第14話 刑務所襲撃

 メリルは,水香の体を使って,事件を起こし過ぎたことを反省した。このままでは,指輪の存在や能力がバレてしまい,すぐに捕まってしまいそうだ。捕まってしまうと,もうセイジに復讐する機会を逸してしまうし,霊力の補給もできなくなり,メリルの死を意味する。


 ならば,さっさと復讐を終わらせて,水香を捨ててしまい,あたらしい宿主を探して,身を隠すほうがいいと思った。


 メリルが宿す指輪は今も膣の中に収められているが,メリルは指輪の中から念話で水香に覚悟を求めた。 


 メリル『水香,今からセイジを殺しにいくわ』

 水香『メリル様,はい。よろしくお願いします。これで,わたしの復讐が終わるのですね?』

 メリル『そうね,,,終わるわね。でも,,,刑務所を襲った犯人として捕まるわ。へたすれば,一生,刑務所暮らしになるわよ』

 水香『はい,かまいません。覚悟はできています。わたしの復讐を終わらしてください』


 メリル『わかった。じゃあ,セイジを殺したら,もうお別れよ。この指輪はほかの女性に渡ることになるわ。だから,前もってお別れを言うわ。元気でね』

 水香『はい。わたしを助けていただき,しかも,復讐までしてもらって,ほんとうにありがとうございました』


 メリル『お互い様よ。わたしは,見返りとして,大量の精力と寿命エネルギーを得ることができたわ。わたしは,これがないと生きていけいないのよ。ごめんね。あなたに,多くの男どもにレイプされることを強いてしまって』

 

 水香『いいえ,そんなことありません。すでに幾多の男どもにレイプされて,汚された身です。これ以上汚れようがありません。それに,ここまで生きながらえたのも,メリルさんがわたしの代わりに復讐してくれたからです。ほんとうにありがとうございました』


 メリル『じゃあ,セイジの復讐が終わったら,どうするの? 一生刑務所暮らしよ? 死刑になるかもしれいわよ?』

 水香『私のこと,もう心配しないでください。なんとかやっていくようにしますから』


 メリルは,水香に子宮に施した呪詛のことを,水香に伝えるべきかどうか,一瞬迷った。でも,何も言わないことにした。もう1000人以上もの人が水香に関わって死んでいるのだ。たぶん,水香は,いずれ死刑になってしまうだろう。ならば,余計なことは伝えなくていいと思った。


 メリルは,水香の言葉に,軽く頷いた。


 メリル『じゃあ,今から刑務所を襲撃しに行きます!悪いけど,タクシーで刑務所まで行ってちょうだい』

 水香『わかりました』

 


 水香は病院を抜け出して,タクシーを飛ばしてセイジのいる刑務所に着いた。時刻は夜10時を回っていた。タクシーから降りた水香は,メリルに念話で連絡した。


 水香『メリル様,刑務所に着きました』

 メリル『では,今からあなたの体を支配します』


 メリルは,水香の体を支配した。支配できる時間は1時間までだ。メリルの肉体がこの地上にないから,メリルの霊体へのエネルギー供給がないためだ。


 メリルは霊力による気球を構築して,空中に浮遊して,刑務所の上空から屋上にある監視カメラを探した。


 メリル「あった。あれだわ。まず,あれを破壊しましょう。水香だとなるべくバレないようしてあげたいからね」

 

 シュパー!


 監視カメラに繋がっているコードを霊力の刃で切断した。その後,ゆっくりと屋上に着地した。屋上から刑務所内に入るドアを開けようとしたが,鍵がかかっていた。


 メリルは霊力を液状にして,カギ穴の中に入れて,その空間に合うようにして固化させた。そして,それを右側に回転させた。


 カチャ!


 そのドアはいとも簡単に開いた。霊力は万能キーにもなりえた。


 廊下にも監視カメラがあった。水香の姿を確実に映していたが,それも1,2秒だ。すぐに霊力の刃によってコードが切断された。


 さらに廊下を進むと,今度は電子ロックのドアだった。


 さすがに電子ロックでは,メリルもどうしようもない。メリルは,ダイヤモンド並の硬度の槍を構築して,その鍵部分を貫いた。


 ピーーピーーピーーピーーピーー!!


