第22話 少しだけ前に②

(うわぁぁぁ! 何であんなこと言っちゃったのー……!)


 大きなベッドにゴロゴロと頭を抱えながら転がる。ついさっきまでルークと海沿いを散歩していた。潮風が気持ちよく、月に照らされた海がキラキラと輝いていた。


 思わず、


「月が綺麗だね」


 と、言ってしまった。


(ベタ! あまりにもベタ!)


 愛情表現の方法がわからなかった。前世の記憶を総動員してもどうにもならず、ガックリと1人落ち込んだ。これまでに比べて自分から積極的に動いている自覚があるにも関わらず、あまりにもルークに自分の好意が伝わっていないような気がして焦った結果、余計なことを言ってしまった。


 エディンビアは大きな街だが、デートに適した場所がどこかトリシアにはまだわからない。早々にネタ切れを起こしてしまっていた。


(前世では映画館とか水族館とか……デートスポットがあるってだけでなにかと便利だったのね)


 話す必要がなかったり自然と話題が出てくる環境でのデートの有難みをひしひしと感じた。最近は彼といると意識しすぎて変なことを話していないか不安になる。

 よく話題にするのは、トリシアとの再会前、ルークが冒険者になってからの出来事だ。だがトリシアが根掘り葉掘り聞いてしまって、ルークが嫌な気持ちになっていないか、いつも帰宅後に不安になる。自分だけが幸せで楽しんでいると感じ、ルークの反応が気になって仕方がない。


(この街でデートってなると皆どこに行ってるんだろ)


 この世界でも出来る観劇はトリシアにとっては敷居の高いものだし、エディンビアでのショッピングとなると、ほとんどが冒険者関連か市に行ってインテリアや古道具、魔道具を見て周るいつものコースになりかねない。『デート』という括りで考えても思いつくところがなかった。


「貴族って好きな人がいたらどこで会うの?」


 思わずエリザベートに聞いてしまった。エリザベートは少し驚いたように目を開いたが、少しだけ思い出すような素振りをした後、優し気に答えてくれた。


「そうね。#殿下__第二王子__#とはよく城の庭園を歩いたわ。お茶会も頻繁にあったわね」

「……楽しかった?」

「そう言える日もあれば、そうでない日も」


 エリザベートはとても正直だ。楽しい日もあったという答えがトリシアには意外に思えた。


「殿下は植物がお好きなの。私はダンジョンの方がワクワクするけれど」


 その答えには納得した。


 結局トリシアは頻繁にルークが好きな海に誘った。この期に及んで少しでも好感度を上げたかったのもある。だがルークにトリシアの意図は伝わっていない。それがわかっていたからつい焦って変なことを言ってしまったのだ。


「トリシアも海が好きになったんだな!」


 と、満面の笑みで言われて気が付いた。


(も、もっとちゃんとアピールしないと!)


 そこで冒頭に戻る。


 トリシアにとっては実質的に告白したようなものだった。だがルークにはその言葉に含まれる意味を知る由もない。言葉のままの意味に捉えるだけだ。だからトリシアは1人で勝手に恥ずかしがって耐えられなくなっている。


 #月が綺麗ですね__好きです__# が、今のトリシアには精一杯だった。


「情けない……」


 恋に溺れる自分が情けなかった。自分はこの世界では珍しい自立した女だと、#烏滸__おこ__#がましくも思っていた。

 これまで#虎__ルーク__#の威を借る狐でも構わなかったのに、急にそれが恥ずかしくなった。


(ルークの気持ちを利用してたんじゃん)


 頭の中をぐちゃぐちゃにかき回して、想像はどんどん悪い方への向かう。


(でもルーク。ホントに私のこと好きなの? 女として? ただ人間として好きなだけかもしれなくない!?)


 彼からの好意は疑っていなかったが、急にその好意の詳細に不安を覚え始めた。


「どうしよう……ただの片思いかも……」


 声に出して言葉にするとその想像が正しく思え始めた。もしも好きだと伝えて、ルークを困らせたらどうしよう。もう2度とこれまでのように一緒に過ごせなくなったらどうしようと、トリシアはさらに臆病になっていく。


(やっぱり情けない……)


 今はもう枕に顔を埋め、ただ屍のように固まっていた。


 トリシアにとっては最悪なことに、最近ヤキモチを妬くようになってしまった。もちろん周囲には悟られないよう十分注意を払っている。アッシュにはバレてしまうようで何度かニヤニヤした顔をされたが、そこは気が付かないふりをした。

 ルークとエリザベートがかつて婚約の話が出たことがある仲だと聞いたときは、流石に動揺を隠せなかった。


「へっ!? へぇ~……そ、そうだったんだ~……ふーん……」


 しどろもどろにはなってしまった。ルークへの恋心を自覚する前だったら、面白がって詳細を聞いただろう。


(それはいつの話!? なんで結局婚約はしなかったの!?)


 意識しているからこそ聞けなかった。


(もっとカッコイイ女になれたと思ってたのに……なんて醜い……)


 これまではエリザベート側の立場をとっていたにもかかわらず、第二王子の恋路を応援するようになったのだ。ことあるごとに第二王子を褒めるようになってエリザベートが何度も眉間にしわを寄せた。だがその内理由に気が付いたようで、


「ふふ。ヤキモチなんて、なかなか可愛いところもあるじゃない」


 と、余裕の表情を向けられるようになっていた。


「安心なさい。私もあの男もお互いの事を全く想いあってなどいないのだから。全く少しもこれっぽっちも。貴方達と違ってね」


 ヤキモチを妬いた自分にまで気を使ってくれたと感じ、トリシアはまた自己嫌悪に陥るのだった。


 

 今日は風が強い。ベランダに続く窓から入ってくる風がカーテンを大きく揺らしたと同時に、頭の中を占めている人の心地よい声が聞こえた。


「おーいトリシア出て来いよ! すっげーいっぱい流れ星が流れてるぞ!」


 何とも楽しそうな声だった。どうやら庭にいるらしい。トリシアが自分のことで悩んでいるとは思ってもいないだろう。


(流星群か……)


 この世界にも前世の世界と同じように、流れ星に願いをする習慣がある。他の部屋の窓が続々と開く音が聞こえてきた。


(ルークはどんな願い事してるんだろ)


 ベランダに出ると、空を見ているであろうルークの後ろ姿が見えた。綺麗な銀髪が大きく揺れている。


「……好き」


 また大きな風が吹いてトリシアの小さな声をかき消した。


 だが言った本人は体の中までその声が響いている。ベランダにうずくまり、膝を抱えて顔を赤くしたままのトリシアの頭上を、大きな流れ星が流れていった。 

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