第21 いい話と悪い話

 モモカが犯した数々の犯罪,上野駅や北斗星の車内で犯した犯罪については,地元警察の手によって調査された。通常の凶悪犯による犯罪とみなされたからだ。容疑者は一向にして絞り込こめない状況だった。殺人犯が若い女性などとは,つゆにも思っておらず,自動的に容疑者リストから外されていたのが原因かもしれない。


 当のモモカは,警察の捜査状況など知るよしもなかった。今のモモカは,精子を100人分集めることに集中した。指輪に霊力を使わせることができるからだ。


 モモカは,これまで23名ほどの精子を確保できた。あと77人だ。


 この日の夕方,船長から乗客や乗組員全員に食堂に集まるように指示があった。


 全員が集まったところで,船長から大事なアナウンスがあった。


 船長「今,集まってもらったのは,大事な話をするためです。よい話と悪い話があります」


 船長は,ちょっと呼吸を整えてから言葉を続けた。


 船長「まず,いい話からしましょう。本日,ひと班10名からなる班組を行い,1班から8班まで組織して,この島の探索を行いました。その結果,3班のメンバーが,島の東端に臨時の漁港があるのを発見しました。つまり,近くの漁民がときどきそこに寄港する可能性のあるということです。しかも,手ごきボートも揃っています」


 この説明に,乗客の一部から「おおーー」,「すばらしい」,「これで助かるわ!」などの感嘆の声があがった。


 船長「手ごきボートに乗って,救助を求めるのは最後の手段にします。今は,まだその時ではありません。明日から,そこの漁港で,何人かを常駐するようにしたいと思います。また,そこで,魚を取ることができるかを,20人体勢で検討したいと思います」


 また,乗客の一部から,「これで食べ物に困らなくなる」,「毎日,刺し身が食べれるのね?」,「わたし,上マグロがいいわ」などと,冗談ともつかいない言葉が飛び交った。


 船長「コホン,コホン,静粛に。これから悪い話をしなければなりません」


 船長は,ある程度静かになってから言葉を続けた。


 船長「実は,調査に出向いた7班ですが,そのうち,男性8名が行方不明になりました。さらに,8班ですが,女性4名,男性1名の5名が行方不明になりました」


 この説明に,乗客がどよめいた。「えーー?」,「殺されたの?」,「崖から落ちたの?」,「怪獣に食べられたの?」などなど,好き勝手なことを叫んだ。


 船長「そこで,明日,行方不明になった人たちを探すべく,捜索隊を組織します。すいませんが,捜索隊に参加していただける方は,明日の9時にこの場所に集合してください。皆様の協力が必要です。よろしくお願いします」


 船長は,頭を下げて乗客にお願いした。


 モモカは,船長の言葉にひっかかる部分があった。それは8班のことだ。女性4名と男性1名が失踪した。それって,モモカ以外に変な人物がいるってこと?


 モモカは,不吉な思いを感じつつも,この日はぐっすりと寝た。


 一方,日中に,膨大な魔力がどんどんと指輪に流れ込んできた。はからずも,魔力については,血を集める必要がまったくなかった。


 

 ーーー

 翌日,モモカは,昨日失踪した乗客の捜査に加わった。モモカは,元7班のリーダーだったミツルを呼び止めた。


 モモカ「ミツルさん,失踪した元7班と元8班の乗客を探すために捜査班は2班に分かれるのでしょう?」

 ミツル「当然そうなる」

 モモカ「じゃあ,元7班の捜索に,より多くの人員を割いてちょうだい。わたしは,その捜索班に加わるわ」


 ミツルは,その意図が何なのか,なんとなくわかった。ミツルは,モモカの依頼を断ることはしなかった。ミツルは,モモカの言う通りにすることが,保身の術だとよくわかっていた。その結果,多くの人命が失われようとも,,,


