番外編

番外編1 双子

「……母親?」

「母親……?」


 夕食の席で、双子のリリとノノはトリシアの問いかけに一生懸命過去の記憶を掘り返していた。


「あ! いいのいいの! 覚えてるのかなぁって思っただけだから」


 トリシアは双子の父親については聞いたことがあった。腕のいい鍛冶屋で、誰かから逃げていたと。


(誰から逃げてたんだろ)


「トリシアは……覚えてる?」

「ぜーんぜん! 生まれたての状態で捨てられていたらしいわ」


 生みの親のこと、気にならなかったわけではない。だが前世の記憶があるトリシアにしてみたら、もしも今世にも両親がいたとしたら、気持ち的には親が4人いることになって少し戸惑ったかもしれないな、と考えたことはあった。


「アッシュは……?」


 珍しく双子から話題をふられて酒を飲んでいたアッシュは目を見開いて驚いていた。


「俺か~? 俺はとある辺境伯の庶子だからな~! 母親は美人だし、父親も優秀だったぞ~!」


 人間性は別だがな。という心の声は漏れていなかった。


「またまた~! そんな男が自分の10倍はある魔物を三枚おろしにできるもんか!」

「いやいや! 貴族をなめちゃいけねぇぞ! ルークとエリザベートを見てみろよ!」


 チェイスが横やりを入れる。また仕事にかこつけてエディンビアまでやってきたのだ。


「あそこは別! あいつらが特殊なだけ!」

「で、結局今の話はどこまでが本当?」

「さ~どこまででしょう~」


 アッシュは酒で顔が赤くなっていた。

 結局皆、アッシュが貴族かどうかわからないままだった。


「……ノノ、覚えてる?」

「覚えてない……」


 2人ともソファの上でひっくり返って天井を見ている。あれから母親のことを思い出そうとしたが、思い出せなかった。父親の話では、自分達が2歳になる前にはすでに亡くなっていたということだった。それから7歳になるまで、小さな村で鍛冶屋をしていた父親と、父の手伝いをしていた若い男、ユニと暮らしていた。

 そしてある日、厳しい顔つきの父とユニに手を引かれ、魔の森へと入って行ったのだ。父が悲しそうに家に火を放ったことを双子は生涯忘れないと思った。


「父さん……なにから逃げてたのかな?」

「ユニはなんで……ずっと一緒にいてくれたんだろう」


 これまで疑問に思わなかった。そういう運命だと受け入れていたのだろうか。それとも知ることを恐れていたのだろうか。


「調べる……?」

「……調べよう」


 今の双子はこれまでとは違う。小さいが人脈もできた。なにかわかるかもしれない。両親の事。ユニのこと。彼らのことが好きだったからこそ知りたい。

 真っ先に相談したのはもちろんトリシアだ。


「お父さん、逃げてたってことは……綺麗事じゃすまない事実が出てくるかもよ?」

「……それでもいい」


 トリシアの心配してくれるのは当然だ。だが別に父親がなんだったとしても自分達に失うものはもうないと、双子はわかっていた。


「父がなんであっても……トリシアは友達でいてくれるだろう?」

「そりゃそうね!」


 少し驚いてアハハと笑う彼女の笑顔に安心する。


「じゃあまずわかってる情報を出しましょ」

「父の名前は……バルテス……偽名かもしれないけど……少なくとも鍛冶屋をやっていた時はこの名前……」

「母の名前はディール……ユニが言っていた」

「私達が暮らしていた魔の森は、たぶん……この辺り……」


 1階の壁に貼り付けてある地図を見ながらウンウン推理する。

 

(うわっ! ディアスの魔の森じゃん……よく生き残ってたわ)


 それは国境をまたぐ大きな魔の森だった。


「鍛冶屋をやってたのがどこの村かわかるといいんだけど」


 双子の武器はかなり出来がいい。そもそも魔石を取り入れた武器を作るのはかなり難しい上、ルークによるとこの武器は彼がこれまで見た中で一番高性能高レベルで、これほどの職人が知られていないとは……という話だった。


「……寒かった」

「うん……冬はこの街よりずっと寒かった……」

「魔の森へ入るまでかなり旅をした……」

「うん……いっぱい歩いたね。……馬車にも乗った……」


 つつけば出てくるものだ。双子はしばしの間思い出に浸り、懐かしさを堪能していた。


(ということは、かなり北の方なのかな?)


 餅は餅屋ということで、3人はエディンビアの鍛冶屋へと向かう。


「ついでに武器屋にも寄ってみよう。詳しい人がいるかも」


 コクコクといつものように2人は頷く。

 冒険者の街と呼ばれるだけあって、武器屋は数も多ければ規模も大きい。なにかしら情報が手に入る可能性は期待できた。


「おぉ! お前らの武器、1回ちゃんと見てみたかったんだよ!」


 という鍛冶職人だけでなく武器職人が殺到してくれたおかげで、どんどん人が集まってくる。


「いつもは自分で手入れしてるんだよな?」

「うん……父から教わっていたから……」


 手入れが行き届いている、というプロのお墨付きを貰って2人は誇らしそうにしていた。


「1回も壊れたことないんだろう?」

「ない……」


 おぉ~! と、どよめきが起こる。彼らによると、魔石付きの武器というのは壊れて当たり前なんだそうだ。


「お前らの父親、何モンだ!?」

「……それを調べている」


 双子の武器のすごさだけが明るみになっていくが、肝心の父親に繋がりそうな情報はなかなか見つからない。諦めていたその時、騒ぎを聞きつけ、職人ギルドのギルドマスターが現れた。


「こりゃあこの国で作られた武器じゃねぇな」


 ギルドマスターは刀身から柄の部分にかけて彫られた細工を指でなぞりながら答えた。


「うちの国じゃあこういうのは流行らねぇからなぁ」

「貴族向けにはあるだろ?」

「いやいや、貴族向けならもっと細かくて目立つのが売れるだろ」

「まあ綺麗だけど別にいらねぇからな~」

「その分価格も上がるしよ」


 うんうん、と職人たちが頷く。


「おい! お前んとこ最近入った若いの。北の方の村出身だったろ?」

「あーラルフか! ちょっと呼んでくるわ」


(職人ギルドの人達ってこんなに気さくだったっけ?)


