第13話 氷の魔術師の日常②

 トリシアはベックの気持ちも、ベックの仲間の気持ちも理解できた。

 ベックほどではないが、トリシアも心配性だ。少し前まではイーグルのことをいつも心配していたし、今はティアだ。彼女の置かれている境遇を思うと、自分がいない時に他の誰かに傷つけられやしないか不安になる。


(見下してるつもりはないけど……)


 お節介、出過ぎた行動、過干渉……相手がどう感じているかはわからない。


 心配される側としては……ルークはトリシアをいつも心配してくれている。そして心配する彼の力の恩恵を受けているにも関わらず、たまに心配し過ぎだと思ってしまう。


(本当に自分勝手な思考……)


 そこまで心配されるほど自分は弱く愚かじゃないと言いたくなるのだ。


(ルークの力がなかったら何も手に入れられなかったクセに)


 それがわかっているから、彼の保護下から抜け出せない。

 ルークの側は心地いいが、トリシアのわずかなプライドがそれでいいのかと疑問を投げかける。


(ルークが安心できるよう強くならなきゃ)


 お互い大切に思っていることはわかっている。だからこそルークに認められるような人間になりたいと思った。


「2人はきっと、ベックに力を認めてもらいたいだけだよ。一緒にいたいから肩を並べられるように、今はもがいてるんじゃないかな」


 心配する方もされる方も、どちらも自分勝手でいい。答えはそれぞれの関係性の数だけあるのだろう。


「うん……」


 ベックも、本気で仲間が自分を追い出そうとしてるなんて信じたくなかった。だが、今の今まで2人の悩みに気づかない自分は、パーティから追い出されても仕方ないとさえ思えていたのだ。


「自分が追い出されるかもしれないことより、その仲間の生死の方が心配なんてベックらしいね」

「そうかな……?」

「追い出されたら守れないって考えてるんでしょ?」


 ベックは少し考えた後、こくりと頷いた。


「俺が1番嫌なのはそこかぁ……」

「傲慢ね」


 トリシアが少し揶揄うように言う。


「ほんとその通りだよ」


 小さく笑ったベックはその後長く、ゆっくり息をはいた。


 不安の輪郭が見えて、自分の気持ちに納得がいったようだ。原因もわかっている。


「いつまでも前のパーティのこと引きずってるから、今のメンバーに呆れられてんのかな」

 

 寂しそうな呟きだった。


「いい加減ふっきらないとなぁ」


 そんなことを言っても、彼自身それは無理だとわかっている。


「引きずったままでも、新しい冒険を始めることは出来ると思う」


 トリシアは強くハッキリと答えた。前世の記憶も、イーグル達に追い出されたら経験もあるからこそ言えるのだ。


「過去なんて逃げられるもんじゃないんだし」

「……それもそうだな」


 ベックは悲しそうに笑った。そしてトリシアもまだ、パーティを追い出されたことを引きずっていることを知った。


(当たり前だよな。あれだけ信頼しあってたんだから)


