第9話 資材

 肌寒い日が増えてきたが、トリシアの貸し部屋2号棟の進捗はイマイチだった。久しぶりに巣にやって来たスピンは少し痩せ、しおしおの顔つきになっている。ティアが出した温かいお茶を飲んでゆっくりと息をはいていた。


「エディンビア中が資材不足な上、人手不足なんです」


 スピンは最近、改築が進まないことをトリシアによく謝っている。トリシアは気にしなくていいと言ってはいるが、いいお客でいてくれる彼女に報いることが出来ないのが心苦しい。


「資材がないとどうしようもないので、職人が資材集めに駆けまわっている状態なんです」


 それにスピンも駆り出されており、どこの建物も進み具合のペースが落ちてしていた。職人ギルドはてんてこ舞いという話だ。


「数年前から城壁も広げ始めてたし、どうしようもないことだろ」


 ルークはしかたがないことだと慰めた。


「職人達にヒール使って休まず働かせたらどうだ?」

「そんなことしてまで急がないよ!」


(ブラックすぎる!)


 この発想は貴族だからではなく、S級という彼の強さからきている。ルークにしてみたら3日3晩眠らずに冒険なんて余裕なのだ。


「やあスピン久しぶりだね! ずいぶんと疲れているじゃないか」

 

 リーベルトがちょうどダンジョンから帰って来た。埃1つついていない。彼は今、冒険者として階級を上げようとあれこれ研究していた。トリシアとパーティが組めるにはまだしばらく時間がかかりそうだ。

 リーベルトがスピンの肩に触れるとあっという間にスピンの顔色がよくなった。トリシアは疲労を綺麗さっぱり取り払うことはできるが、リーベルトの魔法のように、現状より元気にすることはできない。


(こういうところ気が利くのよね~)


 根本的に優しい人間だ。他者の望みと自分の希望と折り合いが付けられずに暴走した挙句に逃げてしまったが、今はだいぶ落ち着いて、エリザベートのには昇格できた。次に狙うのは冒険者としての相棒というポジションだ。


「よし。なんとかしよう!」

「ええ!?」

「トリシアが!」

「えええ!!?」


 スピンの悩みを聞いて、なんてことはないとリーベルトは話始める。

 エディンビアは街からそれほど離れていない場所に採石場があった。だが運び手が足りない状態が続いていたのだ。

 話を振られたトリシアは意味がわからないという顔でリーベルトを見つめた。ルークはあの第2王子から、優しく聡明な彼から出た言葉だとは思えず、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になっている。


「トリシアならなにかアイディアがあるだろう」

「そんな無茶ぶり……!」

「君の考え方は面白い。この国の人間と少し違うじゃないか」


 すでにリーベルトはトリシアのスキルについては気づいていたが、前世の記憶まで話したわけではない。だがなぜか、彼の目を見ると見透かされたような気になってしまった。


「うーん……じゃあ、石を運ぶ競争なんてしてはどうですか?」

「おお! それは面白そうだな!」


 すぐにリーベルトは食いついてきた。


「賞金は殿が出してください」


 副賞もつけて。と呟いた。


「いいね! 王族の肩書を捨てないでよかったよ」


 あっはっはと声を上げて笑った。


 リーベルトは冒険者として巣で生活はしているが、王族を抜けたわけではない。そこまでは許可が下りなかった。その為、今後エディンビアに出来る予定の魔法薬の研究所をエディンビア家と共同で管理するということに表向きにはなっている。 


「それから、木材の方なら少しはお手伝いが出来るかと……」


 あまりしたくはないけど。とこれまたトリシアは呟く。


「いいんですか!?」


 スピンがびっくりと声を上げた。トリシアはこれまで自分の貸し部屋の為だけにスキルを使って、何度も床材を復活させ、何度も何度もそれを切り出すという方法で材料費を浮かせていた。


「いいですよ。まあ今回だけと言うことで……」


 そうでもしなければ、いつまで経っても2号棟が完成しないのはよくわかった。それにスピンがこれ以上ぐったりする姿も見たくない。


「じゃあ床材の切り出しくらいは俺も手伝うかな」

「私もやろう!」

 

 こちらの方は出来るだけ秘密を知る者達だけの方がトリシアも安心だった。


「資材提供は殿下から、ということにしておいてください。その方が疑問に思う人もいないだろうし」

「私の手柄にしてもいいのかい?」

「王族に恩を売って悪いことはないでしょう」

「それもそうだ!」


 そうしてまた声を出して笑った。


「あら、何か面白いことでもあったの?」


 扉が開いて、今度はエリザベートがダンジョンから戻って来た。今日も泥だらけだ。最近、新しいルートになりそうな場所を見つけ、そこを中心に探索を進めており、どうやらそこは汚れやすいらしい。


「エリザベート! 後で一緒に領城に行ってくれないかい! 君の兄上にいい提案をしたいんだ」

「かまいませんが。お風呂に入ってからでもよろしいですか」

「もちろんだとも!」


 最近はリーベルトへのアタリも優しくなった。少し前まではツンツンと怒りが続いていたようだが、街に馴染み、エリザベートへの執着が落ち着いたせいか、彼女も少し安心してリーベルトと関わることができた。


 トリシアの案はあっさりと受け入れられ、領主と各ギルドを巻き込んで、猛スピードで計画は進められた。


「お祭りみたいになっちゃったわね」

「それでいいんだよ。バカ騒ぎは皆好きだろ」

「お祭り、楽しいわよね~」


 冒険者ギルドの掲示板には『石運びレース』の詳細が記載された大きな紙が掲げられ、冒険者達が群がっていた。


「優勝賞金は金貨10枚!? 副賞は魔道具!? 私が出たいわ! 勝ち目ないけど! ルークは出ないの?」

「S級は参加不可。勝負にならなきゃ誰もでないだろ」

「言うわね〜!」


 確かに、ルークが出れば他がやる気をなくしてしまう。出来るだけ多くの冒険者に参加してもらって、なるべく多くの石を運んでもらわないといけないのだ。


「レースも何種類かあるのね」


 個人レース、団体パーティレース、重量級大きな石材レース、個数運んだ数レース、主催側の魂胆が見え見えだ。だがそれでも参加受付場は賑わっていた。2位以下の賞金もよく、尚且つ参加賞もあった。それだけコストをかけたとしても、このレースの方がかなりに石材を街まで運び込むことができたのだ。


(車があればねぇ)


 この世界にまだ車はない。馬車が主力だ。魔道具の最先端をいくクラウチ工房のウィリアムに何故作らないのか尋ねた時、まさかの答えが返ってきた。


『実は私、前世で免許を持っておりませんで……家電は大好きだったんですが、車にはあまり興味がなかったんです』


 今もあまり……と、小声で言った言葉をトリシアは聞き逃さなかった。

 彼は前世、生まれも育ちも大都会だったらしく、特に困ったことはなかったようだ。


(まさかウィリアムの前世の趣味がこの世界の発展に関わるとは)


 情熱は時空を超えて。今回の副賞の魔道具はクラウチ工房の新作だった。

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