 ドアは開いた。しかし,同時に警報が鳴った。メリルは,こうなってはドアの内側にある監視モニターを破壊する余裕はなかった。とにかく,セイジを見つけることを優先することにした。水香は捕まってしまうが,それは水香も承知の上だ。


 メリルは,囚人の部屋にある監視窓から部屋の中をチェックしていった。


 メリル「こいつも違うわ。こいつも違う,,,」


 そうこうするうちに,武装した刑務員2名がやってきた。拳銃をメリルに向けて怒鳴った。


 刑務員「おい!おとなしく投降しろ!」


 ドン!ドン!


 接近戦では,今のメリルに勝てる人間はいない。2名の刑務員は,霊力の腕によって後頭部を強く打たれて気絶した。


 その後,さらに刑務員4名も現場に来たが,同じく気絶してその場に倒れた。


 ピーーピーーピーーピーーピーー!! 


 非常警報はそのまま鳴り続いた。


 この絶え間ない非常警報を聞いて,セイジは水香が襲ってきたものと,即座に理解した。


 セイジは,水香が異様なパワーを発揮して,この刑務所を襲撃しているに違いないと判断した。そうでもしないと,非常警報がなり続けるわけがない。


 武装した刑務員の,足早に階段を上がっていく音が聞こえた。水香は,3階から上の階層にいると判断した。武装刑務員の足音が聞こえなくなったのを確認後,セイジは,魔法ペンをカギ穴に入れて,力いっぱい握った。


 パシュー!


 ペン先から魔力が放出されてカギ穴に入り固化した。セイジは,すぐにペンを回転させてドアを開けた。


 セイジ「あ,開いた!!」

 

 魔力で生成された鍵は,すぐに気化して消滅した。


 セイジは驚いた。でも,電子ロックの場合はどうなんだ?と疑問を持ったが,今は逃げるのが先決だ。


 セイジの部屋は2階にある。1階に移動して,牢獄棟の玄関のドアを開けようとした。そこは電子ロックだった。


 セイジ「くそ!このペンでは役立たん!!」


 セイジは,近くにあった大きな植木鉢を持ち上げて,ドアノブの部分にぶつけた。火事場のくそ力だ!


 ダーーン!


 電子ロックの鍵が壊されて,玄関のドアは開いた。


 セイジは牢獄棟から出ることができた。でも,刑務所の敷地から出るには,厳重なゲートを通過しなくてはならない。とても無理だ。セイジは,左手の人差し指にはめてある指輪を見た。


 セイジは,この指輪にお願いすれば,脱出できると手紙に書いてあったが,半信半疑だった。しかし,魔法ペンが,それなりに有効だったこともあり,この指輪に自分の人生のすべてをかけることにした。


 セイジ「指輪さん。わたしを助けてくれますか?水香という女性が襲ってきます。わたしは殺されます。どうか,助けてください!!」


 すると,セイジの頭の中に声が響いた。

 

 指輪『その願い,聞きどけた!』


 セイジの指輪が光り,ヒト型のドラゴンが出現した。身長2メートル,トカゲが立って歩くような異様な姿だ。とても機敏に動けるとは思えなかった。


 セイジは,びっくりしたものの,今は,びっくりしている暇はない。


 セイジ「トカゲさん?ですか?助けてください。この敷地から逃がしてください」

 ドラゴン「もとより,そのつもりだ。だがもう逃げる時間はないようだ」

 セイジ「え?」


 セイジは,ドラゴンの背後を見た。そこには,ひとりの少女が玄関から出てくるのが見えた。


 セイジ「え?水香?!」

 メリル「やっと見つけた。あなたがセイジね?」


 メリルは,セイジの前に立っているドラゴンを見た。


 メリル「そこのトカゲさん,どけなさい。どけないと痛い目をみるわよ」


 ドラゴンは,最近になって,やっと月本語を理解できるようなったが,まだ流暢に話すことはできない。そこで,魔界語で話した。


 ドラゴン『わたしはこの男をここから逃すように命令された。阻むものは敵と見なす』


 魔界語と新魔界語は同じ言語なので,メリルはドラゴンの魔界語を理解した。


 メリル『トカゲ,お前は精霊指輪の召喚獣なのか?』

 ドラゴン『ほほう。よくわかったな。お前もそうなのか?』

 メリル『わたしに勝ったら教えてあげるわ』

 

 シュパーー!


