【本編最終話】 終の住処
秋風が冷たく感じる頃、トリシアの貸し部屋2号棟は無事に完成した。
外観はほとんど変わっていないが、屋敷の中にはたくさんの部屋が出来ていた。
「18部屋か! 龍の巣の方に比べたらかなり多く感じるな」
まずは巣の住人へお披露目をした。ピコがペタペタと歩き回るのを追いかけながらダンが扉の数を見て驚く。
「それに管理人室が2部屋あるので最大20名が生活することになります」
ダンとアッシュの紹介で管理人は決まっていた。ピコが預けられていた孤児院にいたレックスという少年と、最近男の子を出産したばかりのダイナという冒険者だった。
「ありがとな。レックスのこと」
「助かった。どうも放っておけんでなぁ」
2人は口々にトリシアに礼を言う。この2人も巣に住み始めてかなり丸くなった。これまでは他人がどうなろうと自己責任、というスタンスでいたと言うのに。いい意味でトリシアの影響を受けていた。
「こちらこそ。いい人紹介してもらって助かりました。この数だとティアだけじゃ大変だし」
レックスはこの冬成人するため、孤児院から出ていかなければならない。生まれたてのピコが孤児院にいた時に、ずいぶん気にかけ面倒を見てくれていたのが彼だった。穏やかで勉強好きの彼は、字の読めない冒険者にも懇切丁寧に対応し、大変好評だった。
ダイナの方はソロの冒険者で、子の父親も同じくソロの冒険者だったが、すでに亡くなっていた。たどり着いたこの街で産気付き、赤子を取り上げたのはまさかのアッシュだった。
トリシアはその縁を大事にした。エディンビアに来てから、そういう積み重ねの縁を大切にして今の生活があるのはわかっていた。
(袖振り合うも多生の縁ってことで)
2人ともすでに巣の方でティアにレクチャーを受けていた。犯罪奴隷であるティアに対する態度を見ても、トリシアはアタリだと思わずにはいられなかった。
「家賃は……
「……高いの?……安いの?」
「や、ややや安いです!」
「でも……私達の部屋の方が広いけど、そんなに変わらない」
「ぼ、僕達の借り、借りてる部屋が、やや、安すぎるんです!」
双子とハービーは家賃について話し合っていた。双子は宿屋の相場がまだわかっていないが、ハービーの方はあちこち泊まろうとはしてきたので多少知識はある。
「ぶっちゃけこっちの方が費用は安く収まっちゃって。2回目ってのもあるけど」
クラウチ夫妻が壊れた魔道具を取り扱う店を紹介してくれていた。それにトリシアがコツコツと集め、彼女の部屋を占領し始めていた魔道具も沢山ある。
さらにエディンビアでは最近、建物の拡張や改装にともなって古い家具を売りに出す家も多くあったのだ。2号棟の部屋数を増やすため、部屋自体は同じような配置にしたが、各部屋は全く違う家具が置かれたことにより個性ができ、トリシアは満足していた。
「コインロッカーが玄関にあるのね」
「ここのはコインなしのただの鍵付きロッカーだけどね。部屋があまり広くないから冒険用の道具くらいはしまえるようにしたの」
エリザベートが住んでいるゲストルーム用の部屋よりも一回り部屋が小さいのだ。玄関ホールは広いので、各部屋用のロッカーを十分に置くことができた。
「最低1ヶ月から借りられるんだって?」
「そうです。1ヶ月以上は日割りで利用できますよ」
「この街に来る冒険者が数日しか滞在しないなんてこと、なかなかないだろうしね」
リーベルトは小さな温室がとても気に入ったようだ。元の持ち主、ミール夫人が亡くなった後引き上げられていた植物が再び同じ場所に置かれていた。
「トリシアにしてはいい塩梅で出来てるじゃねーか」
「もっと家っぽくなるって思った?」
全員がうんうんと頷いている。
「まぁここは冒険者の街だしね。終の住処にできる家じゃなくって、あくまで旅の途中の……ほっと息をつける生活が出来る場所を目指してみました!」
「終の住処か」
巣の住人のほとんどがトリシアの貸し部屋の自分達の部屋を思い浮かべていた。今更他のどこかで暮らす自分達が想像できなかったのだ。
「……外には畑も家畜小屋もあったけどどうするんだ?」
「レックスとダイナさんが使いたいそうだから、2人がこっちに来てから本格始動よ」
ルークは窓から庭を眺めていた。これも前の住人が残していったものだ。玄関前に広がる整えられた庭と違って、裏庭の方は庶民的で落ち着く。
「それにしても、まずは全室埋まって良かった~」
「そりゃそうだろ。お前らのコンディションを見れば日々の生活がいかに大切かわかるってもんよ」
アッシュは満足そうだ。彼はこっそりトリシアの2号棟募集の張り紙を目立つ場所に掲示していた。ギルドマスターとして冒険者が万全の状態で冒険に望む環境を少しでも増やしたい。
「冒険者ギルドからは巣よりも離れちゃったから心配だったんです」
「俺達は冒険者だぞ。たかだかこんな距離移動することなんて気にしねぇよ」
「それもそうか」
前世で最寄駅からの時間を気にしていた事が懐かしい。あの頃は可能な限り歩きたくはなかった。
(まあ徒歩5分圏内の賃貸なんて家賃が高すぎて借りられなかったけど)
いつの間にか借りる方から貸す方になっていた自分の変化が面白くて、トリシアはこっそり笑った。
その日の夜、トリシアの部屋の扉がノックされた。
「あら? どしたの?」
「ん」
扉を開けるとそこにはルークが顔を少し赤らめて立っている。そしてそのまま厚手の大きな革袋を差し出した。
「なにこれ!? 金貨の山じゃん!」
いったい何のお金かわからずトリシアは混乱した。
「払っとく」
「何!? 何を!?」
「……家賃」
ルークには珍しくぼそぼそと話す。
「こんなに高くないけど!?」
ここはお城じゃありませんけど!? と思わずトリシアはツッコんでしまった。
「ひゃ、100年分だよ!!!」
「はあ!?」
何が何だかわからない。トリシアにとってあまりにも唐突過ぎた。
「終の住処に決めた」
「終の住処……ああ!」
昼に話していた内容を思い出してトリシアは、渡された金貨の存在理由がわかって安心した。
「おまえの……おまえの側が俺の終の住処だから……!」
ルークは耳まで真っ赤になっていた。目まで潤んでいる。いつものカッコのいい彼ではない。どれだけ気合いを入れ、気持ちを込めた家賃なのか、トリシアにはよくわかった。
「あは! あはははは!」
嬉しくて、幸せで、トリシアも涙が込み上げてきた。
「はい。確かに受け取りました! 返金はできませんのでご了承ください」
「お、おう!」
ここがトリシアとルークの終の住処だ。必ず帰ってくる場所だ。
後にこの出来事はエリザベートから、
「なんて色気のないプロポーズ!」
と、言われることになった。エリザベートはこの2人の関係はただの色恋だけではないとわかってはいるので、ほんの少しだけ幸せ全開のルークに意地悪をしたかっただけだ。
「今日は夜ちょっと遅くなると思う」
「はーい! 気を付けていってらっしゃい!」
今日も龍の巣から冒険者達は仕事へと出かけていった。帰る場所があるという当たり前の幸せの中で、毎日を生きていく。
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