第9話 死亡事件が多すぎる!
ー 警視庁特捜課 ー
殺人事件は,通常,捜査一課が担当する。だが,5名以上の殺人事件となると,特捜課が担当する。ただし,水香が関係する事件については,どのような事件であっても,特捜課が担当することになっている。
特捜課は,本来,暇な部署のはずだ。平和な月本国では,ほとんど凶悪犯罪は起こらないはずだった。
だが,水香の周囲でどんどんと死亡事件が舞い込んで来て,てんてこ舞いだった。
部長は誰に言うでもなく叫び声を上げた。
部長「いったいどうなっているだ!!水香のわまりで,なんでこうも死亡事件や殺人事件が起きるんだ!!転校前のA学園では,男子寮の生徒の半数以上が死亡?!! 転校したB学園では,用務員が心臓発作?それに,教諭3名が突然死? B学園の男子生徒も100人以上が死亡?!! おまけに,グランド近くで男ども4人が,首を刈り落とされた?!!しかも,水香が拳銃か何かで,撃たれる始末だと? いったいどうなっているんだ?!」
4名の男たちの首が切り落とされる前後の映像は,付近の道端にある監視カメラにはっきりと映っていた。目に見えない刀のようなもので切断されたようだった。その映像を思い出して,部長はこのように叫んでしまった。
部長は暇そうにしている多留真を睨んだ。
部長「おい!多留真!!ぼけーとしないで,なんとかならんのか!!」
なんといっても多留真は特捜課のエースだ。抜群の成績を収めてきた辣腕刑事だ。部長が最後に頼るのは多留真だった。
そのとき,電話応対をしていたB刑事が部長に報告した。
B刑事「現場の警察官から,緊急連絡が入りました。A学園の男子寮で,また突然死が50名ほど出ました。これで,男子寮200名,つまり,全員が死亡したことになります。父兄が怒ってA学園に押しかけて来ていてパニックになっています。機動隊の出動依頼が来ているほどです。マスコミも大勢押しかけてきています。
テレビの報道では,男子寮の水道に,毒が放り込まれたのではないかという説が流れています。
A学園は,間違いなく廃校になってしまうでしょう。おそらくですが,B学園も近いうちにそうなるかと思います。警視庁のマスコミ対応班からは,早く事件の真相を解明してくれと,矢の催促です。
マスコミが騒いでいて,警察の威信が益々失墜します。警視庁長官の罷免問題にまで発展しそうな勢いです」
警視庁長官の罷免問題については,部長もなんとなくその背景を察知するかことができる。でも,今はそんなことに頭を回している時ではない。部長はB刑事に命じた。
部長「了解した。B刑事,現場にいって,いつものように,他殺の可能性も含めて遺体を調べてくれ。われわれは,地道な捜査をしていけばいい」
B刑事「はい。C刑事と一緒に対応します」
部長は椅子に座り直して,優雅に自分の机のところで欠伸している多留真を睨んだ。多留真には何か解決策があると期待しての睨みだ。
多留真は,こんなときは,慌てても良い結果は得られないことはよくわかっている。この一連の事件は,あきらかに超現象,つまり未知の原因によるものだ。われわれがいくら調べても答えは得られるものではない。超現象をまじめに取り組むには,恐怖の悪魔集団をぶつけるしかないと多留真はそんなことを考えていた。
部長「多留真!何か勝算はあるのか?このままでは,能無し特捜課として,世間からバッシングを受けるぞ」
多留真は面倒くさいと思いつつ,部長の子守をすることにした。彼は部長を会議室に連れていった。部長に頭を冷やしてもらうためだ。女性職員に2枚のコーヒーを会議室に持ってきてもらうように依頼した。
多留真はスケベで,セクハラばかりするのに,女性スタッフに人気があった。ハンサムで仕事ができるのは当然として,なんと言っても金持ちの息子だった。所詮,世の中,金で愛情も買えてしまうのだ。
依頼された女性職員はニコッと微笑んで,上等なコーヒーを準備した。その女性職員の去り際に,多留真はその女性職員のお尻に触った。
多留真「いいお尻しているね。今度,食事でもどうだい?」
この誘いに,女性職員はニコッと微笑んだ。
女性職員「いいわよ。お金さえいただければね。さっきお尻触ったでしょう?はい,お金!」
そう言って彼女は,右手を差し出した。多留真は,ここでお金を出さないとほんとうにセクハラで訴えられてしまうのを知ってる。そこで1000円札1枚を渡した。
女性職員は,「チッ!」と口走った。
女性職員「ケチね!!もっとしっかりと触っていいから,1万円くださいよ!」
多留真「ああ,また今度な」
