第6話 領主の末娘
「ティア、トリシアを頼むぞ」
「もちろんです。言われるまでもありませんが」
「もうこれ以上
「忙しい貴方と違って、彼らはご主人様の護衛として十分な働きになっているので問題ありません」
ルークとティアは度々トリシアとの関係性のマウントを取り合っていた。
2人とも、冷静なフリをしながら会話の中に嫌味を盛り込むスタイルだ。
その様子を傭兵のレイルと建築家のスピンが慣れた様子で見ていた。
「そろそろ行くぞー」
気怠そうに声をかけるレイルはルークのお守り役だった。トリシアから離れるのを嫌がる彼をなんとしてでも連れ戻せと厳命されている。
(んなこと言われたって、俺が
レイルは小さくため息をついた。彼らはこれからこの国の第二王子リカルドの護衛に着くのだ。無事王都まで送り届けなければならない。
「傭兵団丸ごと雇うってどうなってんだ」
レイルは急に入った傭兵団の仕事に文句たらたらだった。どうやらエディンビアが気に入ってるらしい。そしてトリシアのことも。
「命狙われてりゃ皆必死よ。リカルド王子を推す家臣もいるって噂あるんでしょ?」
第二王子リカルドはいまだにエディンビアに滞在していた。噂では暗殺者が現れたとか、それで大怪我をしなんて話もあったが真偽は不明だ。
(ルークが城に出向くことが多かったし、何かしらあったのは本当だろうけど)
トリシアは知らないが、ルークはダンジョン攻略後すぐ、他の冒険者や騎士、傭兵と共にすでに護衛についていた。その合間を縫って、ほんの少しの時間でもトリシアに会いに行っていた。今エディンビアにいる高ランクの冒険者がほぼ全員雇われるほど、王子側は不安だったのだ。
「王都から結構な数の兵士連れてきてたぜ? それで足りないってどっかの魔の森にでも行く気かよ……」
手元にいる直属の兵より、金で雇われてる傭兵の方が信用できるとは悲しい話だ。
レイルが所属するガウレス傭兵団だけでなく、傭兵は一度雇われれば決して寝返ったりしない。今後の仕事の信用問題になるからだ。
(結局魔法契約より金の絡む信用の方が上に行くなんてね〜)
契約を魔法で縛ることができれば、逆にそれを魔法で解除することもできるのだ。もちろんかなりのリスクや綿密な計画と資金が必要になるので、こんなことを心配する必要があるのは王族くらいだが。心配するのは過去にそういうことがあったからだ。
「今の王太子もかなり優秀な方という話ですが……王族も大変ですね」
スピンがしみじみと語る。後継者に恵まれすぎるのも大変という、なんとも贅沢な悩みをこの国は持っていた。
「あーあ。トリシアの作った部屋見たかったってのに」
「次来た時寄ってよ! お茶くらい出すからさ!」
トリシアはレイルの言葉に気を良くしていた。貸し部屋に興味を持ってもらえるのはやはり嬉しい。
「……約束だぞ!」
レイルの方はトリシアからのお誘いの言質を取ってニヤリとしていた。
「次にいつコッチで仕事があるかわからねぇだろ」
横耳で聞いていたらしいルークが冷たく言い放つ。
「それでも絶対遊びにくるからよ! 約束だぞ」
もう慣れてしまっているからか、ルークの切り捨てるような言葉などなんのそのだ。
そんなルークは前夜、トリシアにベッタリだった。周囲に見せつけるため、それから自分がいない間、彼女が他の誰かにあらゆる意味でちょっかい出されないように睨みをきかせていたのだ。
「今回の依頼が終わったらすぐに戻ってくるからな! くれぐれも気をつけろよ!」
「わかってるって」
ルークの威を借りている自覚があるトリシアは、素直に答えたつもりだった。
「いいか! 絶対にこれ以上抱え込むなよ!」
彼女の両肩に手を置き、真っ直ぐ目を見て伝えた。彼の心の中は今、心配とヤキモチが2対8ほどの割合で渦巻いている。
