第11話 勝者
さて、次のレースは長期戦。
「1チーム10人までってことは優勝しても1人金貨1枚になっちまうな」
ダグは双眼鏡でスタート地点に集まる数多くの冒険者を見ていた。
「何を言うんです! 1時間石を運んで金貨1枚なんて依頼、どこにもないですよ!」
トリシアも同じく双眼鏡で見ていた。
最悪、1時間石を運べば1週間飢えることはない。報酬としては十分だ。
4レース中、このレースの参加者が1番多い。他の冒険者パーティとチームを作るのもちょっとした楽しいイベントになったようで、あちこちで盛り上がっている。人数が多い分、個人負担も少ないと感じるからか参加もしやすいのだ。
「そうか~このレースはガチ目の参加者はいないんだな」
「やっぱりヒーローになるなら個人レースか重量レースですから」
冒険者にとって意外と知名度は重要視されている。指名依頼に繋がることもあるからだ。
先ほどと同じようにファンファーレの音、甲高い鐘の音が鳴り響きレースはスタートした。
「おお! まとめて運ぶ派と往復する派に別れてる!」
「やっぱ分担作業だな~」
(なんか……何かを思い出すんだけど……なんだっけ……)
腕を組み、うーんと唸りながらトリシアは考える。
「あ! 運動会か!」
「運動会?」
本気だったり、ただ楽しんでたり、とりあえず出場したからやっているだけ……という雰囲気の冒険者もいる。
「一括りに冒険者と言ってもいろんな人いますね~こんな風に観察できることもなかなかないですし」
「確かに。こんな余裕ぶっこいて冒険者の大群見ることなんてないからな」
2人は昨年起こったスタンピードのことを思い出していた。
結局このレースは順当にA級混成チームが優勝した。職人ギルドの職員達は、運ばれた石の山を見て上がる口角をコントロール出来ていない。
「次は重量級か~エリザベート様は出るのか?」
「個人レースに出るそうですよ」
彼女の怪力は冒険者界隈ではすでに有名だ。
「私が出たら勝負にならないでしょ」
「なんか聞いたような台詞ね」
エリザベートは自信満々だ。
「だけど個人レースには出るわ。リカル……リーベルトと勝負なの」
「なんだか楽しそうね」
「ふふ! 正直、こんな関係になれるなんて思ってもみなかったわ! 私が私のまま、あの方と関われるなんてね」
いつもの不敵な笑みではなく、恋する少女の微笑みをしていた。
同じくリーベルトも、
「まさか私の魔術と彼女のスキルで勝負ができるなんて! こんな幸せなことが人生で起こるなんて考えもしなかった!」
と、いたく感激している様子をルークに見せていた。
「殿下は魔術の研究がお好きで、特に戦闘以外での使い道を研究されているからな。お互いを傷つけることなく競争出来るのが単純に楽しみなんだろう」
というルークの考察を聞いて周囲は納得していた。
重量級レースは同じ大きさに切り揃えられた大きな石を1人で運ぶレースだ。おのずと参加者は魔術師だけになる。いかにフィジカルの強い前衛の剣士達でもこれを1人でどうこうするのは不可能だ。
「重量級は魔術大好きなリカルド殿下の案らしい」
「色んな魔術が見れそうですもんね」
彼の希望通り、参加者は四苦八苦しながら大きな石を魔術で運んだ。大地の魔法で地面を這わせていったり、風魔法で少しだけ浮かせて自分で押して運んだり……。
「大型の素材は解体ありきだからなぁ」
ダグは冒険者時代を思い出していた。
この辺の魔術は職人ギルドに在籍する魔術師の方が数段上をいくようだった。見守っていた職人達から野次とも応援とも取れる声が相次いでいる。
「そんな魔法使ったら石が削れちまうだろーが!」
「全体を包み込めー!」
「違う! そこは分散させるんだ! そうそう! うまいぞ!!!」
魔術も使い方次第で可能性は無限大にある。
結局、参加者全員が魔力切れ寸前を起こす事態になった。
勝者は元職人の冒険者と知った職人ギルドの人々は、それはそれは大盛り上がりだった。
「ついにきた……!」
街が夕焼けに包まれ始めた頃、ついに本日の最終レースが始まる。腕に自信のある者たちが横1列に並んでいた。エリザベートとリーベルトは隣り合う場所に立っている。
(エリザの嬉しそうな顔……ある意味デートなのかな?)
