第3話 秘策と詐欺商法

 夏江は,多留真の秘策を受け入れた。多留真にとっては,口からのでまかせなのだが,夏江にとっては,その秘策が事件解決の突破口だと信じた。何分,霊魂という未知のものに対して,果敢に挑戦するという気持ちに,夏江は酔いしれたのかもしれない。


 夏江は1週間もしないうちに,超現象捜査室に転属になることを知らされた。


 だが,夏江はその異動を待たずにある行動に出た。事件で死亡した生徒の両親に,自費で霊媒師を呼ぶことを提案してみた。それで犯人がわかるかもしれないからだ。夏江の提案に,B子の両親は同意した。


 B子の両親が自分たちのツテを頼りに招いた霊媒師は,この地域界隈で活動しているイタコだ。霊魂を呼んで,自分の体に憑依させるという霊能力者だ。


 2日後,その霊媒師は指定された病院に来た。B子の遺体は,病院の霊安室にあった。遺体をドライアイス付けにして,別の部屋に移動した。


 その霊媒師は,両親と夏江の同席のもと,早速,B子の霊魂を呼ぶ儀式を行った。


 霊媒師「えい!やーー!エーーーイ!!!」


 霊媒師の掛け声は,延々と30分以上も続いた。


 両親と夏江は,呆れた顔をした。この霊媒師はヤブだと判断した。一向に死者の霊魂を呼べない霊媒師は,掛け声をかけるのを諦めた。


 霊媒師「あの,,,申し上げにくいのですが,どうも,霊魂はすでにこの肉体にはいないようです」

 母親「それって,どういうことですか?」

 霊媒師「通常,死亡して7日間くらいは,霊魂がその肉体に留まるものなんです。でも,どうやらもうここにはいないようです。すでに浄化して消滅してしまったとも考えにくい。残念ですが,わたしにはこれ以上何もできません」

 母親「そうですか,,,」


 この話を聞いて母親はがっかりした。母親は,謝礼の10万円を霊媒師に支払おうとしたが,霊媒師は,霊魂の召喚が失敗したという理由で,謝礼の受け取りを拒否した。ただし,実費の1万円だけは受け取って帰っていった。良心的な霊媒師だといえよう。


 そのやり取りを見て,夏江は,信用できる霊媒師だと感じた。

 

 B子の母親は,どうしてもB子の霊魂を呼びたかった。そこで,彼女はその霊媒師にもっと高名な霊媒師の紹介を頼んでみた。


 母親「あの,,,失礼な言い方かもしれませんが,もっと高名な霊媒師であれば,霊魂を召喚できるのでしょうか?」

 霊媒師「そうですね,,,わたしが知る限り、高名な霊媒師といえば,,,」


 霊媒師は,少し首を振ってから,その名前を口にした。


 霊媒師「半年ほど前に,テレビで異能力者対決があったかと思います。千雪という能力者と竜姫という能力者の対決です」

 母親「あ,はい。当時,とても話題になりました。でも,その後,自殺者が急に多くなったという噂がネットで配信されたとか」

 霊媒師「よくご存知ですね。わたしも当時,テレビを見ていましたが,あの千雪さんは,ほんとうにやばい異能力者です。彼女にかかわると命がいくつあっても足りないでしょう。わたしも彼女の顔をテレビで見て,もう一歩で自殺するところでした。幸い,ドアのチャイムが鳴って,意識を取り戻して助かりましたが」

 母親「まあ,そんなことが,,,」

 霊媒師「千雪さんと竜姫さんは,テレビでは異能力者のように扱われますが。彼女らは,間違いなく優れた霊能力者です。もし,千雪さんに仕事を依頼するとすれば、最低でも2000万円は必要とのことです。そのかわり,仕事の成功確立は100%らしいです。噂では、殺人でも何でもするそうです」

