第2話 管理人の日常②
階段の上からバタバタと足音が聞こえる。
「ティア! 今からエリザとダンジョンに行ってくるね!」
「承知しました。エリザベート様、ご主人様をよろしくお願いいたします」
「任せなさい。貴女の主人は私がしっかり守ります」
エリザベートは騎士のように凛々しくティアに返事をした。
「わー! カッコいいー!」
「フッ……当たり前のことを」
はしゃぐトリシアに、エリザベートは得意気だった。
トリシアは最近C級を維持する為にダンジョンへと行くことが多かった。日帰りで行ける距離だが、最近低階層で隠しエリアが見つかり、Bクラスの魔物が溢れていた。この頃には常駐ヒーラーはもう辞めており、それまでそこで得られていた評価以外で実績を積む必要が出てきたのだ。
「絶対イーグル達より上の階級を維持するのよ!」
「その意気です」
意気込む主人をティアも応援していた。玄関回りの枯れ葉を箒で掃きながらトリシア達を見送る。
(今日は冷えるわね。ご主人様が返ってくる前にお風呂を溜めておかなきゃ)
彼女は唯一、トリシアの部屋の鍵を持っている。
「……ただいま」
「お帰りなさいませ」
「……トリシアは?」
「ダンジョンへ向かわれました。お会いになりませんでした?」
トリシア達と入れ違いで双子が帰宅した。だが彼女がダンジョンへ行ったと聞いて、急いで部屋へと駆け上がり、武器を持って降りてきた。
「行ってきます……」
「行ってらっしゃいませ。お気をつけて」
双子は無表情だが慌てているのがわかり、それを微笑ましく感じたティアは、珍しく鼻歌を歌いながら掃除を続けていた。自分の主人が人から好かれるのは気分がいい。行き過ぎたものはダメだが。
「お! ティア。なんかいいことがあったのか?」
「お帰りなさいませ。アッシュ様」
「おう! すまんがドア開けてもらっていいか?」
大量の本を抱えたアッシュが定期市から戻ってきた。
「どうぞ」
「ありがとよ!」
アッシュも機嫌がいい。どうやら目当ての本が見つかったようだ。
「お手伝いを」
「大丈夫大丈夫! 手がふさがってるだけって……わりぃ! 部屋のドアも開けてもらっていいか?」
どうやらアッシュはこのままずっとエディンビアにいるつもりらしい。少し前、珍しく酒に酔ったアッシュが昔話をしたのだ。仲の良かった冒険者の話を。
ダンジョンの中で行方不明になってそのまま見つかっていない。もちろんとっくの昔に魔物に食べられているのだと頭ではわかっていても、その事実が受け入れられないままでいた。だから結局、いい働き口を辞めて冒険者としてエディンビアへ戻ってきたのだ。
「ダンジョンから出てきた時、誰も知り合いがいねぇのも寂しいかもしれないからよぉ」
酔った赤い顔で寂しそうに呟くアッシュが印象的だった。
夜になってトリシア達が戻ってきた。今日ダンジョンへ向かった全員が一緒にだ。ティアは1階でピコと一緒に主人の帰りを待っていた。
「皆様、お帰りなさいませ」
「ただいま~! 遅くなっちゃった! ごめんね!」
「お風呂の準備は済んでおります。お食事は?」
「食べたよ! はい! お土産!」
「ありがとうございます」
機嫌のいい主人をみて、どうやら今日のダンジョンでいい成果を残せたことがわかる。
「いやぁ……風呂があって助かる……もう公衆浴場閉まってるし」
ベックが疲れた顔をしてホッと息をついた。彼はイーグルから話を聞いてすぐ、トリシアを探してエディンビアにやってきた。彼女が心配だったのだ。そしてそのままこの貸し部屋に住んでいる。
「グッスリ眠れるし、暖かいし、最高の部屋を作ったよトリシアは」
「もっと褒めてくれていいわよ!」
トリシアはさらに上機嫌になった。
「ルークは?」
エリザベートが思い出したかのようにティアに尋ねた。
「領城に呼ばれているそうです」
「またお兄様ね……」
少しため息をついてティアに礼を言い、部屋へと戻っていった。
ティアのこの生活は、かつて領主の屋敷で下女として働いていた時よりもずっと素晴らしいものだった。奴隷になったにも関わらず……だ。
(あの花瓶……高かったんじゃないかしら)
今日の定期市で乳白色の小さな陶器の花瓶をチェイスが買ってくれたのだ。口の部分が花びらのように綺麗に広がっていた。
そして一度部屋へ戻った後、その花瓶に活ける真っ赤な花も買ってきてくれた。玄関の戸棚の上に飾っているが、明日また置き場を考えようと思案する。
箱型の卓上時計は8時と少し過ぎを指している。フェニックスや小鳥の細工が彫り込まれ、これを捨てた人がいるなど信じられなかった。……見つけた時はボロボロだったから仕方がないのかもしれないが。
彼女は小屋のソファに深く腰掛け寛いでいた。小さなサイドテーブルにはホットミルクが湯気を立てている。ウォールラックにはトリシアが可愛いだとか綺麗だとか、ただそれだけの理由であれこれ買ってきたガラスの置物が飾られていた。それがランプの灯りに照らされてキラキラと光るのを見るのがティアは好きだった。
冬も本格的だが、この小屋の中は少しも寒く感じない。暖炉はないが、代わりの暖房用の魔道具が部屋を穏やかに暖めていた。昔はもうこの時間には薄い布団に包まって寒さを凌ぐしかなかったと、目を瞑って思い出す。
「ティア~! ワインありがとう! 嬉しい~!!!」
主人の喜ぶ声を聴いて、ティアは満足そうに微笑んだ。
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