石のサイズは初めのレースと同じく大男1人分。全員が馬を近くに待機させていた。いかに早く荷馬車に石を乗せるかで勝負が決まりそうだ。
「石を乗せるまではエリザベート様の方が早いだろうが、馬にヒールもかけられるリカルド殿下の方が有利か?」
「そうなるとスタートダッシュで決まりますかね」
エディンビアの人間はもちろんエリザベートを応援していた。だが、やはり魔術師として名高いこの国の第2王子の実力は無視できない。
鐘の音が鳴った。
(まるで発泡スチロールを運んでるみたいね)
エリザベートが大きな石を持ち上げ、片腕で運ぶ姿を見てのトリシアの感想だ。
「おー! 流石殿下! あの重さを遠隔魔法で運べんのか!」
石置き場に取りに行ったエリザベートとは違い、離れた場所から遠隔魔法でふよふよと浮かせ、彼の側にある荷馬車へと積み込んでいる。
「うーん。殿下の魔術が一歩上を行くか……」
少しばかり悔しそうな声をダグは出していた。他のエディンビアの住人も同様だ。相手は王族なのであからさまにならないようにはしているが。どうしても悔しそうな顔をしてしまう。
「いや待って!」
「嘘だろ!?」
人々がざわつき始めたのは、エリザベートが荷馬車を使わず走り始めたからだ。
「早い!」
すでに荷馬車に乗り馬を走らせていたリーベルトを易々と追い抜いた。
エリザベートの怪力は知れ渡っていたが、これは知らない。誰も。
(まさか!!!)
トリシアは以前エリザベートに相談を受けていた。まだ第2王子がやってくる前の話だ。
「これ以上強くなる方法!? 聞く人間違えたない?」
「いいえ。貴方の考えを聞きたいの」
エリザベートもトリシアがこの世界の人間と少し考えが違うことにはとっくの昔に気がついていた。冒険者になってどんどん成長を続けているが、巣の住人達の強さを見るともっと上を目指したくなる。
「うーん……前から思ってたんだけど、そのスキル、怪力ってことになってるけど効果は腕だけなの?」
トリシアは前々から疑問だったのだ。スキルの種類の中には元々ある人間の身体的能力を強化するもの、極端に目が良かったり、聴力が上がったり……そういう能力があることを見聞きしたことがあった。エリザベートのような怪力を見たのは初めてだったが、前世の記憶があるトリシアにはほんの少し不思議に思うことが。
「怪力って多分、筋肉が強化されてるんだと思うんだけど、筋肉ってさ、全身にあるじゃない?」
「そうなの?」
ヒールがあるせいか、あまり医学の発達していないこの世界では、教養のある貴族といえど医学知識は低い。
「それこそ息するのだって、眼球を動かすのだって筋肉を使ってるんだけど、重い物を持ち上げる時ってさ、何も腕の筋肉だけを使ってるんじゃないと思うんだよね」
(前世でマッチョって言われてる人たちって全身筋肉があったし……)
それを聞いたエリザベートはしばらく黙り込んで考え始めたかと思うと、彼女にしては大変珍しく、礼も言わずに去って行った。
その日のことを思い出したトリシアは、彼女が足の筋力……全身の筋力をコントロール出来るようになったのだとわかった。
(毎日泥だらけで帰ってきてたのってもしかして!?)
ダンジョンの中で1人こっそり訓練を積んでいたのだ。
「地面抉れてるじゃねーか!」
リーベルトも負けてなるものかと、馬を強化し、追い風を吹かせてスピードを上げるがどんどん差は広がっていった。
カランカランカラン! と、ゴールのベルが鳴り響き、同時に観客達の大歓声がエディンビアの街を包み込んだ。
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