 母親「まあ,殺人も?でも,依頼料も相当に高額なのですね」

 霊媒師「ですが,竜姫さんであれば,100万円程度で仕事を引き受けてくれると聞いています。一度,真剣に検討してみるのもいいかもしれません」

 母親「はい,わかりました。ありがとうございます!」


 その言葉を聞いて,母親は,同席している父親の顔を見た。


 母親「お父さん,思い切って,その竜姫さんに依頼してみてはどうですか?」

 

 母親にそう言われて,父親は反対することはできなかった。


 父親「そうだな,,,では,依頼してみよう」


 父親は,小金持ちであったため,100万円くらいのお金なら,自由になった。


 ーーー

 ちょうどその頃,この町のとある公園で,6人組の男たちがたむろしていた。水香を犯した連中だ。リーダーの源太は,水香の現状を仲間に報告した。


 源太「どうやら,水香は富士山麓で自殺を図ったらしい。でも,死ぬ前に発見されて入院した。ところがだ。水香が退院して,寮に戻ったが,その翌日,なんと,俺たちに水香をレイプしろと指示した女生徒の仲間全員が死亡した」

 A男「何?それは本当か?どうやって殺したんだ?毒殺か?」

 源太「いや,どうも違うらしい。死因がはっきりしていない。でも,顔に殴られた跡があったそうだ。しかも,恐怖に満ちた顔をして,死亡したらしい。死因もはっきりしないようだ。司法解剖をするかどうかまだ決まっていないらしい。死亡時刻は,真夜中の1時頃。その頃,ちょうどある寮生が訪問している。でも,それが水香だと断定できるほど鮮明な映像ではないそうだ」


 源太は,詳しい情報を話した。


 A男「そんな詳しい情報,どっから入手するんだ?」

 源太「ふふふ。『裏4ちゃんねる』という書込み情報だ。数日前に,俺が匿名で『女子寮殺人事件の真相』というスレットを立ち上げて情報を募った。そしたら,見事に情報が集まってきた。便利な世の中になったもんだ」

 B男「それって,信用できるのか?」

 源太「すくなくともニュースで公開されている情報とは矛盾しない。8割ほど信用していいだろう」


 ここに集まった仲間たちは,さすがリーダーだと,源太をほめそやした。


 得意になった源太は,自分の推理を展開した。

 

 源太「俺が想像するに,水香は体は弱いので,A子たちを拳か何かで殺したとは考えにくい。そうなると,他に考えられるのは,呪詛とかの,何か未知の力で殺したと考えるのが自然だ。そして,その未知の力を貸した人物が背後にいる可能性が高い!!」