こんなことが許されるのも庁内では多留真だけだ。部長も見て見ぬ振りをしている。セクハラしても,お金を払って示談が成立したのと同じだからだ。
今の部長に,セクハラのことなど構っている暇はない。部長はコーヒーを1口飲んで,気持ちを落ち着かせた。
部長「それで?多留真。事件解決の突破口は,見つかったのかな?」
多留真もゆっくりとコーヒーを飲んでから返答した。
多留真「今,超現象調査室に転属した夏江が,水香にまつわる事件で,α隊に捜査協力を要請する準備をしています。わたしは,そこに突破口があると見ています。それに,超現象調査室には,切り札があります」
部長「切り札? それって何だ?」
多留真は,またコーヒーを一口飲んでから返答した。
多留真「非常勤の茜です」
部長は,茜と聞いて,だいたいのことを理解した。
部長「茜か,,,ちょっと,迂闊に手はだせんな。下手すれば,この国が滅んでしまう」
多留真は,決して大げさではないその表現に,クスッと笑った。
多留真「まあ,茜を怒らせるようなことをしなければ大丈夫でしょう。その茜ですが,彼女を捜査に加えてはどうでしょう?」
部長は,苦い顔をした。
部長「あそこは,悪魔集団だぞ。決して深入りしてはいけないところだ」
多留真「確かにそうです。でも,今回の水香の周囲で起きている事件も,悪魔の仕業に近いと見ていいでしょう。悪魔には悪魔をぶつければいいのです」
部長は,多留真の考えを理解した。だが,茜の背後組織をかますのは,あまりにリスクが大きすぎる。
部長が渋っている様子を見て,多留真は言葉を続けた。
多留真「われわれは,茜を常勤に変更するだけいいのです。あとは,何もしなくていいのです」
この言葉を聞いて,部長は,いくぶん顔を明るくした。
部長「ほんとうか?ほんとうに,それだけでいいのか?」
多留真「はい,それだけです。しかも,それさえもわれわれは,何もしなくていいのです。つまるところ,傍観して,欠伸をして,のんびりしていればいいのです」
部長「というと? どういうことだ?」
多留真は首や腕を回して,運動不足を解消するかのような動作をしながら答えた。
多留真「単純なことです。夏江を踊らせれば済む話です」
部長「ん?夏江を? しかし,茜をどうのこうにするには,警視庁長官の許可が必要になるはずだ」
多留真は,またクスッと笑った。
多留真「確か,2週間後に,水香に関する事件報告会が予定されていたと思います。その会議で,夏江に踊ってもらいましょう。彼女は,刑事魂が強いが故に,このような汚れ作業にぴったりです」
多留真のアイデアに,部長は納得した。
部長「おっ,そうだな。すべて,夏江に任そう。茜の常勤の話も夏江から説明してもらえれば筋も通る。うん。それがいい」
部長は,ちょっと晴れやかな気分になった。しかし,現実には,水香の周囲で起きる死亡事件は,その後も後を絶たなかった。
マスコミも水香が間接的に死亡事件に関与しているという報道を連日報道し出した。ただし,実名は避けて『M子』という名前での報道だ。
ーー あるテレビ報道 ーー
『このところ,M子の周囲で死亡事件が頻発しています。M子は,娼婦まがいの行為をしていたという事実も判明しています。M子と関係を持った方々が,次々に突然死に見舞われています。
その原因が毒によるものか,呪詛的なものかまではわかっていません。でも,自殺でないことは明白です。突然死のように死亡することから,他殺説が有力のようです。ですが,その死因がいまだに解明されていません。
明らかにM子が間接的もしくは直接的に関与しているのは間違いないでしょう。でも,警察はいまだM子を逮捕すらしていません。M子が,今,どこにいるのかも,隠蔽された状態です。
いったい,警察は何をしているのでしょうか? はたして,これで法治国家と言えるのでしょうか?!』
まだ,この時はM子という名での報道であったが,その数日後,実名報道に切り替えられた。水香と関係を持った連中の死亡者数が500名を超えてしまったからだ。
毎日,50名ほど増えていく死者数に,マスコミは,警察の無能さを強く非難していった。
その一方で,まだ逮捕されていない水香の隠れ弁護団が組織されていて,水香を弁護する報道もなされるようになった。
テレビの報道は,水香一色になりつつあった。
その一方で,水香は病院でICU装置で延命措置を受けていた。水香が銃撃されたという事実は,警察側によって隠蔽されていて,まだ,マスコミには気づかれていなかった。
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