 メリルは透明の霊力の刃を繰り出して,ドラゴンの首を切断しようとした。


 ドーーン!!


 ドラゴンは即座に防御結界を張り,霊力の刃を阻止した。彼は霊力を見ることができた。かつて千雪との戦いで霊力を観る能力を獲得したからだ。


 メリル『え?霊力が阻止された?お前,霊力が見えるの?』

 ドラゴン『フフフ,見えるように訓練した。お前の攻撃など怖くはない』


 シューーーン!! ダーーン!!


 ドラゴンは5倍速で移動して,水香の腹部に足蹴りを加えた。


 メリルはすぐに水香の体に霊力の層で覆い,その足蹴りに備えた。だが,その威力を消すことができず,何十メートルも吹き飛ばされた。


 しかし,ドラゴンの攻撃はさらに続いた。彼は再度5倍速で移動して,壁に穴を開けて身動きできないメリルの腹部に,回し蹴りを放った。


 バヒューン!


 メリルは,霊力の層で全身を覆っていたが,直撃を受けた箇所の霊力の層に亀裂が走った。その隙間から回し蹴りの威力が腹部の膣部奥に届いてしまった。


 その衝撃は,膣内にあった指輪に直撃した。そのショックで,指輪の中に収納されていたメリルの肉体が指輪の亜空間から飛び出してしまった。その際に,亜空間の一部分もメリルの肉体を包むようして飛び出した。


 その飛び出た亜空間は,ゴム球のようなものだ。折良く子宮という空間があったため,その空間に潜り込んだ。


 水香のお腹は,妊娠4ヶ月ほどの大きさになってしまった。


 膣内にあった指輪は,子宮の膨張による反作用で,膣の外側に排出されてしまった。


 パンティが破れてしまっていたので,そのまま地に落ちた。


 ドラゴンは,メリルのお腹が急に膨れだしたことにびっくりした。お腹を強打したのだから,お腹が凹むのは理解できるが,逆に膨らんでしまったのだ。お腹の変化には気にしつつ,ここで勝利宣言をすることにした。


 ドラゴン「お前は,霊力を扱えると言っても,加速は使えないようだな。それでは,俺に勝つことは無理だ」


 メリルは,お腹を大事にかかえながら,独り言を言った。


 メリル『わたしの負けだわ。このままでは,水香の体は崩壊してしまうかもしれない,,,なんとしても,水香とこのお腹の中の肉体を守らねばならない』


 しかし,メリルはどうすることもできなかった。こんな事態は想定外だ。亜空間内のメリルの肉体は,全身繭のようなもので覆われていた。いったい,自分の体がどうなってしっているのか,自分でもまったくわからない。


 メリルは,床に落ちている指輪を見て言った。


 メリル『床に落ちている指輪をあなたにあげましょう。それを戦利品として,この場は引き下がってもらえませんか?今,水香は妊娠しています。せめてこの子が生まれるまで,見逃してもらえませんか?』


 メリルは,妊娠という言葉を使って,命乞いをした。


 ドラゴン『残念だが,指輪もその水香の肉体も破壊させてもらう。なんせ,セイジを殺しにきたのだろう?失敗したら,殺されるのはあたりまえのことだ』


 言われてみればその通りだとメリルは思った。メリルも多くの人を殺してきたので,よくわかる。


 メリル『では,あなたのために,なんでもすると言ったらどうですか?見逃してもらえますか?』


 ドラゴンは,ニヤニヤとした。この霊力使いを,奴隷にできるのであれば,メリルを生かす価値はあるのかもしれない。それに,ドラゴンに命じられた命令は,セイジを守ることであって,水香を殺すことではない。


