番外編2 管理人退職
トリシアはかつてないほど気合を入れていた。場所は王都の裁判所、時間は夕刻、目の前にはこの国のトップ、国王がいる。王、トリシア、
「その者の犯罪奴隷としての契約魔法を解除する許可が欲しいと?」
「はい。すでに子爵より冤罪であった旨、契約魔法による虚偽不可の状態で裁判官に確認いただいております」
ティアも人生でこれ以上ないほど緊張していた。目の前にいる王は、かつて村娘だった犯罪奴隷の為に自らの時間を使っているという事実がいまだに信じられないでいる。
「ふっ……あの気難しい子爵をよくも王都まで引っ張り出せたな」
「偶然でございます。運命とも言いましょう……浮気性の旦那様を追いかけてたまたまいらっしゃていたようです」
もちろん偶然でも運命でもない。ティアから聞いていた通り、子爵の夫は大変な女好きだった。
(あんなに簡単にハニートラップに引っかかってくれるとは)
冒険者仲間が手伝ってくれたのだ。子爵の屋敷に潜り込み、ちょっと色目を使っただけでその夫は簡単に引っかかったと教えてくれた。
「スライム倒すより簡単だったわ」
子爵も子爵で、相変わらずの激高型。王都まで夫と不倫相手に制裁を加えようと予想通り追いかけてきた。そこでトリシアが作った人脈……特に貴族関係者が社会的にも、物理的にも取り囲み、子爵は逃げ道を失った。かつて自分が殺したいほど憎んだ女の前でひざを折ったのだ。敗北感と恐怖で子爵の顔は歪んでいた。
トリシアはずっと、ティアを犯罪奴隷から解放する方法を考えていた。単純にスキルで犯罪奴隷にかけられる強力な契約魔法を
勝手に契約魔法を解除するとバレてしまうのだ。ティアの場合は王都の犯罪奴隷の記録帳から名前が消えることになる。そんなことはこれまで1度もないことだろう。並の魔術師ではとてもじゃないが解除できないほどの強力で特殊な契約魔法なのだ。
(冤罪なんだから、胸を張って生きて何が悪いのよ!)
どうしようもないことはわかっている。なのにこの世界の司法制度に腹立たしさを覚えていた。ティアを買った時からずっと、地道にこの国の司法については勉強をしていたのだ。何か抜け道はないかと。
この国は裁判制度が前世のように確立しているわけではない。曖昧なことばかりだ。裁判なんてものは、基本的には貴族や金持ち同士の争いが激化しないよう、血を流さずに終わらせるための制度に過ぎないとトリシアは感じていた。ティアやトリシアのような平民の為に存在する制度ではない。
(そもそも貴族なら大事なことには契約魔法を使うしね)
とはいえ法書を読んでいると、どうやら記載された法律はなにも貴族限定ではないようだった。対象者が書かれていないのだ。
(不完全すぎるでしょ!?)
どちらにしろ裁判を起こすには金が必要だからか、一般庶民には関係ないと言っても過言ではないのだが。だがトリシアには金がある。今では人脈も広がった。
「冤罪だ! って訴えられるってことよね!?」
使えるものはなんでも使おうと、ルークもエリザベートもリカルドも巻き込んだ。このメンバーを引っ張り出したのは、この国の最高権力者である、王を引っ張り出す必要があったからだ。
「犯罪奴隷の名誉回復には王の同席による裁判が必要って……ハードル高すぎでしょ」
そんなことをするのは貴族しかないからだろう。ティアのような身分の人間が、冤罪だからと王の時間を使うことなど考えもしない。
それに犯罪奴隷に一度なってしまったら、どうあがいても元の生活は無理なのだ。特殊で強力な魔法契約を解除できる人間などいない。死ぬまで人生を縛られるのが犯罪奴隷という存在なのだ。だからあくまで『名誉回復』ということになる。身分の低い者からするとわざわざ冤罪だと騒ぐだけ無駄である。
(ま、私には関係ないけど)
王がトリシアのスキルを知っているというのは今となっては都合がいい。この特殊な契約魔法すら解除できることを隠す必要がない。
この依頼をした時、リカルドにだけは渋られてしまった。色々やらかしてしまった後なので、父親と会いたくなかったのだ。なかなか厳しい人物らしい。それを聞いてトリシアは更に緊張する羽目になるが、それでも諦めるつもりはなかった。
「エリザとのデート、セッティングします」
すでにエリザベートから許可は貰っていた。どうせ簡単には手を貸してもらえないと思っていたのだ。
「何回?」
(あ! これわかってたやつだ!)
胡散臭い微笑みを向けられ、トリシアは初めて気が付いた。リカルドは最初から協力する気はあったのだ。
「1回ですよ!?」
「父に頼みごとをするのは私もかなり消耗するんだ……3回!」
(しらじらしい~!!!)
