第6話 双子の日常②

 ダンジョン内は階層によって明るさに差がある。地下にも関わらずしっかりと明るい階層もあり、トリシアはそれがいつも不思議でならなかった。


(魔法の世界とはいっても理屈は気になるわよねぇ)


 ダンジョンの研究が空間魔法の発展に繋がると言われているが、どのくらい研究が進んでいるのはかトリシアは知らない。


 もちろん、ダンジョン内は光の存在しない真っ暗なエリアも多い。一昔前は魔術師が魔法で明かりを灯していたが、今は専ら魔道具を使った。魔力の消費を少しでも抑えるためだ。

 大きさ、光量、価格も様々だったが、トリシアはで購入した、なかなかいいものを持っていた。そして先頭にいるリリも新品の同じものを持っている。胸元にベルトで着用できるようになっており、手に持つ必要もなく冒険者には人気のシリーズだった。最後方のエリザベートはネックレス型のライトを付け、トリシア達の足元を照らしてくれた。


「金銭を持ち出すことは禁止されていたでしょう? 代わりに冒険者として使えそうな道具は持って出たのよ」


 いたずらっぽく笑っていた。デザイン性にも優れ、エリザベートが身に着けているものはかなり高価なものなのだ。


 ノノとトリシアは依頼主であるケインの傍にピタリとくっついている。


「……足元に気を付けてください」


 ノノが依頼主に気を配る。


「年寄扱いするな! ワシはこれでも毎日薬草を摘みに歩き回ってるんだぞ!」


 実際、暗い洞窟のような場所も足取りに不安もなく、初日は順調に進んでいった。


「暗いうちに摘む必要のある薬草も多いんだ。お前さんヒーラーには必要ない知識かも知らんが」

「そんなことないですよ。商売敵ライバルのことはちゃんと知ってなきゃ」


 フフフとトリシアは不敵に笑って見せた。それにケインも不敵な笑顔で返す。


「よく言うわい。お前さんの噂は王都でも聞いたぞ。古傷もサラっと治す実力があるんだって?」

「傷は得意なんですけどね~病気の方はまだ勉強中です」


 それはトリシアがスキルを使っていく上での課題だった。

 感染症の場合、どのタイミングで感染したかわからず、どこまで戻ってリセットすればいいのか判断に迷うのだ。菌やウイルスの事を考えると体全体をリセットする必要があるため、慣れない頃はその期間にできた傷まで治してしまい、不思議がられたこともあった。


(こっちの世界じゃ菌やウイルスって、ほんの一部の人間しか認識してなさそうなんだよな……私も別にちゃんとした知識があるわけでもないし)


 冒険者は傷口を放置したらいけない、という経験からくる知識を共有していたが、それがどうしてかは理解していない。


 免疫の事を考えても、簡単にリセットしてもいいものか迷う時もあった。この問題の答えはいまだに後回しにしている。


(苦しんでる姿見るとどうしてもな~)


 この世界では前世のようにはいかない。そのまま寝ているだけで治るとも限らなかった。体に蓄えた栄養も衛生環境も療養環境も違う。


「フン。確かに最近じゃ薬学も病気の方に研究の重点を置いてるヤツも増えたがな」

「傷薬の魔法薬ポーションって、粉末状にできないんですか? 冒険者ってあんまりアレコレ持ってダンジョンに入れないし、場所とらない方がいいんですよね~」

「そんなの出来たらお前さんら、いよいよおまんまの食い上げだぞ」


 少し呆れているようだったが、トリシアが真面目に魔法薬に興味があるとわかったからか、ちゃんと答えてくれるようになった。


「今の薬草を使って効力を維持しようとするとどうしても液体になっちまう。粉末にしたかったらまた別の薬草で一から研究しなきゃならん」

「じゃあ湿布は?」

「それも同じだ」


 そんな2人の会話を聞いて、双子はあっけにとられた。どうやったって自分達じゃトリシアのように、この気難しそうな研究者と関係を作るのは難しそうだと肩を落とす。

 以前人間関係について漠然とトリシアに尋ねた時のことを思い出した。


『他人と仲良くなる方法? そんなのないない! ダメな時はダメだし! 私が知りたいくらいよ!』

『ん~……あえて言うなら、こっちから相手に興味を持つことかな……相手が冒険者なら武勇伝を語りたがる人多いしねぇ』

『誠実に接することは大前提だけど、相手がそもそも敵意満々な時もあるし……』


 それはトリシアがアネッタから感じていたものだった。


 初日は双子の予想していたよりもかなり先に進むことが出来た。同じ方向に進む冒険者も多く、たいした戦闘もなかったのも大きい。


「今日はここまでに……しましょう」

「おう。予定通りいったか?」

「はい……予定よりも順調……です」

「フン。流石A級だな」


 ケインは今日の成果に満足しているようだ。


(おぉ! ちゃんと考えてたのね)


 双子は事前に学んだ通り、ある程度安全な野営ポイントをいくつもチェックしていた。護衛相手にもよるが、ほとんどが冒険慣れしていない。目的地まで連れて行くのに護衛相手のコンディションの維持も大切だ。だから出来るだけ依頼者が安心して休んでもらえるよう配慮した。


 焚火を囲みながら、持ってきた干し肉を使ってスープを作る。魔術師がいると水には困らない。持ち物も少なくて済む。ケインが入れてくれた香草は食欲をそそる匂いがした。


「……これは……魔物除けの?」

「食べられるのか……」

「おお。お前さんらは知ってるんだな。乾燥のさせ方にコツはいるが、いい風味が出るんだ」


 リリとノノは魔の森で暮らしていた時、この薬草にはとてもお世話になった。


「これは……暑い時期にしかなかった……だから乾燥して……?」

「そうだ。そうすれば年中使えるからな。とういか、乾燥した方が効力が上がることがわかってんだ」

「知らなかった……」

「薬草は奥が深い。戻ったらいい本を一冊やろう。ワシが書いたものだがな!」


 得意気なケインを見て、双子は少しだけ安堵した。どうやら彼は双子の真面目な仕事ぶりに満足しているようだ。出会った時のとげとげしさはもう感じなかった。

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