第11話 同郷
トリシアの心臓がドキドキと早くなる。
(じゃあこの人が!?)
同郷というだけで、どうしてこれほど嬉しくなるのだろう。魂のルーツが同じ人が目の前にいる。2人ともお互い高揚感に包まれているとわかってはいたが、それを表に出すのは控えた。
特にトリシアは前世の記憶の件をルークにすら話していなかった。彼より先にスピンや双子にこの事実を知られるのは少し躊躇われたのだ。相手はワタワタしているトリシアを見て複雑な状況を察したようで、それ以上この話に触れなかった。胸ポケットから1枚の名刺を取り出し、そこに何か書いてトリシアに手渡した。
「後ほどご商談させていただけますか?」
「……はい!」
その名刺には久しく見ない文字が書かれていた。
【午後5時、会場前にてお待ちしております】
(日本語だ!!!)
同郷の男の名はウィリアムといった。
「同郷ってことは彼もウィンボルト領の出身なんですね」
「そ、そうみたいね」
「……なんでわかったんだろう」
「な、なんでかしら!?」
トリシアにしては下手な誤魔化しだったので、全員は不思議に思った。それにどう見てもいつもと違う。
「……悪いやつ?」
「脅されてる……とか」
「ええ!? 違う違う!」
リリもノノも戦闘モードになって険しい顔をしていたのでトリシアは焦った。
「ちゃ、ちゃんと時期が来たら話すから……!」
「……本当に大丈夫?」
双子は心配していた。トリシアはよく『大丈夫』と言うが、それが本当かどうかいつも彼らは疑っていた。
「ありがと。心配してくれて」
「そんなの……」
「あたりまえ……」
あるはずのない耳と尻尾が垂れているのが見え、トリシアは思わず頭を撫でた。
「まあまあ、時期を待ちましょう」
トリシアに撫でられたのと、スピンのとりなしで渋々納得した双子だった。
◇◇◇◇◇
約束の時間の30分前に会場前についたトリシアの目の前に、同じようにソワソワしたウィリアムが立っていた。
「展示会は息子に任せてきました……!」
ハハハ……と照れ臭そうに笑った。ウィリアムも楽しみで待ちきれなかったのだ。
魔道具が綺麗に飾られたショールームの2階がウィリアムの自宅になっていた。思う存分話せるよう、外よりも家の方がいいだろうと招待してくれたのだ。
「すぐに妻も帰ってきますので」
部屋の中に入って、トリシアは懐かしい気持ちが溢れ出した。
(実家みたい……)
この世界とは異質な空間だった。前世の記憶のままの内装の部屋が目の前に広がっている。ないのはテレビくらいだ。もちろん靴は脱いでいる。
「家の中だけは魔道具のデザインも前世のものに似せているんです」
どうやらここにある
「女々しいですが……私は前世で家電が大好きでして。妻に頼んで……あ、妻は魔具師なんですよ」
「そうなんですか!」
トリシアは魔具師はウィリアム本人だとばかり思っていた。
「私の願望を具現化してくれるんです。妻には頭が上がりません」
(これは……惚気ね!)
ニコニコしながら妻の話をする。クラウチ工房の魔道具のほとんどは、ウィリアムのアイディア、と言うより昔話から創られた。ウィリアムは前世で家電大好きな営業マンで、今世では魔道具の開発にあれこれ力を注いできたが、後の妻となる女性の才能に惚れ込み、彼女を支えそれを売り込む仕事に専念することにしたそうだ。
「わざわざ身元を隠して代理店として販売しているのは?」
「やっかいな貴族に目を付けられても面倒ですしね。強い契約魔法で秘密保持契約していると言えば相手も諦めて平穏に暮らせますから」
ウィリアムも妻も、特別な生活は望まなかった。ただ自分達が自分達らしく、楽しく暮らせることを望んだのだ。トリシアにはその気持ちがとてもよくわかった。
「あら? お客様?」
「お帰りアンジェリーナ!」
「お、お邪魔してます!」
噂の魔具師が帰宅した。ウィリアムと同じグレイヘアで、それをキュッと結い上げている。じゃらじゃらと音を鳴らしながら工具を玄関にかけ、不思議そうな目でトリシアを見ていた。
「こちらトリシアさん。僕と同郷なんだ。魂の方がね!」
「あらあらまあまあ!」
アンジェリーナも嬉しそうな顔に変わってトリシアはホッとした。彼女は全て知っているようだ。
「貴女も夫のようにカデンが大好きなの?」
「ええっと……その、その恩恵をただ享受していただけで魔道具に作り変えられるほどの知識も情熱もなかったと言いますか……」
「アハハ! 情熱ね! この人、情熱は人一倍だから私にも飛び火しちゃったのよ」
いたずらっぽく笑う姿がとってもチャーミングな女性だ。
「その情熱こそこの世界の魔道具を発展させたのさ!」
こちらもいたずらっぽく笑う。そうして3人で吹き出した。
いくらアイディアがあったとしても、それを魔道具として作り上げるのにはそれなりの知識や考え、そして根気が必要なはずだ。トリシアも一度魔道具の技術を学ぼうとしたことがあるが、たいへん入り組んだ思考と技術が必要で、結局得意なスキルの能力を伸ばして生きていくことに決めた。
「工房は王都のはずれにあるの。その方が音も気にせず思いっきりやれるしね」
2人でキッチンに立ち、レンジやコンロやオーブンをフル活用しながら、あっという間にご馳走を作り上げていく。トリシアも手伝おうとするが、お客だからと断られ、美味しい果実酒を渡された。
「お待たせしてすみません」
「とんでもない! この感じ、本当に懐かしい……」
出てきたのは和食だ。どこで調味料を手にしたのか、後で聞かなくてはとトリシアは心に誓う。
「あら、流石箸も上手ね」
トリシアは涙が流れそうになっていた。
「こういう記憶って、脳みそに焼き付いてるもんだと思ってました……今はもう体は別人なのに」
「わかります。まさか魂に刷り込まれてるとは思わないですよね」
味も匂いも全てがトリシアの記憶を刺激する。
「僕も、別にこの世界に適応できなかったわけじゃないんですよ!」
言い訳に聞こえるかもしれませんが。と小さい声を出す。
「でも、僕にとってはどうも前世の続きのように感じてしまいましてね。こんな人生を送ってきましたがとっても満足してますよ」
何やらスイッチが入ったようだ。
「過去に囚われてるんじゃない! 過去の有効活用と言ってください!」
「また絡んで! 誰もそんなこと言ってないでしょう。 エールの呑みすぎですよ!」
「はっ! すみませんつい……」
「いえいえ!」
(過去の有効活用か……気に入った!)
トリシアがにっこりと笑ったので、ウィリアムはホッと息をついた。
「私の魂はどこからきたのかしらねぇ。実は同じ世界からやってきて、覚えていないだけかしら?」
果実酒のグラスを回しながら、アンジェリーナがポソリとつぶやく。
「ほんとですねぇ」
「私たちはどこから来て、どこへ行くのか」
「うーん。哲学……」
トリシアとウィリアムにとっては劇的な出会いだが、夜はのんびりとした雰囲気を纏ったまま過ぎていった。
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