第7話 親子①

 冒険者ギルドの預金システムには1つ便利なサービスがある。万が一冒険者が死亡した場合、もしくは一定期間冒険者ギルドの利用を確認できなかった場合、任意の相手へ財産を受け渡してもらえるのだ。もちろん手数料は取られるが。


「何でもかんでも手数料ね……」

「運営費はいくらあってもいいですからね!」

「そりゃそうか」


 ギルド内の治療室で職員のベイルと話しながら、トリシアはその書類に細々と記入をしていた。

 これを書くのは3回目だ。1度目は冒険者になりたての頃、彼女になにかあったら財産は全てイーグルに渡るよう記入した。2度目はパーティを追放されてすぐ。その時はトリシアが暮らしていた孤児院に変更した。そして今回は預金以外の財産も含めた移譲先も書類に書き込んでいる。貸し部屋と奴隷のティアの事だ。

 譲渡先はスピンにした。スピンなら全てうまくやってくれるだろうと、まだ付き合いは浅いが信用できたのだ。

 信用という点ではルークでも良かったのだが、彼の重荷になりそうだったのでやめることにした。それにルークにこれ以上の財産はいらないということも知っていた。


「これって前もって決めてないと、預金は全部運営費になるんだっけ?」

「そうです。10年間1度も冒険者ギルドの利用履歴がない場合はそうなります」

「うまくできてるわねぇ」


 以前のトリシアのように、移譲先を相棒やパーティ内の人間に指定するのは実は結構珍しい。この世界、被害者が貴族や王族以外で人の死の詳細を詳しく調べることなどない。なにより冒険者はいつも死と隣り合わせだ。事故に見せかけて……なんて頭をよぎればもう相棒としてやっていけない。だから初めからその可能性をなくすためにあえて避けるのだ。相棒を選ぶ場合でも移譲先について嘘をつくか黙っている場合が多い。

 トリシアはイーグルにキチンと話していた。それくらい彼のことは信用していたのだ。


(まあパーティが全滅したら移譲もなにもないけどね)


「でもほどんどの方がちゃんと決められてますよ」

「そうなの!? 意外だわ」


 そもそも高い階級の冒険者以外で、トリシアのように貯めこんでいる方が珍しいのだ。


「宵越しの金は持たねぇ! ってタイプ多いじゃない?」

「ハハハ! なんですかそれ! 傷痍冒険者のためにって書かれる方が多いんですよ」

「ああ! なるほど……!」


 ギルドの治療室に運び込まれた意識のない冒険者が、治療費を払えない分はそこから補填されるのだ。もちろん細々と利用できる条件はあるが、それで命が助かった冒険者も多い。


「巨大ダンジョンや魔の森の周辺は冒険者ギルドの規模も多いですからね。治療室のある冒険者ギルドに分配されてるんですよ」

「だからヒーラーを厳選してるんだ」

「そうです。冒険者の大事なお金ですからね……粗末にはできません」


 冒険者ギルドの職員は元冒険者も大勢いる。


(組織内の権力者争いとか金の横領とか組織の腐敗って話、意外と聞かないのよね)


 それは契約魔法の恩恵も大きいが、それ以前に冒険者ギルドでの仕事を好きでやっている職員が多い。


 強化スキルのあるボスが討伐され、新しい階層が現れた。まだ新しい階層のボスは確認されていないが、新階層は魔力を持つ植物が多く見つかったらしく、最近は魔法薬界隈が賑わっている。


「ルークさんの感知スキルに引っかからなかったってことはかなり潜んでますね」

「発見までどれくらいかかるんだろ」

「こればっかりは何とも……」


 ダンジョンはボスを倒すことで新しい階層が現れる。そのボスが見つからなければ倒しようもないのだ。1つの階層に何年とかかることも当然ある。


「いよいよヒーラーはお役御免かしら」

「何を言いますか! 即効性においてヒーラーの上を行く薬が出るとは思えません」


 グイルはこぶしを握り、力強くトリシアを励ますように声を上げた。


「それに前回の階層はSクラスの魔物が確認されてるんですよ!? 新階層到達まで皆さん冒険者そりゃあドキドキしっぱなしだって話です」


 確かに常駐ヒーラーの仕事は減ってはいても途切れることはなかった。ただそれは、まだいつも以上にこの街には冒険者が溢れているせいもある。新階層の内容獲物がある程度わかってくれば冒険者の数も落ち着いてくるだろう。そうすればさらにここの仕事は減ってくることが考えられた。


「今回は効果の高い毒消薬が作れそうって話だっけ?」

「そうですね。どうやらその作用が強い植物が見つかったようですよ」


 そして同時に毒にやられる冒険者も多かった。魔草の取り扱いを間違える事故が相次いていたのだ。今は毒消しの薬がかなり売れていて供給が足りなくなっている。


「すみません! 冒険者以外なんですが急患で……!」

「頼む! 助けてくれ!!!」


 まだ若いギルド職員が急に治療室の扉を勢いよく開けた。それに続いて、小さな赤ん坊を抱えた半泣きのガタイのいい男が入ってきた。

 思わぬ患者にトリシアは心臓の部分がキュッとなる。ぐったりと青ざめた赤ん坊が大きな腕に抱えられていた。


「いつから悪いの!?」


 急いで赤ん坊を自分の腕の中に抱きいれる。


「ついさっきだ! 俺の……持ち帰った魔草の毒に触れちまって……! ちょっと目を離しただけなんだ……」


(念のため半日にしよう……!)


 急いで治療リセットすると、赤ん坊の顔色はすぐに良くなっていった。体全体を半日前の状況に戻したので、毒が回っていたとしても問題ない。元気に泣き声を上げ始めた。


(小さい子のリセットは怖いのよ……あっという間に成長するし)


 トリシアはホッと息をついたが、まだ心臓がキュッとなっているのがわかった。いつもよりもドキドキと大きく動いている。

 リセットの期間が短かったから、赤ん坊になんの違和感もないが、リセットの時期を間違えれば大人と違ってかなり見た目に差が出ることがあるのだ。


「あああ! よかった……よかった……ありがとう!……ごめんなぁ……」


 男はポロポロと涙を流しながら優しく赤ん坊を撫でていた。


「あなた、ガウレス傭兵団の……?」


 トリシアは男とレイル達が話しているのを見たことがあった。ガウレス傭兵団の主力の1人だったはずだ。その彼がなぜか王子の護衛の仕事ではなく、まだエディンビアにいた。


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