第15話 元お嬢様の日常②

 トリシアとエリザベートは商業ギルド近くにある仕立て屋に来ていた。トリシアがよく行く定期市とは違って、新品で綺麗な生地を広げ、店主が張り切ってそれぞれの特徴や最近の流行りを説明してくれる。


「そうねぇ。やっぱり深い青がいいわ」

「ではこの辺りで……いただいたご予算だと、こちらか……、こちらもおすすめです」


 店主はサッとテーブルの上にオススメの生地を並べてみせる。


「トリシアはどちらが好みかしら?」


 トリシアはここに来てからずっと戸惑っていた。買い物に付き合ってと言われてホイホイついてきたが、まさか自分の服を……しかもドレスを買うためとは思いもしなかった。


「私服は古着で十分なんだけど……!」


 店主が席を外している間に急いで小声で主張する。


「あら。ドレスは自分の体にあったものでなきゃ。それにお金なら心配ありません」

「待って待って! そもそもなんでこんなことに!?」

「その話は後にしましょう」


 戻ってきた店主とエリザベートはまた打ち合わせを始める。


(後にする話じゃなくない!?)


「そうね。ここにフリルを……それからあとここに……」


 乗り気でないトリシアに聞いても仕方がないと、どんどんデザインを決めていく。


「フ、フリフリはやめてー!」

「あら? 好みがあるの?」

「ある! あります! シンプルでお願いします!」


 それを聞いて少しだけ何かを考えた後、


「まあ本人が着たいものが一番かもしれないわね」


 そう言って頷く店主と顔を見合わせながら再度相談を始めた。


(一体なんなのよ~!)


 その答えはそれから2週間後わかることになる。エリザベート宛に豪華なドレスが届けられたのだ。


「ゲストルームにまでクローゼットがあって助かったわ」


 クスクス笑いながら真っ赤なドレスを眺める。その隣には先日送られてきた小箱の中身、一粒の大きなネックレスとイヤリングが置かれていた。

 彼女が暮らしている部屋は広めのベッドルームに風呂とトイレが付いていた。キッチンはついていないが、小さな水道と魔道具の湯沸かしポットが置かれており、小さな戸棚の中には一人分の食器が収納されている。窓辺には一人掛けソファと足置きがあり、丸いテーブルに椅子はに1脚、収納は玄関とクローゼットだけだ。かつての彼女の部屋も半分もないが、エリザベートにはそれで充分だった。


「えぇ!? 明日は第二王子の護衛!?」

「しっ! ……お忍びでいらっしゃってるのよ」

「……また?」


 少し前に王都に帰ったばかりではないかとトリシアは眉をひそめた。


 あのドレスをオーダーしに行った日から、明日の予定は開けておくように念を押されていた。トリシアはなんとなく理由を予想しており、最近泣けると話題になっている演劇に連れて行ってくれるのだろうと思っていた。劇場にはドレスコードがあったのだ。

 そしてそれは半分当たった。王子の観劇の同行者として選ばれたのだ。お忍びだから護衛とわかるような恰好では困る。トリシアも護衛の冒険者とわからないよう、それなりの身支度を整えるよう求められた。


「私なんかが王族の護衛なんかしていいの!? マナーもなにも知らないわよ!?」

「あら。随分自己評価が低いのね。貴女は珍しいソロのB級ヒーラーだし、マナーなんて第二王子は気にされないわ」


 第二王子リカルドはおおらかな性格だ。穏やかで家臣たちからの評判もいい。争いも好まない。かといって弱弱しいわけでもなく、自分をしっかり持っていた。


「でも……アッシュさんの方が適任じゃない? なんたってギルドマスターだし」

「あまり顔が知られていない方がいいわ。貴女、冒険者には知られているけれど、貴族街にいるような人間にはあまり知られていないでしょう」

「それは……そうだけど」


(いやだ~! 王族なんて関わりたくない……!)


