第10話 競争

 運搬用の荷車がずらずらと採石場に並んでいる。今回のレースではこれを使っても使わなくてもどちらでもかまわない。さらに言うと馬の利用も自由だ。運搬の手段は問われない。ただし、故意に他の参加者の妨害することは禁止されている。


「なんだ。結局裏方か」

「だってこれに関しては勝ち目ないんだもん。こっちで稼ぐ方が確実よ」


 ルークはこのレースが決まってからバタバタと動き回っていたので、トリシアとちゃんと話すのは久しぶりだった。

 トリシアは今回のの救護所対応としてギルドに雇われている。


「ルークも審判役不正監視でしょ! よく引き受けたわね」

「たまにはこんなのもいいだろ」


 最近のルークはこれまでと違い、興味があることもないことも積極的に挑戦している。一番恩恵を受けているのは冒険者ギルド、特にアッシュだった。ルークは器用になんでもこなした。エディンビアにやってくる冒険者が増えたことによって発生するアレやコレやの問題を処理するのに、ルークはぶーぶー言いながらも手を貸していた。

 そうしてひと仕事終えて巣に帰り、ただいま、とトリシアに声をかけることが何より幸せだった。それがしばらく出来ていなかったので、彼は今とても幸せそうな顔をしている。


「ハービーと双子も治安担当で今日も出払ってるぞ」

「すごい人だもんね~」


 ハービーとケルベロス、それから双子は冒険者が増えすぎたため悪化した治安を守る役目を、冒険者ギルドと領主双方からの依頼で引き受けていた。と言っても、酷いのは冒険者街だ。

 メインは冒険者同士の喧嘩を大怪我する前に止める役割だった。ケルベロスも双子も喧嘩しているどちらかに肩入れすることはない。公平なのだ。だから余計な恨みも買いにくい。


「さっきピコとダンにあったけど、ピコはだいぶ貢がれてたぞ」

「アハハ! そりゃあピコは可愛いから」


 ダンとピコは親子でこの祭りを楽しんでいた。ダンも最近忙しい。エディンビアにやって来たばかりの勝手がわからない冒険者や新人冒険者の面倒を見ていたのだ。兄貴分として多くの冒険者に慕われ始めていた。その愛娘であるピコもそれはそれは可愛がられている。


「じゃ、そろそろ行くな。終わったら夜は屋台周るぞ」

「そうね! それを楽しみに頑張りましょ」


 今日は長丁場になる。朝から4レース。参加者は何レース参加しても構わない。ヒーラーを活用して全レースに調整するもよし、1レースに全力投球するのもよし。何位であろうと採掘場から石を運び終えたら、参加賞としてエディンビアの食堂で利用可能な『晩酌セット』の食事券が1週間分貰えるのだ。


(全レース参加したら1ヶ月夕飯には困らないってことだもんね)


 冒険者街の一角にその食券が使える大きめの食堂を臨時で作り、冒険者の食事処不足解消も担っている。


 今回のお祭りの為に、いつもの中央広場では大きな舞台が作られており、優勝者は今晩、そこで改めて表彰される。一躍ヒーローになれるのだ。


「トリシア~今日は頼むぞー」

「はーい!」


 アッシュが救護用のテントから手を振っている。ゴールのすぐ近く。馬も用意されているので、途中で何かあればトリシアは久しぶりの乗馬が待っている。


「おーうトリシア! 久しぶりだな。儲かってるみたいじゃねぇか」

「それはお互い様じゃないですか~」


 無精髭の男がアッシュの後ろから出てきた。男の名前はダグラス、西門の側、冒険者街で治療院を開いている。元C級冒険者のヒーラーだ。この街で1番冒険者の治療をしているのは彼になる。

 アッシュは、よろしく頼むぞ、と声をかけるとどこかへと行ってしまった。ギルドマスターもなかなか大変そうだ。


「西門の方には来てくれるなよ~! 患者とられちまう!」


 などと言って笑ってはいるが、彼もエディンビアにはなくてはならない存在だ。

 西門側に開業するほとんどのヒーラーは、稼ぐだけ稼ぐと、治安の良い他所の街へと出て行ってしまう事が多い。荒くれ者を相手にするより経験を積んで一般向けに治療院を開く方が、非力なヒーラー達は長生きできると感じがちだ。そんな中で彼はもう15年近くこの街で冒険者達を治療し続けている。


「怪我人少ねぇといいな~今日くらい休みてぇよ」

「まぁ、ギルドからすでにそれなりに貰ってますけど……」


 溢れた冒険者の治療に追われて、ダグラスは疲れ気味だ。今日はほとんどの冒険者がダンジョンではなくこの祭りに来ているので、気分転換も兼ねて、救護係を引き受けた。


(相変わらずこの街はヒーラー不足ね)


 最初は団体レース。各パーティは早目にスタート位置につき、どの石を持っていくか相談している。あらかじめ切り出された石はどれも大男1人分はあった。


「3分割まで許されてるんですっけ?」

「そうそう。ある程度デカい状態で運んで、後で加工するんだと」


 トリシアは双眼鏡を覗き込んでいた。王都で買った魔道具だ。小さくて軽いがよく見える。


「剣がボロボロになりそう」

「だから俺らと同じで職人ギルドが武器職人に金出してんだよ」


 少し離れたところに武器職人達が待機しているテントが見えた。どうやら今日の参加者に限り、通常より安く武器の修理を受け付けているらしい。


「皆協力的なんですねぇ」

「現状がヤベェのは街中わかってるからなぁ」

「あ! 武器も売ってる」

「この際新しいの買えってことか~あの商売っ気は見習わねぇとなぁ」


 ファンファーレが鳴り響いた。急に決まった祭りのわりになかなか豪華な演出だ。


「始まった!」


 甲高い鐘の音と共に花火が打ち上がった。遠くから雄叫びが聞こえてくる。


「おお! やっぱり魔術師のいるパーティが強いな」


 ダグラスもいつの間にか双眼鏡を取り出していた。トリシアのものより大きくて古い。彼が冒険者時代に使用していたものだった。


「今回は賞金もいいけど、副賞の魔道具がいいよな。俺も現役なら欲しい」

「保温マントいいですよね~これから寒くなるし」


 それはホットカーペットと同じような機能を持つ外套だった。軽くて圧縮も出来るので持ち運びに便利。もちろん性能がいい。

 クラウチ工房の冒険者向けの人気の魔道具で、手に入れるのが通常であればかなり難しい。


(流石王族、よく手に入ったわ)

 

 と、トリシアは思っているが、実際のところクラウチ夫妻はこの街に住むトリシアの役に立つのならと急ぎ増産してくれたものだった。


「おお! 一騎打ちだ!」


 どちらのパーティも荷馬車に乗り込んでいるのは1人だけ。ほぼ並んでゴール目指して走っている。が、その時片方の冒険者が手を前にかざした。


「遠隔ヒールだ!!!」


 荷車を引く馬にヒールをかけ、疲労を取り去ったのだ。

 結局それが決め手となって、団体レースで優勝したのはC級に上がりたてのパーティだった。


「いや~ヒーラーが日の目を見ると嬉しいですねぇ」

「よくやってくれた! 今夜はいい酒が飲めそうだ」


 トリシアとダグラスはドヤ顔で続々とゴールに運び込まれる大きな岩を見ていた。

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