第16話 S級冒険者の非日常①
ルークは商業ギルドから少し離れた店の前で、ずっとソワソワと歩き回っていた。その様子を街中の人は首を傾げながら見ている。
「店の前をウロウロと……どうしたんだ?」
意を決して入った宝石商で、これまたずいぶんと時間をかけてどうするか考えていた。
(高すぎたら絶対に受け取ってもらえないからな……)
『ドレスはシンプルなものになったの。ジュエリーは華やかなものでもかまわないわ』
(エリザベートのやつ、簡単に言いやがって!)
これまでも施しにとられかねないようなモノは一切受け取ってもらえなかった。今回は宝石だ。何をどう言えばトリシアが素直に受け取るかルークにはわからない。
「まだ渡していなかったの!? そんなの、依頼に必要だから買ったと言えばいいじゃない」
「そんな簡単にいけばこっちは苦労してねぇんだよ!」
庭で短剣の手入れをしながら呆れるように言うエリザベートにルークは噛みつくように答える。
「気負いすぎてるから警戒されてるのよ。有無を言わさず必要だからと渡しなさい」
そこまで面倒みきれないわと、ルークを階段へと追いやった。
トリシアの部屋をノックする前に髪を整え、大きく深呼吸をする。トリシアは明日ルークと一緒に護衛に付くことは知っている。カップルのふりをして第二王子とエリザベートの側にいるのだ。そのことを特に嫌がらずにいてくれただけで、ルークは浮かれていた。
「はーい」
パタパタと足音が聞こえ、ガチャリと扉が開いた。昼寝をしていたのか、髪の毛が少し乱れている。
「おう。明日に必要なモン持ってきてやったぞ」
そう言いながらぶっきらぼうに小箱を渡した。
「え!? まさか!?」
「だって明日いるだろ?」
グイグイと箱をトリシアに手渡そうとするが、案の定受け取らない。ただ目を見開きながら、入って入ってとルークを部屋に招いた。
トリシアの部屋には客間があり、ルークはそこのソファに腰掛ける。自分の部屋からすぐに戻ってきたトリシアは、同じく小箱を手にしていた。
「いると思って買っちゃった……」
「……!」
ルークがもたもたしていたために、トリシアは急いでドレスに会いそうなジュエリーを買いに行ったのだ。もちろん中古品で、元々は大きな傷や石以外の装飾が壊れていた為かなり格安だった。
「ちょうどよかった。ここの店主は本物だって言ってたけど私じゃわかんないから鑑定してよ!」
ルークは酷く動揺していたが、S級の根性でそれを悟らせない。
「ん。大丈夫……これは確かに本物だ」
「よかった!」
息をつくトリシアが次の言葉、ルークからのプレゼントを断る前に、彼は喋り出した。
「それ、ティアにでもやれよ」
「え!?」
「お前にはこれがあるだろ」
自分が持ってきた箱を前に出す。
「ティアだってこんな機会がなきゃこんなもん手に入れることなんてねぇだろ」
ルークは我ながら機転が効いたと、勝利を確信していた。トリシアならこの機会を逃さない。ティアに宝石をプレゼントする口実なんてそうそうないからだ。
(エリザベートが知らなかったってことは、これを買った時はティアに見繕ってもらってるはずだ)
ルークの読み通り、今回購入したものはティアに相談して買ったものだった。その時やはりティアにも何か買おうと言ったが、いつもように厳しく断られたのだった。
「わぁ……綺麗……」
(けどこれ……絶対に高い)
レースのような装飾の中にキラキラと小さな宝石がちりばめられていた。中央部分に少し大きめのブルーの石がはめ込まれている。
「別に高くはないぞ」
先読みするようにルークが答えた。
「石は持ち込みなんだ。ずいぶん前に宝石鉱山で暴れてた魔物をたまたま倒してお礼に貰ったやつ。俺は別に使わないからよ」
これはずっと考えていた言い訳だ。
「でも……」
「いいから持っとけよ。
「う、売れるわけないよ!」
「じゃー大事にとっとけ」
少しぎこちない笑顔で立ち上がると、また明日なと言って、さっさと部屋を後にした。
(渡し逃げ!?)