 トリシアの表情から本音が駄々洩れで、エリザベートは珍しく声を上げて笑った。


 トリシアも冒険者生活が長い。冒険者のいいところはやりたくない依頼仕事は避けて生きていけることだった。護衛の依頼は数多く受けてきたが、身分の高い人物の護衛は周りもピリピリして緊張するのだ。報酬がおいしいのは確かだが、孤児出身のトリシアにとって王族、しかも王子は荷が重すぎる。


「そもそもなんでまた来たの……たくさん護衛雇ってたってことは何かしらあるってことなんでしょ?」


 王都へ戻る為に、腕利きの傭兵団とS級冒険者まで雇ったことは皆知っている。


「ああ。あれはもう決着はついているのよ」

「そうなの? 跡目争いって話じゃなかった?」

「そうね。また時期が来たら話してあげるわ」


 すでに冒険者として生活しているのに、エリザベートはどこからそんな情報を得ているのかトリシアにはわからなかった。


(うーん。相変わらず雰囲気はミステリアス)


 涼しげな微笑みを浮かべるエリザベートは美しい。最近は凛々しさも増していた。


「ごめんなさいね。私が深く愛されているから」

「目当てはエリザ!?」

「ごちゃごちゃ理由を並べていたけれど、要はそうね」


 振られても諦めきれない第二王子は、再びアタックをしにまたエディンビアまでやってきたのだ。


「それって嫌じゃないの?」

「しつこいって?」


 トリシアはコクリとうなずいた。エリザベートは相手が王子だから、今回の依頼を引き受けないわけにはいかなかったのだと思った。きっと相手が王子以外の人間だったら、エリザベートの性格上、嫌ならバッサリ切り捨てる。


(そもそも婚約の段階でバッサリ切り捨てていたはずなのに、それでも追いかけてくるなんて)


 立場上、相手にしないわけにはいかない。彼女はこの領の為に生きることを誓っている。


「そうね。だから言うつもりよ。私と添い遂げたいのなら、貴方も冒険者になってってね」

「え!? 結婚するのはいいんだ!」

「別にあの方を嫌っているわけではないのよ。だけど私、どうも貴族の生活はあわないみたいなの。わかるでしょう?」


(あわないというほどでもない気がするけど……)


 すぐに同意しなかったからか、エリザベートが付け足した。


「フフ……カップの持ち手を折ったの、一度や二度じゃないのよ? お茶会なんて出れたものじゃないわ」


 エリザベートはそのスキル馬鹿力の為に、女貴族としてかなり苦労をして育った。その美しさから同年代の子女達の妬み嫉みの対象になっていた彼女のスキルは、嫌味を言うのに格好の的になったのだ。

 本人は全く意に介さなかったが、兄のエドガーはそれに深く心を痛め、彼女がうまくスキルをコントロールできるようにあらゆる教師や専門家を付けた。


「やっとモノを壊すことが減った頃、第二王子が私に一目ぼれ。お兄様はそれはもう大喜びよ。あの喧しい令嬢達をギャフンと言わせられるってね」


 それはそうだろうとトリシアも思った。同時に会ったこともない令嬢達に怒りが沸く。


「王子と結婚すれば跡継ぎを求められるわ。まあそれは他の貴族でも同じね。結婚すれば女はどうしても求められる……」


 エリザベートは少し遠くを見て話し続けた。


「私、子を産むつもりがないの。だって抱きしめたら何が起こるかわからないわ」

「……!」

「あんなに可愛い生き物、我が子ならなおさらギュッと抱きしめたくなるに決まっているもの」


 エリザベートはピコをとても可愛がっていたが、決してその腕に抱くことはなかった。

 

「だから王子としてのあの方とはどうしたって結婚できないの」


 トリシアは咄嗟にギュッとエリザベートを抱きしめた。


「抱きしめられる分は大丈夫でしょ」

「フフ……そうね」


 エリザベートはこの現実に傷つきはしていない。だけどこの話をすると他の誰かが自分の代わりに悲しむことはわかっていた。それがとても幸せなことだともわかっている。


「ていうか! 私なら何があってもすぐに治せるわ! 抱きしめたって大丈夫よ! ……即死にだけ気を付けてくれれば!」

「そうね。今の私には貴女がいるものね」


 そう言いながらトリシアの髪の毛を撫でた。

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