 ドラゴン『なんでもする?ほんとうか?』

 メリル『ほんとうよ。なんでもするわ』

 ドラゴン『では,宣誓契約しろ。それなら,殺さないでやる』

 メリル『でも,わたしを一生縛るような宣誓契約はしないわ。それに,あなたの性奴隷にもなりたくない。それ以外ならなんでもするわ』

 ドラゴン『フフフ。それなら大丈夫だ。お前の体をあてにするような依頼ではしないし,期限も1年程度で十分だ』

 メリル『それなら問題ないわ。期限は1年,性奴隷以外の命令に従うわ』


 メリルとドラゴンが宣誓契約した。その後,ドラゴンは依頼内容をメリルに伝えた。


 ドラゴン『実は,わたしの主人であるピアロビ顧問にもお願いできない内容だ。だが,今は,詳しく依頼内容を説明する時間はない。そこで,仲間の霊体をお前のそばに控えさせる。あとで彼から命令を受けなさい』


 セイジのしているドラゴンの指輪には100体のドラゴンの霊体が収納されている。そのうち,副隊長のドラゴンの霊体である青龍を体の外に出現させた。そして,霊体の青龍に念話で命じた。


 ドラゴン『青龍よ。メリルのそばで控えていなさい。時が来たら,依頼内容をメリルに伝えなさい』


 青龍は念話でドラゴンに返事した。


 青龍『了解です』


 その後,青龍はメリルに念話で話した。


 青龍『メリル様,わたし,青龍は,メリル様のそばで控えさせていただきます。よろしくお願いします』


 青龍は,丁寧語でメリルに話した。メリルも同じく念話で返事した。


 メリル『あなたは,霊体の身なのですね。では,このお腹の中に入ってください。このお腹の子宮に,指輪の亜空間の機能の一部が移ってしまいました。でも,そこなら,あなたの霊が隠れるくらい容易でしょう』

 青龍『了解しました』


 青龍は,水香の子宮の中に入っていった。

 

 メリルは,ドラゴンに向かって話した。


 メリル『トカゲさん。では,わたしは今からここから脱出します。よろしいですね?』

 ドラゴン『構わない。わたしもセイジを連れてここから脱出する』


 ドラゴンはセイジを抱いて刑務所の敷地の周囲の塀を軽々と跳び越えて脱獄していった。ドラゴンは,指輪のことをすっかりと忘れていた。でも,メリルを奴隷にできことに満足だったのかもしれない。


 メリルは,ドラゴンとセイジを見送ったあと,床に落ちている指輪を拾って,左手の薬指にはめた。


 ちょうどその時,物陰から声がした。


 「おい!手を挙げろ!!」


 メリルは,声のする方を見た。そのには,駆けつけたばかりの2人の看守がいた。銃口をメリルに向けていた。


 霊力を見ることができない一般人の看守など,今のメリルにとっては何の脅威にもならない。


 逆に,いい実験台ができたと思った。というのも,メリルの肉体を収納していない指輪に,どんな能力があるのかを確認できるからだ。


 指輪には,多少の治癒能力があるのはわかっていた。もともとこの指輪は,なんの変哲もない亜空間収納指輪なのだが,以前,水香が銃撃されたとき,指輪が陰ながら回復魔法を発動したことをメリルは知っている。なぜ,そんな能力を得たのか,どうして指輪に『知性』のようなものが生まれてしまったのか,今のメリルにはどうでもいいことだ。


 ドン!ドン!(透明の霊力の腕で,看守の後頭部を強打する音)


 2名の看守は,わけが分からず,その場に倒れてしまった。メリルは,看守のひとりに近づいて,指輪を看守の頬に当てた。


 1分が経過した。


 看守から精力と寿命エネルギーが奪われていくのがわかった。その能力はもともとメリルが持つ能力だ。指輪にコピーされたようだ。


 メリルは,もう1人の看守の腕に水香の爪を使って傷をつけ,その場所に指輪を当てて,指輪にある依頼をしてみた。


 メリル「指輪さん。回復魔法でその傷を治してくれますか? お願いします」


 ボァーー-!


