第12話 氷の魔術師の日常①
ベックがエディンビアに来たのは、魔草の新階層が話題になり新たな盛り上がりを見せ始めた頃だった。
「ようトリシア! 景気がいいみたいだな」
「わぁベック! 来たんだね!」
エディンビアの冒険者ギルドで再会した2人は出会った頃の思い出話に花を咲かせることはなかったが、お互いの近情で大いに盛り上がった。
少し離れたところでベックの仲間が2人、軽く手を上げている。
「パーティ組んだんだ」
トリシアはホッとしたように微笑みながら尋ねた。
「……まぁな」
予想外に歯切れの悪い返事を聞いてトリシアは少し心配になる。ベックは最初組んでいたパーティが彼以外全滅、という経験をしていた。その時たまたまトリシアがベックを治療し縁ができたのだ。
「なにかあった?」
ベックの様子が出会った頃に似ていたのだ。常に笑顔だが、カラ元気で、大丈夫だと自分に言い聞かせて表面上演じているようだった。
彼は笑顔のまま先程の仲間の姿を確認する。もうギルドからは出ているのがわかると、急にふにゃりと泣きそうな顔になった。
「トリシア……俺、パーティを追い出されそうなんだ……」
「ええ!? な、なんで!?」
トリシアにする相談ではないと思いつつ、トリシア以外に相談相手はいなかった。
珍しく弱音を吐いてしまうほど動揺していた。
ベック達の階級はCだったが、ベック自身は十分B級に上がれる実力があった。ただ、他2人のメンバーはベックの実力についていけなくなりつつあるせいか、パーティ内の関係が煮詰まっているのだ。
トリシアが心配でエディンビアにやってきたが、拠点の移動はいい気分転換にもなるとベックは考えた。この街はダンジョン以外の依頼数も多い。冒険者として新しい経験を積むことが出来るだろうと仲間を説得してここまできた。
「今日はうちに泊まって! ゲストルーム作ったのに全然誰も泊まってくれなくて寂しいのよ」
「あ、ああ……助かる」
元気づけに来た相手に気を使われていることがわかって、ベックはますます自分が恥ずかしくなった。だがもう、今はそれに甘えるしかない程、何も考えられなかった。
ベックは氷の魔法を使いこなすことが出来る。魔法の基本は、地・水・火・風、それに防御魔法と回復魔法だ。それ以外を使いこなせるのはかなり珍しい。氷の魔法は攻撃力もさることながら、防壁を作ったり、対象の捕獲にも便利だった。
そんな力を持ちながら、亡くしてしまったかつての仲間のことを彼はいつも考えていた。だから彼らに報いるように必死になって魔術を磨いた。
「この街にいる間、別行動にしよう」
「え?」
それは街に入ってすぐのことだった。
寝耳に水とはこの事だ。トリシアを心配できる立場ではない。
「お前がいるとどうしても甘えちまうからよ……」
「修行のつもりでしばらく2人で頑張ろうと思うんだ」
2人を足手纏いだなんて感じたことは一度もない。だが改めて言われると、いつも自分が守れる範囲に2人を誘導していた。それが彼らのプライドを傷つけたのだとベックは後悔した。
(俺はなんてことを……!)
2人の実力を疑っているわけではない。だが
(トリシア、元気でよかった)
トリシアに案内された建物はとても再建したものと思えない程美しい。荷物を置いたゲストルームなんて、部屋に風呂もトイレもついていた。一度泊まった事がある商人用の宿屋よりずっと部屋は豪華だ。
パーティを追い出されたことをバネにして、立派な建物の所有者になったトリシアをみてベックは心底ホッとした。
同時に、あれだけ仲良く冒険をしていたイーグルとトリシアの2人が、あんな形で別れ別れになったことが自分のことのように悔しくて仕方なかった。
(イーグル、本当にバカだよお前……)
そんなこと、本人が1番わかっているであろうことは彼に会ったベックはわかっていたが今のトリシアとの差が大きすぎて、何度も思わずにはいられなかった。
その日は建物の1階部分が、レストランとしてオープンしている日だった。
商業ギルドを通して、若手シェフの修行場やお披露目の場、あとはただ大き目のキッチンを使いたい人達に月に数回、場所を貸し出していた。
何のしがらみもなく使えるトリシアのキッチンはいつも新品のように綺麗に整えてあり、利用者からとても好評なのだ。
「食堂も経営してんのか!?」
「違う違う! 今日はたまたま!」
エディンビアは昔から大きな街だったが、度々スタンピードにあったにも関わらず、この街は発展し続けていた。
時期によっては地元の人間より一時的に立ち寄る人間の方が多い。冒険者を筆頭に、魔物の素材を売り買いする商人や、武器商人、それに貴族や金持ちが物珍しさに訪れる観光地にすらなっていた。
最近この街は利用者に対して飲食店のキャパシティが足りておらず、エリザベートの兄であるエドガーは、飲食店への優遇政策を進めている。その為ポツポツと新しい店が増えていて、街人の楽しい話題になっていた。
今日1階の食堂エリアを使っているのは、まだ若い夫婦だった。今働いている店から独立してやっていけるか試したくて、数日ここを借りている。
いい匂いが建物の中に充満していた。この時期すでに入居していたメンバーはパラパラと部屋から出て1階の席に着いている。女性が1人忙しそうに注文を取り料理を運んでいた。
「これはこの国のメシじゃないな?」
「東の方にある国の料理みたい」
(肉まん美味しすぎる~!)
どうやら中華料理に近いメニューが多いことがわかった。今日は米を使ったメニューはなかったが、前世の記憶を思い起こす味付けも多く、心の中で1人大騒ぎする。
ただ、目の前に座るベックは気落ちしている姿を隠そうとして隠しきれておらず、はしゃいで食べることは憚られた。
(ベックのことだから、どうせ私のこと聞いて心配してここまで来てくれたんだろうな……なのに自分が追放される心配をすることになるなんて気の毒ね……)
こんなに美味しい食事も喉を通らないようだ。
「美味いな!」
なんて気を使って言っているが、皿の中身は減っていない。
「ベック。今は仲間を信頼して待とう」
他人が何を言っても結果はどうにもならないが、吐き出せば少しは気が紛れるかもしれないと、トリシアは敢えて話を振った。
「ダメだ……今も心配で仕方ない」
「でもベックがお荷物なんてことはありえないし追放なんて」
頭を抱えながらため息をつくベックに事実を告げて、少しでも安心してもらいたかった。
「違うんだ! 俺の側にいない時に死んだらどうしようって、そっちの方が心配で……」
(トリシアがイーグルに対して過保護だったなんて言える立場じゃないじゃないか)
ギュッとフォークを握りしめているベックの手を見ながら、トリシアはまだ第二王子の護衛で王都にいるルークのことを思い出していた。ルークも似たようなこと言ってたのだ。
(他人を大切にするのってこんなに難しいことだっけ……?)
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