トリシアはあらためてそのネックレスを大きな丸い窓から差し込む光にあてて眺める。
(本当に綺麗……お祝いなら貰ってもいいか)
明日のことが憂鬱だったが、これを付ける口実になると思うと少しだけ楽しみになったのだった。
護衛当日、エリザベートは今日ばかりは領城に戻っていた。多少抵抗したが、彼女の乳母まで出てきて泣き落としにかかったので、身支度だけという条件で渋々受け入れた。
「王子の護衛を考えたら城からが確実ね」
そう納得したようだった。
「ご主人様、とってもお綺麗です」
「えへ……えへへ……そう?」
トリシアはいつもと見慣れない姿の自分に照れずにはいられなかった。ティアは実に手際よくトリシアを綺麗に仕上げた。着付け、メイク、髪の毛も綺麗に結い上げた。
(でも落ち着かない~)
もっと落ち着かないのはルークの方だった。生まれて初めての感覚だ。
「緊張してんなぁ」
巣の玄関の前でアッシュが愉快そうに笑っている。小さいが綺麗な馬車が待っていた。
(これが緊張か……)
「ど、どどどどどうすればいい……?」
「余裕がない男はダメだな」
チェイスは自信満々に答えた。いつもならそんなチェイスにイラっとするルークだが、今日は素直に意見を聞き入れる。
「他には!?」
食い気味で聞いてくるルークにチェイスはびっくりした。
(全然余裕なさそうだな)
女をとっかえひっかえしても許されそうな外見と肩書を持っている男が焦っている姿に驚かずにはいられない。
「スケベ心は出すな! あくまで相手が楽しい心地よいと思わせて次に繋げろ!」
「スケベ心……!?」
予想外の言葉にルークは耳まで真っ赤になっていた。
「えぇぇ……」
思わずアッシュも声を漏らす。
(トリシアに奥手なのは知ってたが、ここまでとは……)
「お前らはもうお互い心地いい関係なのはわかってんだ。今日の目標はちょっとだけドキっとさせることだな」
「ドキ……?」
ルークはパニックになりそうな自分を保つのに必死になっていた。
「ああ、もういい。深呼吸しとけ」
アッシュは苦笑しながら、ルークの肩を叩いた。
「ほら来たぞ」
玄関扉から出てきたトリシアを見て、ルークは言葉を失った。
「うわぁ! トリシアすげぇ! どこの令嬢にも負けないっていうか……マジで綺麗じゃん!」
チェイスが素直に褒めるのをルークはぼーっと聞いている。
「ちょ! やめてー! いや、嬉しいんだけど恥ずかしい……! コスプレみたいになってない?」
「こすぷれ?」
「ああごめん。忘れて……褒めてくれてありがと」
ちょうどダンとピコが散歩から帰ってきた。
「ピコ、行ってくるねぇ」
「そっか。今日は観劇に行くんだったな」
住人達はアッシュ以外依頼については知らない。2人で話題の観劇に行くだけだと思っている。
「あだだだ! ピコ~……それは引っ張らないでぇ」
ピコがトリシアの揺れるピアスを引っ張っていた。
「おっとわりぃ! ……あっ」
ブチっと細い金具がちぎれてしまった。ダンは慌てたが、トリシアはそれをピコが食べないようにすぐに取り返した。
「大丈夫大丈夫! これくらいすぐに直るわ!」
「本当か!? 俺、今から宝石商に行って……」
「大丈夫だって! 綺麗なおもちゃに見えたよね~ピコ!」
そう言いながら、優しくピコの頭を撫でた。今度は顔を遠ざけて掴まれないように気を付ける。
「そろそろ行こうか!」
立ち尽くしているルークに声をかける。トリシアの後ろには、口パクで『しんこきゅう』と言いながら大きく息をするチェイスがいた。ルークは彼女にバレないよう、言われた通りゆっくりと深呼吸をする。
「……心臓に悪い」
「ねぇ! ピコが食べちゃうかと思った!」
トリシアはまだ少し照れているが、ニコニコと機嫌がよかった。
(たまにはこういうのも楽しいかも!)
馬車から皆に手を振って出発した。
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