第15話 白昼堂々

 ノノが見張っていた部屋の扉がノックもなく勢いよく開いた。


「ヴァリアス! 早くして!」

「これは奥様。無茶をおっしゃる。ご子息が優秀すぎてそう簡単にはいかんのですよ」

「……なにを慌てているんですか母上」

「なんでもないわ!!!」


 ルークの母親は先ほどの騒ぎの詳細を聞いて焦っていた。女の容姿がトリシアそのものだったのだ。


(あの女がきた……!)


 一刻も早くルークを領地に連れ帰りたい。予定ではルークと再会したその日にでも王都を発つもりだった。

 ヴァリアスは王都からは離れない。頼んでも断られた。だから今、何とかしてスキルを完璧にかける必要があった。


「ああ。来たんですね」

「違うわよ!!!」


 ルークは勝ち誇るような表情だった。トリシアの想いに対しては弱気なくせに、トリシアのことは強く信頼していた。彼女が自分をそのままにしておくわけがない。母親の焦った顔を見てすぐにわかったのだ。トリシアが自分を迎えに来たのだと。


「え!? なに!? 例の彼女が来たんですか? 自分の男を取り戻しに来るなんてやるなぁ~」

「ヴァリアス! なんてことを言うのですか!!!」

  

 その瞬間、室内にいる全員がビクリと体を振るわせた。天井が大音量で崩れ、一瞬でルークの体が椅子から離れた。そして床に倒れ込む前にノノに抱きかかえられる。

 ヴァリアスはルークへの警戒を解いてはいないが、依頼主であるルークの母親をしっかり守っていた。


「わりーけどなんもできねぇぞ」

「……わかった」


 ノノの奇襲だ。上手くいった。ルークはノノに担がれている。だがヴァリアスの短剣がノノに向かって勢いよく飛んできた。


「……ッ!?」


 上手くかわしたつもりが、魔法でコントロールされた短剣はノノの腕をかすめる。だが表情一つ変えず、躊躇いすらなく、大きな窓を破壊し、外へと飛び出そうとしていた。


「やめなさい! ルークに当たったらどうするの!?」

「えええ! 逃げられちゃいますって!」


 背後にいる依頼主に止められてヴァリアスは情けない声を上げる。


「早くあの男にスキルを……!」

「え!? あれが例の彼女じゃなくて……? 綺麗な顔してるからてっきり!」

「ごちゃごちゃ言わず早く!!!」

「残念ながら今スキル使ったらルークの分が解けちゃいまさぁ!」

「役立たず!!!」

「ハッキリ言うなぁ~」


 この会話が終わる頃にはヴァリアスはルークの奪還を阻止することは諦めていた。綺麗な顔の男もなかなかのやり手だとこの一瞬で分かった。ルークに集中し、夫人を守り、尚且つやり手の顔が綺麗な男の相手をするのは報酬の割に合わない。


 こうして白昼堂々、ルークは実家の屋敷の窓から逃げ出した。


「ルーク!」


 トリシアが大声上げた。


「トリシア! 1週間だ!!!」


 双子はなんのことかわからなかったが、トリシアはすぐに理解できた。着地と同時にルークを抱きしめる。


(んんん!?)


 ヴァリアスは自分のスキルがスッと解けさったことがわかった。それはルーク本人の力でも、もちろんヴァリアスの意思でそうなったわけではない。それが一瞬でにされた。


「こりゃ無理だな」


 ヴァリアスが急いで割れた窓から下を見下ろすと、不敵に笑いながらこちらに視線を送るルークがいた。武器を持たなくても負ける気はしないという表情だ。


(あ~あの子か~可愛いねぇ~それに幸運だ)


 ルークの隣にいるトリシアを見てヴァリアスは微笑む。


(奥様の言ってた通りこりゃスキルだな。しかもヒールなんかの類じゃねぇ……状態異常を一瞬で治す優れものかぁ)


 スキルの練度が高いヴァリアスの【不動】すらもなんなく解いてしまう力がある。


(いや、もっと何かあるかもしんねぇな)


