第3話 父親の日常①

 ダンとピコの部屋の扉は落ち着いたオレンジ色だ。これは2人の共通の瞳の色で、一目で血の繋がりを感じるほど同じ色味をしていた。今では誰もが彼らを親子だと認識するのに丁度よいアイテムにもなっている。

 各部屋の扉の色はそれぞれの瞳と同じ色になっていた。


「これ、住人が変わったら扉の色も変えるのか?」


 ルークが尋ねた。もちろん彼の部屋は深い青い色の扉だ。トリシアのスキルがあればあっという間に元通りにはできる。


「うーん。記念に残しておこうかなって。ちょうど皆バラバラだし」


 ダンは2階の2人用として使える部屋を借りていた。リビングとベッドルームはスライド式の4枚扉で仕切られていて、ダンは日中開けっ放しにしていることが多い。この寝室には今は壁際に大きな収納棚がついているが、この収納棚は移動することが出来るので、その内ピコが大きくなれば、寝室を2つに仕切ることも可能だ。


(それまでいる気満々なんだから、家でも買った方が安上がりかもしれねぇが……)


 どう考えても家を買うより、ここに住む方がダンにとってもピコにとってもいいことばかりだった。


(あんなに可愛い子だぞ。何歳になっても家に1人なんて心配で仕事にならねぇな)


 ここなら屈強な冒険者が誰かしらいる。

 部屋ではトリシアに倣って、玄関で冒険者用のブーツを脱いで過ごした。そうすることをトリシアに告げると、彼女は張り切って大きなカーペットを部屋に敷いてくれた。玄関のすぐ傍に手洗い場と風呂場があったので、部屋の中が酷く汚れることはなかったが、ティアに頼めば部屋の掃除もしてもらえるのは子育て中の人間にはありがたい。


「高かっただろこれ!?」

「家賃上げたりしないから大丈夫ですよ。汚したって全然かまいません!」

「いや、そうじゃなくて……」


 フフフと笑ってごまかすトリシアの懐加減が気になった。


(よっぽど貯めこんでたんだなぁ)


 それにしてもそれを惜しげもなく使うとは、よっぽどこの建物が気に入っているのだとダンは理解した。


(こりゃ大切に使わんと)


 各部屋の玄関には少し大きめの収納棚が備え付けられている。武器や道具置き場だ。ダンは毎回きっちりと扉のドアを閉め、尚且つ南京錠で鍵までかけた。武器の手入れをするときは、ピコを預けて建物の庭でおこなった。

 最近ピコが活発に部屋中を動き回るようになっていたからだ。


(怪我でもしたら大変だからな)


 とは言っても、この建物内には3人もヒーラーがいる。小さな子がいる親として、これほど心強い住処もない。


 ダンは子供用の椅子とベッドがいつのまにかこの部屋にしっくりと馴染んだように感じた。どちらもスピンが家具職人に頼んで作ってもらったのだ。トリシアからのプレゼントだった。彼女はずいぶんピコを可愛がっている。他の住民もピコに会うといつも顔がほころんでいた。


「ピコ、どんな魔法を使ってんだ~?」


 あの双子の姉弟すら口角が上がっているのを見て、思わずダンも言葉が漏れた。


「いつも夜中うるさくてすまねぇな……今度なんかご馳走させてくれ」


 ダンの真上は双子の部屋だった。


「……? 赤ん坊は泣くものだと聞いているが……?」


 双子は何に対しての謝罪かわかっていなかった。不思議そうに頭を傾ける。


「いや、その声で夜中に起こしたら申し訳ねぇからよ」


 彼らが魔物の森で生活していたことは聞いていた。だから彼らが物音に敏感だということは想像が出来たのだ。


「私達、この部屋に来てよく寝ている……別に夜中起きようともなんの問題もないから……その……大丈夫……」

「うん……それに僕らはちょっとした音ですぐに目を覚ますんだ……それは元々だから苦でもなんでもない……」


 気を使ってくれているのがわかってダンは驚いた。


(こいつら面白れぇなあ。トリシアはいい人材を発掘したもんだ)


