第5話 双子の日常①

 リリとノノは最近エディンビアでの生活を楽しみ始めていた。


 双子の部屋は深いグリーンの扉の中にあり、寝室はティアの小屋と同じようにロフト式になっている。この建物は各階の天井が高いので、ロフトの上も十分なスペースがあった。初めて各自の空間を持った2人は逆に落ち着かず、しばらくは2人、リビングの床で寝た。寝室にはそれぞれに収納棚と大きなベッドが設置されているが、しばらくは綺麗なままだった。

 また魔道具の数々にも驚かずにはいられない。特に保冷庫やコンロには感動していた。


「火加減が……簡単!」

「食べ物が……腐らない!」


 外食が苦手だった2人はしばらくはキッチンを使った。その方が気楽だったのだ。綺麗な柄が描かれた皿に煮たり焼いただけの食べ物を並べるのも好きだった。

 だがここでの生活に慣れてからは、外食する日が増えた。たくさんのメニューから食事を選ぶことはずいぶん贅沢に感じたが、とても刺激的で楽しいものだった。


 露天や定期市でトリシアのように生活に不必要なものも買うようになった。双子の部屋にはカラフルな置物が少しづつ増えていく。


「これは……何……獅子……?」

「そりゃあ……なんだろな? 遠い島国の魔除けらしいんだ。凛々しいだろ」

「うん……」


 よく双子を見かけるようになった市の商人達は、口数は少ないが目を輝かせている双子に好感を持ち始めていた。


 双子の毎日が鮮やかな彩りで溢れ始めた。


 風呂に毎日ゆっくり浸かることが出来る日々は最高だと気がついた。足を延ばし、肩までつかり、石鹸で体を洗った。それがとても心地いい。冒険に出ない日は、装備も軽くして、その解放感にも驚いた。


「あ! それ新しい服!?」

「うん……冬用に……」

「これ手触りいいね!」

「それに、軽いんだ……」


 冒険者向けの衣服の多さにも驚いた。今度一度、オーダーメイドというものを試そうと双子は下調べを進めている。この街は冒険者が絡みの専門店は多いのだ。


 生まれて初めてソファにも座った。大きなソファと1人掛け用のソファがあったが、リリもノノも大きめのソファに座りたがった。クッションにもたれかかってぼぉっと過ごすのも好きになった。

 その内部屋の中に汚れを持ち込まないよう、庭で出来るだけ汚れを落として中に入るようになり、2人そろって真冬に水をかぶったので、トリシアとティアが大慌てで風呂を沸かしたこともある。


 海の見える大きな窓ガラスに、掌や頬をピタリとくっつけて、冷たさを確認するのも好きだった。以前住んでいた家には窓すらなかったのだ。


 そしてついに、トリシア以外の他の冒険者とも情報交換できるようになってきた。


「ゲルガーは炎で焼いた方が早いな。核は衝撃には弱いが、熱には強いんだ」

「……なるほど」


 ダンは自分がアッシュから教えてもらった知識を双子にも伝えた。同じ依頼がまたギルドの掲示板に出ていたのだ。


「定期市の……トリシアが好きなカフェの前によく出てる店……子供の古着がたくさん手に入ったから次の市で出すって言ってた」

「おお! いい情報ありがとよ! 子供があんなに服汚すって知らなくてなぁ。替えの服を調達しに行かにゃならんのだ」


 まだ少したどたどしいが、の住人とは特に仲良くやっていた。


 だが、依頼人とはまだまだぎこちなく会話する。


「……採取の護衛の……」

「依頼を受けた……ドラゴニアです……」

「その、よ、よろしくお願い、します」


 今日は必要以上に緊張していた。依頼主は先ほどからムスッとしている。


「エリザベートと申します」

「ヒーラーのトリシアです! どうぞ宜しく」

「……おう。頼むわ」


 今回は双子とトリシア達は別々に雇われた。最新階層まで問題なく1名を護衛出来る実力を持つパーティ、ということで双子に指名があった。トリシアと一緒だとわかって珍しく双子は1週間前から張り切っていたが、どうやら依頼主は気難しい相手だとわかり緊張し始めた。こういう相手にはいつもオロオロとさせられる。自分達に好意的な人としか、まだまだ人間関係は作れないという自覚もあったのだ。


