第9話 展示会

 酷く思いつめたような表情で、ルークはトリシアの前に座っていた。チェイスの実家で少し遅めの夕食を食べている。何度か言葉を発しようとすぅっと息を吸っては吐き、また吸っては吐いていた。その度にトリシアは手を止めてルークの方を見る。


(なになに!? 何を言われるの!?)


 ルークにとってかなり重要な話なのがわかったが、どうみてもいい話ではない。


 トリシアの不安そうな表情を見て、ルークは意を決したようだ。


「悪いな……たいした話じゃないんだ」

「うん」


(絶対そんなわけないじゃん!!!)


 今はそんなツッコミを入れられる雰囲気ではない。


「両親が……会いたがってる。俺に。ここ王都で。」


 これまで冒険者ルークは冒険者らしく各地を転々としていた。冒険者は移動するとギルド拠点登録する。その為調べようと思えば誰が今どこにいるかわかるのだ。

 ルークの両親……主に母親はずっと息子の居場所を追いかけていたが、転々とする息子になかなか追いつけなかった。だがここ1年、エディンビアの街に留まっている。それでついに連絡を取ることに成功したのだ。


「会うんだね」


 ルークの口ぶりから彼の気持ちを読み取った。


「逃げてきた問題に向き合う時だ」


 辛そうだが、トリシアはルークが強い意志を持って今ここで話してくれているんだとわかった。


「……私になにか出来ることは?」

「両親との話が終わったら、またこうして話を聞いてほしい」

「そんなの。当たり前じゃん」


 出来るだけルークに安心してもらえるよう、優しく微笑んだ。そしてそれは伝わったようだ。少しだけルークの表情が緩む。


 ルークは翌日、王都にあるウィンボルト家の屋敷へと出かけて行った。



◇◇◇◇◇



「さあ! さっそくの休養日よ! レッツゴー魔道具展示会!」

「れっつごー?」


 双子はいつものようにトリシアの言葉に疑問符を浮かべ、スピンはトリシアがついて早々に治療に向かった理由がわかり、思わず笑ってしまった。


「ルークさん、これなくて残念ですね」

「そうですね~ストッパーがいなくなったのはマズイかも」

「……気を付けないとですねぇ」


 展示会ではもちろん魔道具の注文が可能だ。新しい計画を考えているスピンとトリシアが2人合わされば、盛り上がり過ぎて予算オーバーするのが目に見えている。


「あらかじめ買うものを決めていくのは……だめ?」

「予算を決めていくとか……」


 リリもノノも不思議そうな顔をして尋ねる。トリシアは2人にこの社会の常識を教えてきた。特に金銭感覚に関しては、元相棒のイーグル相手にしていたのと同じように口を酸っぱくして言っていた。トリシアが双子に言っていたセリフが、今そのまま本人に返ってきている。


『冒険者の老後に年金なんてないんだからね!』

『ねんきん……?』


 双子はよくわからない単語も受け入れた。彼らはA級だ。収入も多いが、トリシアに言われた通り地道に貯蓄も進めている。


 双子に当たり前の言葉をかけられてトリシアの目が泳いだ。自身もリリとノノに厳しく教えていた自覚があるだけに気まずい。しかしこの物欲を止められる気がしなかった。

 エディンビアで買う魔道具は中古だ。壊れているか、壊れかけのものが多かった為、1つ1つの価格も安かった。……そう思ってアレコレ買い集めた結果、今新しい物件の購入に四苦八苦しているのだが。

 今回はどれも新品だ。しかも新作。ただでさえ高い魔道具が最も高い時期でもある。


(うわぁぁぁ中途半端にお金持っちゃうとこうなるのよ~……)


 ここ1年は今世、いや前世も含めて最も稼ぎ、最も使った。

 双子に常識を説く権利など自分にはなかったと頭を抱えたくなる。


(私の自制心はどこ行ったの!?)


「……今日は貴方達が私の最終防衛線よ」


 ルークの代わりにストッパーに任命することにした。双子はトリシアに頼られ、嬉しそうにコクコクとうなずいた。


(リリさんとノノさんじゃトリシアさんを止められないんじゃ……)


 と、スピンが思ったことは誰も知らない。


 魔道具の展示会は、王城の前の大広場の近くの建物内で行われた。ここは季節替わりでいつも何かしらの展示会が行われている。大きなホールになっており、使い勝手がいい。


「空調が効いてる!」

「……涼しい」

「……ここだけ秋みたいだ」


 広い会場に中に多くの人がいるにも関わらず、真夏の王都の展示会場はひんやりとしていた。


「この大きな空間をここまで冷やせるとは驚きです」


 入口近くに設置された看板に、この空調は今王城内でも利用できるよう設置を進めていると書かれていた。もちろんこの魔道具に関する連絡先も。


(やっぱりクラウチ工房か……連絡先は代理店ね)


 最新鋭の魔道具といえばいつだってクラウチ工房の名前があがる。トリシアはこの人物は自分と同じように前世の記憶があり、それもトリシアと同じ世界からやってきた人物だと検討を付けていた。あまりにも出てくる魔道具が前世の家電と性能が同じものばかりなのだ。


(お陰で最近は楽に暮らせてるけど。どうにか会えないかな)


 今回の目的の1つは、このクラウチ工房の魔具師になんとか連絡を取ることだった。この魔具師は、1人前世の記憶を抱えたトリシアの孤独感を消してくれた存在だった。生活水準を上げてもらった恩もあるが、『自分だけじゃない』という心の支えになったという点においても一方的に恩義を感じていた。


「やっぱりまずはクラウチ工房からですかね! 代理店のブースになりますが」


 スピンもトリシアに負けず劣らずワクワクしていた。魔道具業界においていつも驚きの商品を繰り出すクラウチ工房はトリシア以外からも注目の的なのだ。


「行きましょう! リリ、ノノ、頼んだわよ!!!」

「ま、任せて……!」


 スピンの予想通り、リリとノノはトリシアの熱意あるプレゼンに押し負け、彼女の物欲を止めることは出来なかった。


自動温め機電子レンジだー!!!」


 前日の稼ぎはすべて消えてしまったが、トリシアはとても満足気な表情に包まれていた。

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