 だがこの事をヴァリアスは他言することができない。ルークの母親と、契約中に見聞きし、知り得たこと全てにおいて秘密にすると言う強力な契約魔法をかけていたのだ。そしてそれはヴァリアスも同じだった。自分のスキルの詳細をベラベラと他人に話されたくはない。結果的に2人の魔法契約によってトリシアの秘密は守られることになった。彼女のあずかり知らないところで。


「げっ!? なにあの人!?」


 ヴァリアスはトリシアと目が合った瞬間ウインクした。そして瞬時にルークの風の魔法が彼の頬に傷をつける。


「おーこわっ! 退散退散……」


 ヒラヒラと手を振ってどこかへと消えていった。


 形勢逆転だ。ぞろぞろと兵士達がトリシア達を取り囲もうと集まってくるが、トリシア側は誰1人焦ってはいない。どれだけ人数がいても負けるとは微塵も思っていないのだ。


「……どうする?」

「……全員倒してしまってもいい?」

「うーん。あんまり派手に負かすと侯爵家が大恥かいちゃうしねぇ」

「んな遠慮いるかよ」


 リリがルークに短剣を渡した。トリシアはノノの腕に触れ、一瞬で先ほどつけられた傷を癒す。


「うおりゃぁぁあ!」


 威勢のいい兵が数人剣を抜き威勢よく向かってくるが、その刃はトリシア達のはるか遠くで砕け散った。ルークが人差し指をくるくると回す。ヒュンヒュンと光の矢を飛び回り、兵士達はアワアワと後ずさる。魔法の矢に当たればその体も粉々になるとわかったからだ。


「流石S級! 魔法も超一流ねー!」

「あたりめーだ!」


 得意気な顔でトリシアを見返す。指一本の魔法でこの数の兵士を圧倒した。


「ルーク! いい加減にしなさい!!!」


(でたー!!! こっわぁ!!!)


 侯爵夫人が怒りに震えながら屋敷の外まで出てきた。そして激しくトリシアを睨みつける。すぐにルークと双子がトリシアを庇うように前に立ったのが夫人をさらに不愉快にさせた。


「ほらっ! さっさとルークを捕まえなさい!!! あとの3人は死んだってかまわないんだから!!!」


 兵士達は雇い主の手前、冷や汗をかきながらもじりじりと4人に詰め寄る。


「今のお言葉は聞き捨てなりませんね」

「なっ!」

 

 侯爵夫人は目を見開いていた。その視線の先をトリシアも確認すると、少し離れた所から、王都の憲兵の一団が向かって来ていた。


「侯爵家で騒ぎがおきていると言われて来てみたら……凶悪犯でも捕まえるかのような様子ですな」


(は、伯爵!?)


 夫人の前に出てきたのは、王都についてすぐに治療した伯爵だった。まだ体は痩せてはいるが、キリっとした凛々しく威厳のある態度をとっていた。


「ご心配には及びませんわ。憲兵長自らいらっしゃるようなものではございません。ただの親子喧嘩ですの」


 夫人も堂々と答える。伊達に生まれてからずっと貴族という身分で過ごしているわけではない。


「残りはコソ泥です。こちらで処罰を下します」

「ここで貴女にその権限はない」


 空気が張り詰めていた。


「君達、武器をしまって屋敷に戻りなさい。すぐにだ」


 これ以上侯爵夫人と話していても仕方ないと、伯爵はすぐに会話を切り上げた。この一言の後、伯爵に付き従っていた他の憲兵達が動き始めたので、夫人に雇われた兵士達は自分が捕まってはたまらないと急いで屋敷へと帰って行った。


「……この役立たずどもっ……」


 小声で悔しがる夫人の声を聞いたトリシアは思わずニヤリと笑った。


「貴女……二度とウィンボルトの地は踏めないと思いなさい」


 そう捨て台詞をはいて、夫人も屋敷へと戻っていった。ルークも夫人も、目を合わせることはなかった。

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