 トリシアはどんどん進んでいく話をあっけにとられながら聞いていた。日頃は黙々と仕事をこなす無口な人が多いのに、今日は皆饒舌だ。よっぽど双子の武器のこと、それを作った双子の父親のことが気になったのだ。


 急いで連れてこられたラルフは顔に煤がついたままだった。年齢はトリシア達を同じくらいだが大柄で少し威圧感がある。


「ラルフ~お前の住んでた辺りに腕のいい鍛冶職人の話はなかったか?」


 ほら、この武器作った奴なんだけどよ。と、双子の武器を見せる。


「どうっすかねぇ。さすがに小さい頃のことはあんまり……って、え!!?」


 ラルフはリリとノノをみて固まった。


「?」


 だが双子は無反応だ。


「お、お前ら! リリとノノだろ!!? 俺だよ俺! フィリス村のラルフ!」


(えええ!? まさかの知り合い登場!!?)


 ラルフは興奮気味に話し続ける。どうしても思い出してほしそうだ。


「雪怪我合戦の時、雪玉に石入れてノノに怪我させちまってよ~そしたらリリが真顔のままブチ切れて……ほら」


 と、こめかみにある傷跡を見せてくれた。


「あっ……」

「あっ……」


 無事2人とも思い出したようだ。


「お前らん家が火事になった後大変だったんだぞ~変な奴らが村に来てあれこれ探ってよう」

「それってどんな人?」


 双子の父親が誰かから逃げていたのは本当だったようだ。


「なまってたからこの国の人間じゃねぇな。俺みたいなガキにも尋問みたいに聞いてきたんだぜ」


 その場にいた人間が皆、おぉ~! といって職人ギルドのギルドマスターの方を向いた。ギルドマスターはどや顔をしている。

 ラルフに双子の両親について探っていると話すと、彼の記憶を全て教えてくれた。


「あーうちの母ちゃんは駆け落ちじゃねーかって言ってたな」

「駆け落ち……」


 身分差の恋の為に故郷から逃げたのだろうか。


「多分お前らの父ちゃんの方が貴族かなんかだったんだと思うぜ。他所の国のな」


 どうやら尋ねられたのは父親の事ばかりだったらしい。


「なんでもうちの村に来た時は他所の国の服着てたし、色々と高価なモノ売り払ってたって聞いたぞ。ほそぼそと暮らしてるけどあの家は金持ちだ~って皆言ってたな」

「……知らなかった」

「まあ俺らまだガキだったし……金持ちのガキいじめてやろ~なんて舐めた考えしてたから返り討ちに会うしよ~」


 アハハと明るく笑っていた。


「ごめん……」

「いやいや。あれは俺が悪かったからな。あの時はごめん」


 見た目や過去とは裏腹に清々しい青年に成長したようだ。


「で、母親の方は滅茶苦茶強かったって話だぞ」

「……え?」


 どうやら双子の戦闘力は母親の遺伝らしい。


「俺が生まれてちょっとした頃、雪狼の大群が村に押し寄せたらしいんだけどよ。お前らの母親とほら、使用人みたいな男がいただろ? 2人であっという間に倒し切っちまったらしいぞ」


 ラルフの母親も他の村人も死を覚悟したほどだというのに、傷1つ付けずに村に戻って来たそうだ。沢山の雪狼の毛皮を持って。

 

「それからお前ら一家は村に馴染んでいったって聞いたぞ」


 それからラルフは双子のその後を聞いてひとしきり驚いた後、


「お前ら、母ちゃんの墓参りくらいしに帰れよな」

「……お墓があるの?」

「あるぞ~あの変な奴らには教えなかったから綺麗に残ってんぜ」


 ニシシと笑っていた。


 帰り道、双子はいつも以上に無口だった。


「故郷がわかってよかったね」

「うん……」

「……ありがとう」


 トリシアには双子が何を考えているかわかった。


「気を付けて行ってきてね」

「……!」


 寂しいが、同時に双子の変化も嬉しい。これは成長だ。そしてきっと故郷へ帰ることで、双子に良い辺が訪れることは簡単に予想ができた。


「あの……必ず帰るから……部屋はそのままで……」

「や! 家賃も前払いするからっ!」


 そうして1週間後、双子は墓参りへと出かけて行った。おそらく早くとも半年はかかるだろう墓参りだ。


 双子は無事、旅先で自分達のルーツを知ることが出来た。

 父は亡国の王子で、母は暗殺者だったのだ。そしてユニはその母親の弟だとわかった。

 半年後、その話をチェイスにすると、


「ほら! アッシュさんの変なところが双子に移った! そんなにポンポン貴族や王族の冒険者がいてたまるか!」


 と、軽くキレられてしまった。


「俺のせいか~!?」

「平民の活躍の場奪ってんじゃねぇ~!」

「それって信じてるってこと?」


 そうやってワイワイと巣で騒ぐ仲間たちの姿を、双子は愛おしそうな目で眺めていた。

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