戻っていった。


 

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