第7話 双子の日常③

 目的地の新階層には予定より1日半も早く辿り着けた。他の階層より湿度が高く、外は真冬だというのにむわっとしている。

 ケインは本当に魔草の生息群をみるのが楽しみなようで、第一印象とは違い、全く文句も言わずに歩き続けたのだ。到着した瞬間のケインの目の輝きを見て、双子はとても心が満たされるのを感じた。


(護衛の依頼も悪くない……)


「よし! お前さんら並べ!」

「……?」


 依頼主に言われた通り彼の前に並ぶと、シュッシュと霧吹きのようなもので強い臭いのする液体を振りまかれた。


「!?」

「ハハハ! ちょっと臭いはすごいが、植物系の魔物除けだ! 特注のな! なかなか作るもの難しいんだぞ~!」


 これまでに増してケインは元気になっていた。今にも走り出したいのをぐっと我慢しているようだ。


(歳を取ると、体力も気力も落ちると聞いていたけど……)


 双子の知識と現実がマッチしなくて少し混乱したが、


『世の中不思議なことはいっぱいあるだろうけど、とりあえず、まあいっか! って思うことも大事よ。余裕がある時に思い出したらまた思案すればいいわ』


 そう言っていたことを思い出した。双子は人間関係において、しっかり相手を理解しようと努めたせいか長考し固まってしまうことがあったのだ。ちなみにトリシアは、まあいっか、が多すぎるとルークに言われている。


「よし! 昨日言ってた小さな青い花が咲いてるっていう魔草のところまで連れて行ってくれ!」

「は、はい……こっち……です」

「あ……でもここのすぐ近くに硬くて紫色の蔦の場所が……」

「なにぃ! よし、そっちが先だ!」


 そう言って我先にと走り始めた。


「あ……!」


 トリシアが声を上げるよりも早く、ノノがケインを抱き上げて飛んだ。すでに冒険者たちは戦闘態勢だ。地面からサソリの尻尾のようなとても堅いハサミが突き出している。


「うわっ! マジでいた!」

「トリシアはこっちへ」


 すぐにエリザベートがトリシアの前にでる。そしてすぐにその後ろにケインを抱えたノノが着地した。

 リリは大きな斧を少しも重量を感じさせない様子で堅いハサミにあてていた。だが、カンッ! っと大きな音を立てて弾かれる。


「は、はやく行ってやってくれ! ワシの事はいいから!」


 ケインが慌ててノノを急かす。冒険者たちの耳には何度も攻撃が弾かれる音が聞こえてきた。だが、ノノは首を横に振る。


「あの尻尾、1本じゃないんですよ」

「なに!?」


 トリシアに言われてケインは急いで地面を確認する。だが、やはりリリが心配になったようだ。


「い、いいから早く!」

「俺たちの仕事はあなたの護衛です」


 ノノはただそれだけ言った。


 この魔物の全体像を見た冒険者はまだいない。このサソリの尻尾の持ち主がこの階層のボスではないかという話もあるが、まだそれも確かめられていなかった。

 

「よし! 私もちょっと仕事しようかな」


 トリシアは遠隔ヒールをリリにあてる。これは彼女がスキルを抜かした本当のヒーラーとして、唯一他人よりも優れている魔法だった。


「遠隔ヒールか!」

「そ! ちょっと集中させてくださいね」


 遠隔ヒールは文字通り、遠くから相手にヒールをかけることが出来る。ヒールとしての効力は低いが、これをかけている間は即死はない。また体力の減退もないので、アタッカーを担う冒険者たちは思いっきり戦うことが出来るのだ。

 トリシアもひどく疲れるので滅多にこれを使うことはないが、彼女もここまで深くダンジョンに潜ったことはない。表情には出さないが、単純にビビっていた。


(リリ、いいなぁ)


 ノノが羨ましがる通り、リリはがぜんやる気が出ていた。遠隔ヒールのお陰だけではない、メンタル面でも力が漲り、斧を握りしめる手にもさらに力が入った。はめ込まれた魔石が赤く輝き始める。


「はああああ!」


 彼女にしては珍しく声を上げ、敵に炎を纏った斧を叩きつけた。今度はバリバリという音と共に、ハサミはバラバラに割れる。ハサミ以外の尻尾が急いで地面に戻ろうとするが、リリは一瞬で出所へと回り込み、これもまた斧で一刀両断した。しばらく尻尾はバタバタと生きているように動いたが、少し待つとパタリと動かなくなった。

 ふう。と全員が息を吐く。


「お疲れ~! 流石ね!」

「……遠隔ヒール……ありがと……」

「いえいえ。リリには必要なかったね」

「いや……お陰で早く倒せたから……」


 リリは照れているようだった。ケインと目が合うと、急いで大事なことを確認する。


「あ……お怪我は……?」

「一瞬で宙に浮いたんだぞ! あるわけないわ! お前さんは大丈夫なのか!?」


 パニックなのか、声は怒っていたが、かなりリリを心配していた。


「全然……」

「……はあ……いや、すまんかった……ワシが浮かれたせいだな……」

「いや……私達が先に説明するべきだったから……」


 そう言って少しの時間、反省会が開かれた。


「あのぉ~ちょっと魔物の残骸を回収してもいいですか? いい値段になるんですよ~」


 えへへと笑ってごまかしながら、トリシアはケインに頼んだ。


「かまわんかまわん。ワシにも少しくれ。あの堅さは薬品の入れ物に使えるかもしれん」


 ケインもやっと落ち着いて一息入れられたようだ。


 結局それから予定よりも2日遅く、トリシア達はダンジョンから帰還した。ケインが新階層を思いっきりエンジョイしたのだ。


「いやあ! 生きてる内にあんな所に行けてよかった! お前さんら! また頼むぞ!」


 双子はコクコクと頭を下げた。双子にとっても楽しい依頼だった。なによりトリシアと一緒にダンジョンに入れる経験なんて滅多にない。


(あんなことがあったのに、とっても度胸がある)


 ケインのことも好きになった。厳しいことも言われるが、決して見下して言われているわけではないことがわかったからだ。


(トリシアは自己評価が低すぎる……冒険者として十分な実力があるじゃないか)


 双子は今回初めてヒーラーと一緒に冒険したが、いるのといないのとでは心持が大違いだということがわかった。何かあっても大丈夫という気持ちが、彼らの能力を存分に引き出すのにいい意味で働いた。魔の森にいた時はヒーラーとは無縁だったのだ。絶対に大きな怪我はできなかった。

 自分達が今まで力をセーブしていたことがハッキリとわかったのだ。


(まだ、強くなれる)


 双子は確信した。


 帰路の途中、急に目の前に強い気配を感じ取ると、目の前にトリシアの側を双子といつも取り合っている男が立っていた。


「遅い!」

「ルーク!?」

「なんだあ?」


 帰りの遅いトリシアの迎えにルークがダンジョン内までやってきていた。よっぽど心配していたようだ。トリシアの顔をみて、ほっと息をついていた。

 それを見てケインがニヤリと口元を上げる。彼等は知り合いだった。それにルークの弱点も知っている。


「お前さんに報酬は払わんぞ」

「いらん!」


 そういうと、ケインの背負っていた大量の荷物を持ち出口へと歩いて行った。


「こりゃ儲けた。ヒーラーを雇ったらS級までおまけに付いてくるとは」


 面白そうにケインは声を上げて笑っていた。

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