 元7班の乗客の捜索には男性30名ほどが参加した。その捜索班のリーダーはミツルが指名された。


 ミツルは30名を引き連れて,昨日と同じルートを進んだ。そして,とうとう,昨日8名が死亡した崖に辿り着いた。そこには,失踪した8名が横たわっていた。


 それを見た捜索班の乗客は叫んだ。


 「あっ!失踪した乗客だ!!急いで,崖の下に行こう!!」

 「あそこからなら,崖の下にいけそうだ!!」

 「よし!行こう!!」


 捜索班の30名のほとんどが,崖の下に移動していった。崖の上に残ったのは,リーダーのミツルとモモカだけになった。


 捜索班たちは,横たわっていた8名が死亡しているのを確認した。


 「だめだ。皆,死亡している!!」

 「それに,なんだ?下半身が血だらけだ!!」

 「え?この遺体だけ,ミイラのようになっている!」


 彼らは,とんでもない異常事態だということがわかった。


 崖の上でモモカは,崖下の乗客全員を殺すように指輪にお願いした。指輪はメリルとイージラの能力をコピーしている。魔法は得意なほうではない。でも初級レベル程度の爆裂魔法程度なら,いくらでも連弾攻撃をすることは可能だ。一般人の,ほぼ無抵抗な乗客を殺すだけならそれで十分だ。


 ボン!ボン!ボン!ボン!ーーーー


 崖下にいる捜索班約30名の首部分に,爆裂魔法がヒットしていった。彼ら全員の首にヒットさせるのに,指輪の連弾攻撃はものの1分も必要としなかった。


 このあまりにも一方的な惨劇に,リーダーのミツルは目を背けた。彼にはこうなることがわかっていた。でも,でも,,,どうすることもできなかった。


 モモカは,ミツルを連れて崖の下に降りた。


 モモカ「彼らのズボンとパンツを脱がしていきなさい」


 ミツルは,ただ軽く頷いた。


 ミツルは,首のない遺体を一列に並べていき,下半身を丸出しにしていった。生きた心地がしなかった。でも,歯向かえば,即,死だ。生き残るため,ミツルはいまにも気絶しそうになる自分を励ましながら,この悪夢ような作業をしていった。


 モモカはこのように整然と準備されると,わざわざ睾丸を取り除く必要がなくなる。折りたたみ式の果物ナイフを取り出して,睾丸部分をカットしていき,その傷の中に指輪を差し込むことで,睾丸に含まれる精子を指輪の中に取り込むことができた。1人に対して1分ほどの作業時間だ。全員の精子を取り込むのに1時間とかからなかった。


 モモカの作業は終了した。


 指輪の中で,精子から霊力が生成されて,モモカの子宮の中に蓄えられていった。その霊力の量は,まだまだ充分な量ではなかったものの,簡単な透明の刃物程度なら構築することができた。

 

 モモカのこの奇妙な行動に,ミツルが恐る恐る聞いてみた。


 ミツル「あの,,,モモカ様,ちょっと聞いていいですか?なんであぐらなんか組むんですか?」

 モモカ「この姿勢は,単純に精神を集中したい時に行う動作よ。霊力のイメージトレーニングよ」


 霊力と聞いてもミツルは,よく理解できなかった。でも,地獄のような作業をした後で,こんな他愛のない会話をすると,少しは気分がよくなった気がした。


 ミツルは,さらに質問してみた。


 ミツル「あの,,,モモカ様って,人間なのですか?それとも神様ですか?」

 

 ミツルは,本当は神様の代わりに『悪魔ですか』と聞きたかったが,思いとどまった。


 モモカは正直に答えた。


 モモカ「モモカは人間よ。でも,指輪が神様だから,,,」


 ミツルは,指輪が『悪魔』だということにした。


 ミツル「快く返答していただき,ありがとうございます。それで,この後の予定はどうしますか?」

 メアン「そうね,,,8班と合流したいわ。どの辺にいるか,わかる?」

 ミツル「多分,北側の方向に移動しているはずですが,うまく合流できるかどうかわかりません」


 ミツルは,そう言いながら,別の提案をした。


 ミツル「確実なのは,東の方向にある臨時の漁港に行くのはどうでしょう?そこには,常時,4,5人が待機しているはずですから」

 

 モモカはその提案に乗った。確実にひとがいるところに行くほうがいいからだ。モモカとミツルは,臨時の漁港に向かうことにした。


 ミツルは,また,他人を売ってしまった。でも,少しでも生き残る可能性があるなら,やむを得ない選択だと自分を慰めた。


 ーーー

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