第4話 父親の日常②
「あ！ ダンさん！ ちょうどよかった！」
冒険者ギルドの職員が声をかけてきた。いつもギルドの依頼受付に座っている女性だ。
「ダンさん向けの依頼……というかご指名が来てるんですよ」
ダンは腕の立つ傭兵だった。またその見た目とは裏腹に人柄もいい。彼を知っている人から時々こうやって指名の依頼が入るのだ。
「お！ こりゃかなりいいな。隣町までの護衛で大銀貨4枚か」
これだけ好条件ならB級パーティも雇える額だ。なのにソロの冒険者のダンに声がかかるくらい、彼は隠れた人気があった。
「ええ。片道だけですので拘束期間も短いものになります」
隣町との往復は普通にいけば往復1泊2日というところだが、冒険者ともなれば日帰りも可能だ。
（内容的に
依頼主の名前にも見覚えがあった。以前傭兵団にいた時にも依頼をもらったことがある人物だ。
積み荷も少なく、なるべく少数で目立ちたくないようだ。しかし腕の立つ護衛は欲しいとなると、積み荷の内容は簡単に想像がついた。
「朝早くてもいいのか？」
「はい。先方もそのつもりのようです。あと、出来ればどなたかヒーラーの方にもご同行いただきたいと。その場合大銀貨6枚で……ということなんですが」
「わかった。巣のヒーラーに声かけてみるよ」
（いっぺんトリシアと一緒に行ってみてぇな）
ダンはトリシアのことを尊敬していた。姪のピコが安心して暮らせる住居を提供してくれたからだけではない。女一人で身を立てていく術を見出し、尚且つそれを成功させたからだ。まだ若く、階級も決して高いとは言えないのに。この世界ではかなり困難なことだ。
彼の亡くなった妹や他の多くの冒険者も、トリシアと同じように稼ぎを貯め、その後商売を始める計画を夢見ていた。だが実行できるのはごく一部だ。
（なかなか本気でなきゃ達成できないよな）
だからと言ってトリシアは利己的でも守銭奴でもなく、むしろダン自身も含めた厄介ごとを抱え込んでいる。自ら積極的に足を突っ込んでいるわけではなく、目の前に現れた他人の困難に、ただ目を背けることが出来ないのだろうとダンは感じた。
「だって私がちょっと手伝うだけで誰かが助かるならいいじゃないですか。その方が私も夜よく眠れるし」
「そのちょっとてのが難しいんだろ」
「まあ持ちつ持たれつですよ。私も皆に助けてもらってるし」
本人も厄介ごとに手を出していることの自覚はあるようだが、それはもう仕方がないことだと受け入れているようだった。
「トリシアみたいな人がいっぱいいてくれたら、世の中の困りごとってのはほとんどなくなるんだろうな」
「いやぁそこまではないでしょ」
そう言って照れながら笑った。
彼女がパーティから追放された冒険者だと聞いた時は耳を疑った。そしてそれに腹を立てている自分に驚いた。彼の思考は基本的に自分も他人も、生きていく上では何があっても自己責任だと思っているのに。
（むしろ厄介ごとを抱え込むからか？）
彼女のヒール能力は姪の一件でよく知っていた。これだけ能力があれば、逆に彼女に護衛役を1人増やしてもいいくらいだとダンは思った。実際傭兵団の
「そんな余裕、C級冒険者にはないですよ～！」
アハハと笑いながらトリシアは荷馬車の後ろに座っていた。今回はダンの希望通り、トリシアと2人で依頼を引き受けることが出来たのだ。
「そうか……？」
「そうですよ！ だって人が増えた分、報酬の取り分減っちゃいますからね」
「なら敵を圧倒出来るよう強くなればいい。足手まといになった仲間を追い出すっていう根性が気に食わねぇ」
「世の中の冒険者が皆ダンさんみたいな発想してくれれば、ヒーラーも冒険者続けやすいんですけどねぇ」
ダンは冒険者になる前からある程度蓄えは持っていた為、そのあたりの冒険者の切実な資金不足が想像し辛かった。類まれな才能を持っていたダンは幼いころから傭兵団に迎え入れられ、十分な装備を与えられていたのだ。
ダンの資産は今も増え続けている。自分がいつ何時死んでも姪が困らないように。
「ひとり身の時はいつ死んでもいいって思ってたんだけどなあ」
腰の剣を抜きながら息を吐くようにしみじみと言う。
「あーそれちょっとわかります。今が楽しくって死ぬのが惜しいです」
トリシアの返答に目を見開いた。ダンは姪を残して死ぬのが怖いと思っていたが、裏を返せば今の生活が幸せで失いたくないということだった。
「いい発想だトリシア」
「へへ！ でしょ？」
トリシアも立ち上がっていた。
「あ！ アイツらたぶん賞金首の小悪党ですよ！」
目を細めて確認しながらダンへ知らせる。
「お！ いい小遣い稼ぎができそうだな。ちょうどピコにあったかい羽織りを買ってやりたかったんだ」
首を回し、肩を回し、剣を回し、ダンは馬から降りて軽く準備運動を始めた。
「おーい！ 何か縛るもんもってるかー？」
御者は突然現れた武装した男達を前にパニックになりかけていた。だがダンの問いかけに一生懸命に首を縦に振っているのが見える。
「殺さなきゃどれだけやっても大丈夫ですよ」
「そりゃ気が楽だ」
どうやら小悪党達はあれこれとお宝を貯めこんでいるらしく、隠れ家を聞き出すために生け捕りの方が報奨金が高かったのだ。
相手は男1人と女1人の護衛をみて油断していた。護衛任務にはヒーラーが付いてくることが多い。少しの殺気も感じない女の方がそれだと簡単に予想がついた。男を倒せばそれで終わりだと高を括っているがわかる。
「お前らその程度しか考えられねぇから小悪党止まりなんだよ」
全員がダンへと一斉攻撃を仕掛けた。やれやれ、とダンが剣を一振りすると、ものすごい風圧でほとんどの悪党が岩場に叩きつけられる。
「おお～！」
「縄だけ頼むわ！」
「はーい」
倒れて呻きを上げる男らにトリシアがぐるぐると縄で縛りつける。御者も急いで手伝いに来てくれた。そうして一分も経たずに戦闘は終わった。
「顔と足だけ治療したわ」
「おお。こりゃ手配書通りの顔だ」
リーダー格の男の顔をマジマジと見つめる。
「お、お前は……ガウレス傭兵団の……なん……で……」
「お父さんは色々と大変なんだよ」
そう言ってガハハと笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます