第14話 元お嬢様の日常①
エリザベートは今の生活を思いっきり楽しんでいた。侍女も召使もいない。座っていても食事は運ばれてこないし、髪の毛も服も全て自分でどうにかする必要があるが、そんな事少しも苦にならなかった。
「なんで領主の娘がこんなに生活力あるの……?」
トリシアは予想外の展開に驚かずにはいられない。エリザベートは双子より高い順応性で、冒険者達やエディンビアの街中に馴染んでいったのだ。
自分の身支度は自分で全て出来るし、食事も屋台や食堂を利用している。多少の強引さはあるが、誰ともうまく会話する。魔道具を使いこなし、洗濯までしていた時は流石にトリシアも手伝った方がいいのではと迷った。
「エディンビア領主の娘……!? もももも申し訳ございません! と、とんだししし失礼を……!」
ベックは冒険者として後輩にあたるエリザベートを可愛がっていた。先輩風を吹かせ、あれこれ教えたり、ご馳走したり、冗談を言ったり。彼女も楽しそうにしていたし、住人達は誰も真実を告げていなかった。他の誰かが言ってるだろうとも思っていた。
「フフフッ! かまわないわ」
エリザベートは彼女の出自を知らない、他の街から来た冒険者に身元をばらし、慌てふためく姿を見るのが好きだった。
「悪趣味~!」
「あらそう? 世間に疎くてごめんなさいね。生まれが良いもので」
「この言い訳にそれ使う!?」
すっとぼけた後にいつものニヤリとした笑顔でトリシアを見つめる。
「最初は極端に遠慮するか、大袈裟に恐れているのに、少しずつ心を開いてただのエリザベートとして接してくれるのを実感するのが好きなの」
「うっ……!」
自分の事を言われている事がわかってトリシアは少し赤くなる。
(弄ばれてる!)
わかっていても、天真爛漫に生きるエリザベートと一緒に過ごすのは楽しくて、どんどん仲を深めていった。最近ではパーティのように2人でダンジョンへ潜る日も増えている。
それを見てルークはやきもちを妬かないよう努めた。だがそろそろ限界だ。
(トリシアのやつ! 俺とは全然ダンジョン行ってくれねぇのに!)
などと内心思っても、余裕の表情で平然と見送り、その後偶然を装って自分もダンジョンへ入っていった。
「なあトリシア、明日貴族街にあるレストランに行かないか。一面に海が見えて飯も旨いんだ」
巣の庭でトリシアに声をかけた。平静を装っていたが、ルークは今心臓がバクバクだ。いつものように振舞いつつ、いつもとは違う雰囲気の場所でデートするのだと意気込んでいた。
少しずつでも関係を変えようと決めたのだ。最近はトリシアを独占できる時間も減っている。彼女はあっちこっちから引っ張りだこになっていた。
「あー明日はエリザとスピンさんのおばあさんとこにお呼ばれしてるのよ」
トリシアの背後にいる、エリザベートの顔がルークには腹立たしい。勝ち誇った顔をしている。
エリザベート達領主の一族は領民から人気がある。勘当状態と言えどエリザベートと食事が出来るなど大変光栄なことだ。スピンの祖母はそれはもう張り切っていた。
「……俺も行く……」
「ええ! 珍しい……そしたらちょっとスピンさんに聞いてみるね!」
そう言ってその場を離れた。ちょうどスピンは庭の件で下見と打ち合わせに来ている。トリシアはせっかくの広い庭があるのだからと、結局小さな東屋を作ってもらうことにしたのだ。費用はスタンピードの時の報奨金をあてた。ついでにハンモックのように揺れるベンチや、ティアが整えてくれている花壇になにか置物を設置するつもりだ。
「貴方、呼ばれてもいないのにちょっと図々しいのではなくて?」
「エディンビアの名前を使ってただ飯くらいに行くだけだろ?」
離れた所から、トリシアとスピンが腕で丸を作っている。2人ともニコニコだ。ルークが来てくれて嬉しいと全身で表現している。
一方こちらの2人は外面用の笑顔だった。貴族として培ってきた笑顔はたいていの人は騙せたが、トリシアには通用しない。
(まーたあの2人は……)
バチバチと火花が散る理由をトリシアは知らない。ただ、2人がなにやら因縁があるのだろうとは感じていた。
(貴族同士のあれこれはわかんないからなぁ)
善良な一般市民のトリシアは貴族の世界のことなど噂程度にしか知らないが、少なくとも2人の実家が仲が悪いとは聞いたことがなかった。
「エリザベート様、お客様です」
ティアがエリザベートを探して庭までやってきた。
「私に?」
少し眉をひそめる。つい最近やってきたのが、エリザベートの兄エドガーからの使者だった。冒険者となって平民のように暮らすのはつらいだろう、謝るなら帰ってきてもいいぞという伝言だったが、
『毎日とても楽しく充実しております。心配御無用』
そう短く書いたメモを使者に持たせ追い返したのだった。
ティアの後ろから現れたのは、ガウレス傭兵団のレイルだった。
「お久しぶりですエリザベート様」
「あら貴方は」
エリザベートとレイルは面識がある。彼女が脱走しないための見張り役として領主に雇われていた。
レイルはうやうやしく頭を下げているが肩が震えを隠せないでいる。
「本当に冒険者になったんスね! すげぇ! 思い切ったなぁ!」
まさか本当に煌びやかな世界で生きる大貴族のお嬢様が冒険者になるとは思っていなかったようだ。正直貴族のお嬢様の戯言だと思っていたレイルは、実際に冒険者として生活しているエリザベートを見て感動に近い感覚を味わっていた。
「ついに願いが叶ったの……いえ、まだ始まったばっかりね。これからよ」
エリザベートも少し得意気だ。
「結局俺らが見張ってた時間は無駄だったわけですね!」
「あら言うじゃない」
不敵な笑みのエリザベートはカッコいい。レイルは慌てて謝っていた。
「で、お前なにしに来たんだよ」
ルークから不愉快そうに尋ねられ、肝心の事を思い出したようだ。
「そうだそうだ! はいこれ。王子様からのお手紙とプレゼントです」
綺麗な布に包まれて、美しく装飾された小箱が出てきた。
「よし。用事は済んだな。もう帰れ」
さっさと追い払おうとするルークに、レイルは愛想よく作り笑顔を返した。そして、
「おーい! トリシアー!」
目を見開くルークを無視して、トリシアの方へと走っていった。
「レイル!? わぁ~お帰り!」
トリシアも嬉しそうだ。両手で握手してぶんぶんと上下に振っている。
「貴方にはああいった積極性が必要なのではないかしら? 回りくどく食事に誘うよりよっぽど近づけるわよ?」
「うるせぇ……」
肩を落とすルークを見て、エリザベートは少しだけ同情をした。恨めしそうにレイルを見るルークは少しもS級冒険者には見えない。
「金貨2枚で依頼を受けるわ」
「は? 何の話だよ……」
金貨2枚なんて法外な値段の依頼などそうそうない。ルークはエリザベートの冗談に付き合う気はなかった。
「いつもと違うトリシアとお出かけさせてあげると言っているのです」
「はあ!?」
思わず声を上げたので、トリシア達がこちらの方に振り向いていた。
「……乗った……」
「前金で金貨1枚ね」
「おう……」
(なんてチョロい男なのかしら)
トリシアが関わるとあまりにも財布の紐が緩くなる男に、いいカモだと思いながらも少々心配になるのだった。
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