「なんだなんだ? しけたツラしてんな」


 声をかけてきたのはダンだ。ピコを抱え、手には麺料理の入った皿を持っていた。


「ピコ~~~!」


 名前を呼ばれ嬉しそうにニコリと微笑んだピコを見て、トリシアの真剣な顔が途端にデレデレになる。ベックも思わず顔が綻んだ。


「一緒に部屋まで運ぶね」

「ありがとよ」


 ピコと2人、部屋で食事をとるのだ。部屋にはピコの身体にあった椅子もある。その方がダンは落ち着いて食事ができた。


「お子さんがいらっしゃるのに……すごいですね」

「よく危険な冒険者なんてやってるなって?」

「いえその! ……そうです。失礼を言ってすみません」


 素直に頭を下げるベックを見てダンはガハハと笑った。

 トリシアは器用に箸を使いこなし、ピコに麺を食べさせている。ダンはトリシアに感謝しながら自分の分の食事をとり、ベックのお悩み相談を引き受けていた。


「全部自分でやっちまうのか~たまにいるって聞くな。なんでソロじゃねーのかわならんやつ」

「うっ……そうですよね」


 ダンとは初めてあったが、裏表もなく話しやすい人物だとすぐにわかった。


「自分の身は自分で守る。冒険者の基本じゃねぇぞ。生き物の基本だ。お前もお前の仲間も強いに越したことはねぇんだから、そうあろうとする仲間を誇るべきだろ」

「そうですよね……」


 だが、ダンはピコの方を見て声のトーンを落とした。


「……とは言っても、お前の気持ちがわからんわけでもない。大切なものはなんとしても守りてぇ。相手に嫌な顔されてもな……」


 ピコはベェと舌で野菜を吐き出していた。トリシアがワタワタと慌てている。


「ピコ~野菜も食べなきゃダメだぞ~」


 ダンが声をかけるがピコは聞こえないフリだ。

 やれやれと言った顔をしながらまたベックの方に向き直った。


「お前の仲間も同じなんじゃねぇか?」

「え?」

「お前を守れるくらい強くなりたいのかもしれねぇぞ?」


 その考えはなかったとベックは驚いた。そんな前向きに捉えることが彼にはなかなかできない。


「明日もう少し仲間と話してきたら? なにごとも素直に話すのが1番よ」


 トリシアも声をかけた。


 ベックはあの時動揺していたせいで、ほとんどまともに会話できていない。翌日、ガチガチに緊張してトリシアに言われた通り仲間に話を聞きにいった。と言うより、追い出さないでくれと縋りに行った。


「はぁ!? 追い出す!? 俺達が!? お前を!?」

「逆ならわかるけど、なんでそんなことになってんだ!?」


 パーティの2人は本気で驚いていた。2人は逆に実力不足のせいでベックが出ていくのではないかと不安になっていたのだ。いつも全部背負ってくれるベックに申し訳ないとも感じていた。だからまさかベックがそんな想像しているとは思いもしなかったのだ。


「俺ら頑張るからよ!」

「お前を守れるくらい強くなってみせる!」


(俺の被害妄想だったのか……)


 へなへなと床に崩れ落ちそうになりながら、ベックはくれぐれも無理はしないでくれと2人に頼んだ。


「お前らいないと俺、生きてけねぇよぉ」

「俺ら愛されてんなぁ」

「そうだな」


 彼らもベックの過去は知っている。これ以上彼に心の傷を増やすつもりもなかった。


 ダンの隣の部屋はまだ空いていた。最後の一室だ。


「なぁトリシア、ここの部屋借りたいんだけど」


 仲間と一緒にいるとまたアレコレ口を出しかねないと自分でわかっている。だから少しだけ離れることにした。

 部屋の扉を開けると広めの空間がある。冒険用の道具を収納できる棚、その扉には大きな姿見もついていた。


「靴は履いても脱いでもどっちでも。脱ぐなら床にカーペットひくね」


 トリシアは嬉しそうに部屋の中を案内する。この部屋が埋まれば満室になるのだ。冒険者ギルドの掲示板に貸し部屋の案内は出していたが、やはり価格をみて尻込みされてしまっていた。

 

 入って左手の廊下を進むと手洗い場兼脱衣所と風呂場、突き当りはトイレ。リビングは玄関から入ってすぐの、ガラス扉の向こう側にあった。ふかふかのソファーとクッションが見える。小さなコンロの傍には銅製のやかんや鍋が吊るされていた。蔦模様が彫られた戸棚には皿やカップも揃っている。


「風呂があんのに手洗い場も!? リビングの炊事場にもついてただろ!?」

「うっ……分けてた方が衛生的でしょ?」

「ヒーラーはその辺厳しいんだなぁ」


 呆れているわけではなく、素直に驚いていた。


「俺こんな部屋見たこともないよ。これで月に大銀貨3枚は安い」

「そう!?」

「トリシアはあるのか?」


(前世ではね……)


 なんてことは言えない。

 ベックはそのまま正式に契約をしてくれた。すでに弱気になっていて早くも家賃を下げるべきか考えていたトリシアは心底ほっとしたのだった。


「仲間との話し合い、うまくいったんだね」

「ん。俺の勘違いだったよ……ごめんなぁ騒いで」


 彼はひどく反省していた。トリシアが心配でここまできたのに、トリシアに心配をかけた上、自分は彼女と違ってパーティを追放されることはなかった。


「気にしなくていいよ。……わざわざ私を心配してここまで来てくれたんでしょ? それだけでどれだけ嬉しいか」

「当たり前だろ。トリシアは命の恩人なんだから」


 2人で顔を見合わせて少し照れ笑いした。 


「月に1、2回は一緒に依頼受けようってことにしたんだ。仲間外れにすんな~って、子供っぽかったかな?」

「あはは! いいんじゃん。修業期間とは言っても全然会えないのは寂しいよね」


 入居後、ベックもここの住人達とダンジョンへ行ったり依頼を受けたり、彼なりに新たな試みにもチャレンジした。


「ここの住人はゴリゴリの戦闘狂かヒーラーって……二極化が酷いな!?」


 彼は久しくなかった守られる立場になって感じることも色々とあったようだ。仲間を信じて待ちながら、自分の変化や成長も楽しんでこの街での日々を過ごした。

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