 A男たち「おおーー!!」


 A男たちの感嘆の声があがった。源太の推測に,皆もが賛同した。実際に,水香を犯したことのある連中なので,水香のか弱さは,百も承知だからだ。


 ここに来て,源太は水香の行動を予測した。


 源太「水香は、A子たちの復讐が成功したので,次は,われわれに復讐するだろう。間違いなくだ!!」


 この言葉を聞いて,彼らは,自分たちの置かれた立場をやっと理解した。彼らは水香に命を狙われているのだ。


 A男たちの顔が,真顔になっていった。


 A男「でも,水香がわれわれに復讐するにしても,その方法がわからないんじゃ,対応のしようがない」


 この言葉に,源太はニヤニヤとしだした。


 源太「だからだ。その復讐の方法を調べるんだ」

 A男「どうやって?」

 源太「簡単なことだ。隣町の不良グループに,白昼堂々水香を襲わせる。そのビデオ映像をしっかりと撮ればいい」


 A男たち「おおーー!!」


 この提案に,A男たちは,ふたたび感嘆の声をあげた。B男は,さらに自分の考えをて提示した。


 B男「どうせなら,その不良グループに水香を殺してもらってはどうですか?いらぬ心配する必要ないですよ」

 源太「殺人依頼か,,,襲わせるくらいなら,20万円くらいでいいが,殺人ともなると,,,200万円くらいは必要になるかもしれん」


源太がお金の心配をしているとき,A男がB男の提案に同意を示した。


 A男「ひとり33万円くらいですよ。源太さん,その金額,全員で出しましょう。殺されるくらいなら,先手を打って水香を殺すほうがいいです!」

 源太「・・・,わかった。では,2日以内に各自33万円を準備しろ。クレジットカードで借金してでも準備しろ」

 仲間全員「了解です!!」


 かくして,隣町の不良グループに水香をレイプさせて殺させることにした。しかも,その過程をビデオカメラで録画するという条件付きだ。


ーーー


数日後

 ー B子の遺体のある病院 ー

 数日後,B子の母親は,先日,B子の霊魂の召喚に失敗した霊能力者の推薦を受けた『高名な霊能力者』を呼んだ。それは竜姫だ。

 彼女は,メガネをして薄いベールで顔の下半分を覆っていた。そのため,顔をしっかりと見ることはできない。彼女がほんとうに竜姫なのか,誰もわからない。


 遺体が安置されている病院が待ち合わせ場所だ。そこに竜姫が現れた。B子の両親と夏江が,竜姫を迎えた。初対面なのだが,竜姫のケバケバしい姿から,すぐに竜姫だろうと思った。


 母親「あの,,,竜姫さんでいらっしゃいますか?」

 竜姫「そうです。あなたが依頼者ですか?」

 母親「はい」


 母親は,夫と刑事の夏江を紹介した。夏江は,竜姫の偽物かもしれないと思ったので,その確認をした。


 夏江「申し訳ないのですが,竜姫さんはとても有名な方なので,偽物も多いと聞いています。あなたが,本者なのか確認したいのですが,,,」

 

 この質問に,竜姫は気を悪くしなかった。よくある質問だからだ。


 竜姫「最近,偽物が多く出没しているようですが,わたしは本物です。では,それを証明しましょう」


 この病院のロビーには,大きな金魚が泳いでいる水槽があった。その水槽を竜姫は見た。


 竜姫「では,あの泳いでいる金魚を,一列に並んで泳がせましょう」

 夏江「え?まさか,そんなことできるのですか?」

 竜姫「別に一列でなくても,並列に泳がせることもできますよ。でも,そんなことに自分のパワーを使ってしまうと,肝心な本業でパワーを発揮できなくなっていまいます」

 夏江「あの,パワーを使わないで,本者だとわかる方法はないでしょうか?」

 

 竜姫「では,夏江さんのオーラを見ましょう。それなら,さほどパワーは使いません」

 

 竜姫は,両手をいろいろと旋回して,「えい!やーー!」と小さい声で,でも,元気よく掛け声をかけた。


 竜姫「見えます。見えます。あなたは,8畳の安アパート暮らしですね?机があります。そこには,,,お茶の飲みさしがあります。その隣には,置きっぱなしの下着もります。色はピンクで,,,」


 夏江は,まさにその通りなのでびっくりした。夏江はそれ以上,自分の部屋の内情を暴露されたくないので,そこで止めてもらった。


 夏江「B子さんのお母様,お父様,こちらは竜姫で間違いないです。初対面のわたしを一目みて,わたししか知らない部屋の内容を言い当てました」

 母親「まあーー,すばらしいです!」

 父親「おお,それはそれは!!」


 夏江「では,竜姫様,どうぞこちらに。B子さんの遺体の場所に案内いたします」


 竜姫は,夏江の先導でその後をついていった。


 竜姫は,B子の遺体を見た。その遺体に深々と頭をさげて合掌した。その所作は慣れたものだった。


 竜姫は,また,両腕を旋回して,ポーズをとった。その動作は,延々と15分も続いた。


 竜姫は,顔を歪めだした。そして,ゆっくりと呼吸を整えてから言った。


 竜姫「残念です」


 竜姫は,少し間をおいてから言葉を続けた。


 竜姫「この遺体には霊体は存在しません。周囲にもありません。それに遺体もすでにオーラを失ってしまっていて,オーラを見れません。もう少し早ければ,残ったオーラで,死因くらいは特定できたかもしれません。残念ですが,わたしにはこれ以上,何もできません。申し訳ありません」