 双子の噂もトラブルも、傭兵団にいた時に聞いたことがあった。その時の印象より、実際に会った彼らは柔らかい雰囲気を持ち、他人に親切に、平和的に接しようと努めていることが感じられた。


(他人を寄せ付けない孤高の双子って話だったよな? 所詮ただの噂か……)


 冷酷無比で他の冒険者ごと魔物を倒すとまで噂に尾ひれまで付いていた。実際双子は他人と関わらなかったし、それを否定するようなコミュニケーション能力もなかったため、トリシアと出会わなければどんどん冒険者界隈で孤立していくところだった。

 双子はトリシアをかなり信頼している。彼女は双子がこの世界になじめるように……少なくとも生きやすくはなるようにアレコレと教えている姿を何度か見かけていた。


「ピコ~! 今日はすぐに帰ってくるからなぁ!」


 ダンはピコに頬擦りした後、ティアに姪を託した。


「いつもすまねぇ! 防具の調整してギルドに寄ったらすぐに帰るからよ!」

「大丈夫です。お気をつけて」


 そう言ってぴとっとピコに頬をくっつけた。ピコももう慣れたもので少しもグズリはしない。


 職人街を慣れた足取りで歩く。あらゆる材料を積んだ荷馬車が行ったり来たりと忙しそうだ。魔物の買取場からの運ばれてきたであろう魔草の馬車が通り過ぎ、少し前のことを思い出して胸がキュッと締め付けられた。


「ダン! 最近ピコちゃん見ねぇけどどうしたんだ?」


 心配そうに鍛冶屋の職人が声をかけてきた。


「ああ! 面倒見てくれる人がいてな!」

「なんだ。いい女が出来たのか」

「いい女なのは確かだが、残念ながらそんなんじゃねぇんだよ。彼女らのおかげで毎日楽しく姪っ子と暮らせてんだからな。感謝しかねぇ」


 鍛冶屋はダンの言う事がどう言う意味かわからなかったが、至極真面目そうに答えた彼を見て、いい所に落ち着いたのだと安心した。


 防具を専門的に作っている工房で、ダンは自身が愛用している防具のサイズ調整を頼んだ。すでに3回目になる。

 ピコと暮らし始めてから規則正しい生活を送り、酒を呑むこともほとんどなくなったせいか、かなり体重が落ちたのだ。ガタイのいいのは変わらないが、ずいぶんスリムになっていた。


「いい体つきになったな」

「ハハ! だいぶ動きやすくなったよ」

「明日までには仕上げとく。たまにはピコちゃん連れてきな」

「おう! ありがとよ」


 そしてそのまま冒険者ギルドの依頼掲示板のチェックだ。今日もたくさんの依頼書が掲示されている。

 これまで彼はダンジョンでの活動をメインでおこなってきたが、『銀龍の巣』のおかげで最近は依頼も受けやすくなっていた。


(C級に上がったおかげでアッシュさんとダンジョンに潜れるようになったのはデカいな)


 冒険者は自分の階級の前後1つまでしかパーティを組むことが出来ない。だから1つのパーティは最大3つの階級で構成が許された。ダンは現在C級なので、B級からD級の冒険者とパーティを組むことが可能だ。

 もちろん非公式であればいくらでも階級を跨いだパーティは可能だが、その場合ギルドの評価や、ギルドを使った支払いシステムを利用出来ないので、その後揉めることがないよう基本的にそんなことはしないのだ。

 自分よりずっと上位の冒険者と公式にパーティを組みたいときは、どちらかが依頼を出して雇うという形になる。


(うーん。今度は採取の依頼を受けてみるか……ゲルガーの核を20個って……あれ壊れやすいからなぁ。アッシュさんに聞いてみるか)


 アッシュは魔物の解体がうまかった。歴戦の傭兵と言えど、学ぶことはまだまだたくさんあったのだ。

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