そう思いつつも、以前のように思いつめた笑顔ではなく、いたずらっ子のような表情を見て安心したのも確かだった。
「……2回でお願いします」
「のった! 任せてくれ!」
うまいこと報酬を吊り上げられた気がしないでもないが、背に腹は代えられない。実際それからとんとん拍子に王の同席による裁判の日が決まった。
目の前にいる王は2人の王子、レオハルトにもリカルドにも似ていた。彼らから穏やかさと人の温かみを引いたらこの王になる。そんな厳しい顔つきの人物だった。
「冤罪は明白でございます。どうかお許しを」
トリシアは声が震えない自分を褒めてあげたい気分だった。王が答えるまでの間が酷く長く感じて仕方なかった。
「この者が掴んだせいで子爵が怪我をしたことは事実であろう」
(え!? ちゃんと今回の件、知ってるんだ)
王の物言いよりも、トリシアはそのことに驚いてしまった。なんの変哲もない平民の起こした事件。少なくとも事前に資料に目を通すくらいはしてくれたということだ。
「平民が貴族を傷つける、それがどういうことかわからないほど愚かでもあるまい」
「虚偽からおこなわれた一方的な暴力行為から逃げるための事故でございます」
この言い訳は、あらかじめ考えたおいた通りに言うことが出来た。腹立たしいことだが、これが身分というものだとトリシアは知っていた。
「仮にこの者に過失があったとしても、すでにむち打ちや拷問といった罰も受けております」
王の表情は読めない。いったい今どんな感情を抱いているかわからず、緊張だけが高まっていく。
「奴隷よ。発言を許そう。そなたも本当にこれが冤罪だと言い切れるか? ほんの少しも子爵の夫に気を持たせるような態度はとらなかったか? よく考えて答えるのだ」
(ずる! そんな風に言われたらもしかしたら……って考えちゃうじゃん!)
しかもティアは命令には逆らえない。間違いなく真実を話す。少しでも心の中に迷いや引っかかりがあれば、それを正直に答えてしまう。
王に言われた通り、ティアは過去を必死に思い起こしているようだった。
(ティア……!)
そして、
「何1つ思い当たる節はございません。冤罪でございます」
顔を上げ、そうハッキリと答えた。
「ハーハッハッハ!!!」
トリシアとティアの体がビクリと震えた。急に大声で王が笑い声を上げたのだ。
「いやいや、すまない。トリシアの言う通り、冤罪なのは明白というのに余計なことをしたな。気丈に振舞うそなた達の覚悟をみたくてつい……久しく骨のある者を見ていなかったのでな」
表情が柔らくなった。なにやら満足そうでもある。
「では……!」
「ああ。許そう。ティアよ、辛い思いをさせてすまなかった」
「ととと、とんでもございません!」
王に名を呼ばれ、頭を下げられて、トリシアもティアも大慌てだ。
「犯罪奴隷の手続きに関しては、見直しにかかっているのだが……そなたのような者を増やさないよう早急にことを進めなければな」
そう言って側近になにか指示を出していた。
「心配している奴隷名簿については、そうそう見る者もおらん。気にする必要はないだろう。例えそなたの
やはり、トリシアのスキルのことを知っていると話が早い。こちらの不安を一瞬で消し去った。
(この王……できる!)
「感謝申し上げます」
トリシアとティアは深く深く頭を下げた。王はすぐに手を上げ、2人の顔を上げさせた。
それからさらに優しい顔になって、
「リカルドは元気か?」
「はい。とても」
「よかった。もうしばらく頼む」
王ではなく親の顔になっていた。
王都にあるチェイスの実家ウェイバー家で、トリシアはティアにかけられていた犯罪奴隷の契約魔法を解除した。もちろん、首にある奴隷紋も一緒に。
「ティア……!!!!!!!」
大泣きしてティアに抱き着こうとしたチェイスだったが、ティアはそれより先にトリシアに抱き着いた。
「ありがとうございます……! ありがとうございますご主人様……!!!」
「ティアがここまで頑張ったからだよ! こっちこそありがとう……!」
ティアもトリシアも泣いていた。
ウェイバー一家は今回の件でトリシアのスキルを知ることになったが、チェイス以外は元々察していたようで、それほど驚きはしていなかった。もちろん全員少し怖い顔したルークの強力な契約魔法でトリシアの秘密を守る誓いを立てたが……。
ティアはそれから一度エディンビアに戻り、身支度を整えた。『龍の巣』の管理人として引継ぎ作業もおこなった。
「なにかお困りの際は必ずご連絡ください……必ずですよ!」
「うん。その時はお願いね」
チェイスとティアの結婚式は巣の住人全員で参加した。そして花嫁の親族席には彼らが座っていたのだった。
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