 指輪から回復魔法が発動した。それは,初級レベルの回復魔法だった。指輪には,回復魔法を発動できる能力のあることが判明した。


 メリルは,独り言を言った。


 メリル『この指輪には,精力や寿命エネルギーを吸収する能力もあるし,治癒能力もあるわ。でも,ほかにどんな能力があるのかしら?』


 メリルは,さらに指輪の性能を確認すべきかどうか迷った。しかし,この状況では,すぐにでも現場から逃げる必要がある。ここまで確認できればいいと思った。


 この指輪は,イジーラがしばらく使っていた指輪だし,メリルの体を収納してきた指輪だ。彼らの能力が多少移っても不思議ではない。でも,結局のところ,災い招く『不幸の指輪』には間違いないとメリルは思った。


 メリルは、また独り言を言った。


 メリル『この『不幸の指輪』は,セイジの家族に渡すべきでしょうね,,,』


 メリルはセイジの家に行くことに決めた。


 メリルは,霊力の気球を構築してゆっくりと上空に舞い上がり,セイジの家の方向に向かった。



 ー セイジの家 ー


 ピンポンー!


 メリルはセイジの家に着いてチャイムを鳴らした。セイジの家のドアが開いた。彼の妹モモカだ。


 モモカ「どなた?」


 指輪の持ち主は女性なら誰でもいいので,メリルはこの少女に指輪の持ち主になってもらうことにした。


 メリル「始めまして。わたし,セイジさんの友人で水香といいます」


 メリルは,丁寧に頭を下げた。モモカはメリルのお腹を見た。


 モモカ「あなた,妊娠しているの?」


 メリルは,セイジの子供だと言いたかったが,これから指輪を機嫌良く受けとってもらうため,荒波を立てるのを避けることにした。


 メリル「はい,そうです。かれこれ妊娠4ヶ月になります。もう降ろすこともできません」


 モモカ「あら,そう? 大変ね。それで?何しに来たの?」

 メリル「刑務所にいるセイジさんに依頼されてここに来ました。実は,この指輪をセイジさんの家族の女性の方に渡すように言われました。あの,,,失礼ですが,あなたはセイジさんの家族の方ですか?」

 モモカ「セイジの妹よ。モモカって呼んでちょうだい。母親は海外にいるわ。どこで何をしているんだかわからないけど」

 メリル「セイジさんの妹さんだったのですね」


 メリルは,ニコッと微笑んで,自分のしている指輪を外してモモカに渡した。

 

 メリル「どうぞ受け取ってください。この指輪は,幸福の指輪だと聞いています。常に指にはめるようにとも言っていました」


 モモカは,見ず知らずの人から指輪を受け取る義理はないと思った。そこで断る理由として,指輪の能力を聞いてみた。


 モモカ「この指輪って,幸福の指輪なの? じゃあ,それを証明してちょうだい。証明できないなら,そんな指輪,受け取らないわ」


 メリルにとって,モモカのような一般人を騙すのはいとも簡単なことだ。


 メリル「実はセイジさんに実演してもらって,わたしもびっくりしたのですけど,幸福の指輪には,病気や怪我したときに,早く回復させるパワーがあります。今,それを実演します」


 水香の左手の小指は,少しだけ爪が伸びている。その爪で,右腕の部分に5cmほどの長さで切り傷を創った。そこから,血が滲み出てきた。


 それを見たモモカは,両手で口を押さえた。


 モモカ「え?うそ!!」


 まさか,メリルが自分の目の前で腕に傷をつけるなど,思ってもみなかったからだ。


 メリルは,そんなモモカにお構いなく,その切り傷部分に,左手薬指にした指輪を接触させた。


 メリル「指輪さん,お願いします。この傷口を治してください」


 ボァーー-!!