「もう先生ったら! ごめんなさいねぇ……楽しみにしてた癖に! ルンルンな姿を見せるのが恥ずかしいのよ」

「こら! やめないか!」


 助手の女性が朗らかにフォローすると、依頼主は少し顔を赤らめた。どうやら助手の言うことは本当らしい。トリシア達はこの助手に雇われた。トリシアはヒーラーとしての実力を買われ、同時にトリシア用の護衛まで一緒に雇ってくれた。これはかなり大盤振る舞いだ。


「カッコつけてヒーラーを雇わないなんてどうかしてますよ! まったく!」

「ワシだって回復魔法は使えるんだ!」

「まあ! それが上達しないから薬師になったんじゃないですか!」


 『先生』は、王都の薬草学者ケイン・ベルトラと言い、新しい階層の魔草を自分の目で見たいとエディンビアまでやってきたのだ。助手はマギー・ベルトラ、ケインの妻だ。


「わざわざご自分でダンジョン内まで採取に行かれるなんてスゴイですね!」


 トリシアが妻に叱られてシュンとなりつつある双子の依頼主に話題を逸らそうと声をかけた。実際、ダンジョン内は命懸けになる。さらに今回は確認されている1番奥まで行くのだ。ど素人の生存率は限りなく低い。優秀な護衛がいなければ。


「……魔草がどういった環境で育っているかわかれば、地上でも栽培できるかもしれんだろ」


 照れ隠しのように騒ぎ始めた。


「だいたい冒険者は魔草の扱いがなっとらん! ブチブチ引っこ抜けばいいってもんじゃないんだ!」


 ダンジョンで魔草中心の階層は珍しい。冒険者も経験したことのないものばかりなので、どういう取り扱いが正解なのかわかっていなかった。


「またそんな憎まれ口! ごめんなさいねぇ。エディンビアの領主からの依頼を待たずに来ちゃうくらいせっかちなんです」

「コラ! 駆け引きというのを知らんのか!」


 彼は数々の解毒薬を作り上げた天才だった。自ら報酬を払ってダンジョンへ行かなくても、近いうちにこの街の領主から専門家である彼へ依頼がいっただろう。彼らのやり取りを珍しくエリザベートが苦笑しながら眺めていた。夫婦はもちろんエリザベートの出自は知らない。


「……お兄様は少し慎重なのよ。全ての魔草を自分達で把握してから確認の為に依頼を出すつもりなのね」


 情報が力になることも知っている。エリザベートがこっそりと教えてくれた。

 そのためか最近はよくルークに領から依頼が入るようだった。帰宅した彼からは色んな薬草が混ざった匂いがする。トリシアはそれが嫌いではなかった。


「あの……そろそろ……」

「この時間は……冒険者も多いから……入ってしばらくはあまり心配がいらないんだ……」


 双子なりに護衛の仕方を調べたようだった。トリシアだけでなく、ダンやアッシュやベックにも教えを請い、2人で言葉を交わしながら計画を立てた。


「おう。それじゃあ行ってくる」

「……気を付けて」


 マギーは笑っていたがとても心配していることが伝わった。エディンビアのダンジョンと言えば難易度が高いことで有名だ。例えA級の護衛を付けていたとしても不安が尽きないのは当たり前だった。

 トリシアはそっと双子に目線を送る。


「お、奥様……全力で、せ、先生をお守りしますので……!」

「ご、ご不安もあるとは思いますが……その、頑張りますので……!」


 双子の真剣な表情を見て、マギーは自分がどんな顔になっていたか気が付いた。そして少し長めに息をはきだした。


「まあ心配してもどうしようもないですし、先生が戻るまで観光でもして待ってましょうかね」

「そうだぞ。あ、持ち帰り用ケースの準備は忘れるなよ」

「はいはい。わかってますよ」


 夫が冒険用の荷物を背負うのを手伝いながら、


「……この人、口は悪いけど後々根に持ったりはしないから、遠慮なく言い返してかまいませんからね!」


 護衛メンバーに向かって、少し面白そうに教えてくれた。

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