 

 母親は涙を流した。自分の娘が不憫に思った。


 夏江「前の霊媒師にも,同じことを言われました。霊魂を召喚しようとしても,召喚できなかったと言っていました。考えられる原因はありますか?」

 竜姫「そうですね,,,浄化されたとも考えられますが,でも,その可能性は低いでしょう。ある意味,非業な死ですから」


 竜姫は,少し考えてから言葉を続けた。


 竜姫「霊魂がどこかに行くにしても,そんなパワーは普通はありません。そうなると,霊魂が奪われたとも考えられます。でも,そんなことができるのは,わたしの知るかぎり,あの有名な千雪くらいでしょうか? でも,千雪が犯人ではありません。そんなお金にもならないことは絶対にしません。そう考えると,,,,他に考えられることはもうないです。すいません,,,」


 竜姫は,頭を垂れた。


 夏江「やはりそうですか,,,」


 夏江は,竜姫に見てもらいたいものがあった。それは水香が被害者の部屋番号を書いたメモ用紙だ。


 夏江「竜姫さん,あの,このメモ用紙を見てもらいたいのです。まだ,殺人事件と決まったわけではないのですが,殺人事件の場合,容疑者のひとりが書いたメモです。何か感じるものはあるでしょうか?」


 竜姫は,ビニール袋に入れられたメモ用紙を受け取った。彼女はそのメモ用紙をビニール袋から出した。そして,しばらく凝視してから言った。


 竜姫「この用紙には,呪詛のようなものは施されていません。ただのメモ用紙として使用したのだと思います。強いて言えば,負の感情が少し残っているようですが,それもすぐに消えてしまうでしょう」

 

 夏江はがっかりした。何か手がかりが掴めると思ったからだ。


 夏江「そうですか。ありがとうございます」


 竜姫は、謝礼を受け取って帰った。もっとも、死因を明らかにできなかったので謝礼は最低料金の20万円だった。竜姫も見かけ的には良心的だった。



 病院を去った竜姫は,電話を一本した。


 竜姫「もしもし,助かったわ。夏江の部屋の情報,ありがとう。うまく信じてくれたわ。仕事が失敗しても20万円受け取れるから,この仕事,やめられないわ。仕事が失敗したから,責任を追求されることもないし,詐欺にはならないしね。フフフ」

 電話の相手「でも,こっちは,不法侵入しているんだ。しかも刑事の部屋だぞ。ビビってしまうわ」

 竜姫「でも,報酬5万円もあげたでしょう? それに,窓越しであれば,部屋の中に入る必要ないでしょう?」

 電話の相手「まあ,そうだがな。でも,お前は,話術がうまいな。最初の依頼を受けたときに,同行者が刑事の夏江であることや,お前の前に依頼を受けた霊媒師が,遺体の霊魂がすでにないことまで,聞き出してしまうんだからな」

 竜姫「世の中,口先三寸で生きていけるものよ。それに,わたしの竜姫としてのホームページは,本物の竜姫のホームページよりも本物らしいから,いくらでも仕事がくるわ。フフフ」

 電話の相手「でも,そのうち,バレてしまうぞ」

 竜姫「それがそうでもないみたい。本物のホームページは,今,閉鎖中なのよ。どうしてかしらないけどね」

 電話の相手「ふ~~~ん」


 この竜姫は,偽物で詐欺師だった。霊能力など,これっぽっちもない。当面は,竜姫として,『依頼失敗』ビジネスで,リスクのない荒稼ぎをしていくつもりだ。


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