 このボァーーーという音は,ごくわずか音なので,モモカはその音を聞くことはできなかった。そして,傷口は,みるみると塞がっていった。


 傷口が塞がっていくのを目の当たりにしたモモカは,目を丸くしたまま,その場で茫然自失した。


 メリルは,自慢げに話を続けた。


 メリル「どう?すごいでしょう?この指輪には治癒能力があるのよ。それだけでなく,大きな幸福を呼ぶとも言われているのよ」


 メリルは,さらに話しを続けた。

 

 メリル「それともうひとつ大事な話があります。実は,そのセイジさんは,さきほど刑務所から脱獄しました」


 この言葉に,モモカは2度びっくりした。


 モモカ「え?セイジさんが脱獄?」

 メリル「そうです。さきほど,わたしに連絡がありました。家族に累が及ぶといけないので,対策をとってほしいとの伝言でした。たぶん,この地を去ってほしいと思っているのだと思います」


 メリルが,そう言ったわけは,指輪を持つモモカが警察に事情聴取されてほしくないからだ。


 メリル「あの,水を一杯だけいただけますか?ちょっと,喉が乾いてしまって,,,」

 モモカ「ぜんぜん構わないわよ。ちょっと待っててちょうだい」


 モモカは,台所に移動した。


 その時間を利用して,メリルは念話で水香に話した。


 メリル『水香,セイジの殺害は失敗したけど,いずれ殺してあげるわ。最後に水香にもう一度聞くわ。わたしが憑依を解いた後,ここからそのまま逃避行をするか,それとも病院に戻るか,水香が自分で決めなさい』

 水香『わたしは,,,わたしは病院に戻ります。逮捕されて刑務所暮らしになるのは覚悟しています。でも,わたし,妊娠してしまったのでしょう? ならば,この子供を産むまでは,殺されないと思います。その後,死刑になっても構いません。どうせ生きていても男どもに犯されるだけの人生ですから』

 メリル『そうですが,,,わかりました』


 メリルは一抹の不安を抱えながら,言葉を続けた。


 メリル『水香,ともかく,お腹の子を大事にして産んでちょうだい。わたしはお腹の子の中に戻ります。憑依疲れで,しばらくはもう水香と会話することができません。もしかしたら,今回が水香と会話できる最後のチャンスかもしれません』


 水香は警察に捕まった場合,言っていいことと悪いことをメリルに確認した。


 水香『メリルさん,ほんとうにありがとうございます。あの,,,わたしが警察に捕まったら,メリルさんのことを正直に話してもいいのですか?』

 メリル『指輪がセイジの妹に渡ったということを隠してくれれば,あとは,すべて指輪のせいにして構わないわ。では,気丈に生きてちょうだいね』


 水香は『気丈に生きて』という意味がよく分からなかったが,元気よく返事することにした。


 水香『はい,メリルさんも早く元気になってくださいね?』


 そうこうしてる時,モモカが水の入ったコップを持って来た。自分の体を取り戻した水香は水を飲んだ後,お礼を言って,その家を後にした。その後,適当にタクシーを拾って自分の入院している病院に戻った。


 今の水香は,我が人生に悔いはないという気持ちだ。セイジへの復讐も,実はもうどうでもいい気持ちだ。これまで1000人以上もの男どもに犯され,知らず知らずのうちに快楽や絶頂さえ感じてしまう体になってしまった。もう,恨みなどはない。それよりも,メリルに巡り会える機会を頂いて,感謝さえ感じるほどだ。


 水香は,妊娠4ヶ月ほどのお腹をさすった。この子はメリルの肉体だ。でも,どうして急にお腹が膨れたのか,それをメリルに聞くのを忘れてしまった。今後,この子の父親の名前を聞かれたら,セイジの子と言うことにした。


 水香はお腹を大事に抱えながら病院に戻った。


 水香が去ったあと,モモカはそそくさと荷物を鞄につめて家を出ることにした。今夜は,駅前の旅館で泊まることして,翌日,北海道にある祖母の家にでも行くことにした。元締めにも,これ以上会いたくないので,モモカにとってはちょうどよかった。




 

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