トリシアは責任感が強い。本人も自覚していて、それが余計な心労に繋がることもわかっている。だからそもそも責任を負うようなことは避けていた。この街に来るまでは。
「わ、わかってるってば……!」
あまりの真剣さにトリシアは戸惑った。
これほどルークが真剣に言うのはワケがあった。とある1人の曲者が、エディンビアの街の中に解き放たれているのだ。
エリザベート・エディンビア。ここの領主の末娘で、以前トリシアとも会ったこともある。
彼女は領主である親から勘当通告を受けたのだ。理由はこの領の為に行動することを拒否したから、と言うものだった。
エリザベートは第二王子リカルドとの婚約を頑なに拒否した。別にリカルド本人を嫌っていたわけではない。彼とは話も合うし、穏やかで優しげな雰囲気も好きだった。
ただ、彼女は戦いたかった。自分は戦うことでこの領に貢献できると信じてやまなかった。それが王族との婚姻よりよっぽどこの領地のためになると。
「だからとりあえず逃げることにしたのです。婚約から」
彼女の部屋で、悪びれずに脱走のことを話すエリザベートにルークはため息をついた。一度城から逃げ出した彼女は、あれからも何度も脱走しようとあれこれ画策した。王子の護衛の仕事と兼ねて、高レベルの冒険者と傭兵達、兄である騎士団長が代わる代わる護衛という名の見張りをしていたのだ。
リカルド王子が王都に戻る前日、ついにそれも最後になった。
「あら、貴方にため息をつかれるいわれはないわよ」
少し面白そうに口角を上げた。
「貴方だって私との婚約を避ける為に逃げ回ったじゃないの」
「……。」
ばつの悪そうな顔をしてルークは黙り込んだ。
「冒険者になりたいだなんておっしゃっていたけれど、もっと大事な理由を教えてくれなかったなんて不誠実ではなくて?」
ついにはクスクスと笑い始める。
「お兄様はあれからまたあの方に会ったのでしょう?」
「ああ。お前がゴロツキをいたぶった件の口止めが必要だったからな」
トリシアは祭りの後しばらくして領城へ呼び出されていた。そこでエリザベートを連れ戻した報酬の支払いと、エリザベートが悪漢相手に大立ち回りした件を口止めされたのだ。魔法契約まで使って。
「城を抜け出された件はよろしいのですか?」
トリシアは予想外の報酬額に浮かれて踊りだしたいのを必死に抑えていた。魔法契約くらいいくらでも受けて構わないという意気込みをアピールする始末だ。
「そのことはすでに知れ渡っている。今更口止めも出来まい」
やれやれと深く息をついていた。
「……あの見た目だ。妹に夢を見ている貴族は多い。昔から領地のための婚姻を結ぶよう言われ続けていたのに……いったい何を考えているのだか」
エリザベートのあの力は隠され続けていた。貴族の結婚に自由恋愛などほぼありえない。少しでも良い条件、よい家と有利に婚姻を結ぶために教育されていた。
「エリザベート様のお強さも魅力だと思ってくださる方が現れるといいですね」
(あの戦う姿、美しいうえにカッコよかったけどな~。貴族の美意識は私にはわかんないわ)
「……。」
「あ! し、失礼いたしました……余計なことを申しました……」
兄である騎士団長が無言になったのでトリシアは慌てて謝罪した。
「いや、確かにあの強さが嫌厭される方が納得いかんな」
フッと優しく笑った。そこに少しだけ家族愛を見たトリシアは、この領地を治めるエディンビア家の人気の理由がまた1つわかった気がした。
兄と妹が不敵な笑みで見つめあっていた。大きな窓から涼しげな風がエリザベートの美しい髪を揺らす。
「
騎士のような振る舞いで頭を下げたエリザベートは誰よりも勇ましく美しかった。
「領主様の仰せの通りに」
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