第3話 1人目、2人目、3人目

 トリシアがエディンビアに来て5ヶ月が経った。貸し部屋用の建物は順調に改修作業が進んでいる。


「よくもまぁバレないように短期間でこれだけ資材を貯めたな」

「いやぁ今いい魔道具が出てるんですよ~」


 そう言ってスピンは少し大きめのチェーンソーのような物をルークに見せた。この道具でトリシアがスキルで初期状態に戻した建物の床材を何度も綺麗に取り出していた。


 作業を行ったのはトリシア、ティア、スピンと彼の連れてきた作業員達、それから時々ルークだった。

 作業員は主に冒険者や傭兵、兵士として働けなくなった者達だった。冒険者ギルドが運営する施設に日雇いの派遣会社のようなシステムが作られており、冒険者として再起不能になった彼らの再就職先の窓口となっていた。

 今回スピンが連れてきた者達は自身が関わった仕事を口外することを禁ずる強い契約魔法が結ばれている。その分人件費も上がるが、どう考えてもスピンとトリシア、そしてティアだけでどうこうなる量ではないのでスピンがあらかじめ解決方法を考えてくれていたのだ。


「実力も人柄も親方お墨付きのメンバーなので大丈夫です! なんと言ってもこのメンバーはうちの工房と直接雇用の交渉まで始めてますからね」


 スピンは心配するルークのあしらいも上手くなっていた。


「貴族や商人が絡む建物の仕事だってあるからなぁ。金庫付近の作業なんてだいたいが重労働だぞ。人数いるんだよ」

「まあ誰とは言えんが、秘密があるって人間はそれなりにいるんでな」

「喋れば文字通り俺らの首が飛ぶからよぉ。その辺は安心していいぜ」


 作業員達は慣れた様子で、毎日不思議と新たに現れる床や柱を取り出すために現場に入っていった。


「それじゃあ改修、よろしくお願いします!」

「はい! 任せてください。皆さんお気をつけて!」


 そうしてトリシアが揃えられる資材が集まった頃、エディンビア領の騎士団、傭兵団、そして冒険者そろい踏みのダンジョン攻略作戦が決行された。


「ダンジョンの1つの階を攻略するだけでこんなに大変なんですね」


 ダンジョンの入り口近くに作られた救護室代わりのテントから、ティアは目を丸くして兵士達を見ていた。トリシア達冒険者ギルド常駐ヒーラーは、これから2週間ほどここが拠点となる。


「今回は相手が悪いからね。冒険者の街エディンビアとしても強すぎる敵は困るのよ。魔物の素材が取れないのは死活問題だし」


 ティアは穀物地帯の小さな領で暮らしていた。冒険者とは無縁の生活だったためか、いまだに驚くことも多いようだ。この頃にはすでに顔の傷も綺麗に治し切っており、彼女が女子爵の夫に見初められた要因がよくわかるようになっていた。


「よぉティア! お前も来たのか!」

「ティア! トリシアにいじめられたら俺のとこ来てもいいんだぜ」


 バター色の柔らかい金髪はまだ短い。大きな淡いブラウンの瞳にすらっと長い手足。背筋もピンと伸ばして歩いていた。奴隷印が見えるにも係わらず、あっちこっちから声を掛けられる。


「あんた達、ティアに指一本触れたらもう二度と治してやらないからね!」

「わかってるよぉ~そんな怖い顔すんなって!」


 冒険者達はトリシアの背後から感じるS級の男の気配を思い出した。すでにエディンビアの冒険者界隈ではトリシア関係にちょっかいを出してはいけないという暗黙の掟が周知されているのだ。


「母が行儀作法に厳しい人だったのです。そのおかげで領主の屋敷で働けたと思っていたのですが……」


 かなりの美貌の持ち主にも関わらず、ティアは決してそれを鼻にかけることはなかった。真面目で実直でとても律儀だった。


「ご主人様、お部屋は整えておきました。いつでもお休みいただけます」

「やっぱり初日は仕事なかったわねぇ」


 この『ご主人様』呼びにはいまだに慣れないトリシアだったが、好きに振舞ってとした結果なので、今更やめてくれとは言えないでいた。


(その呼び方やめて! って言ったら命令になっちゃうし……)


 トリシアは主と奴隷の関係だけでなく仲良くなりたかったがなかなかそうはいかない、ということを実感していた。


 もうあたりもだいぶ暗い。だが絶え間なく冒険者達がダンジョンを出入りしていた。魔物の買取所も西門の外にテントを張って24時間体制になっている。


「トリシア~交代だぞー」


 同じC級ヒーラーのチェイスだ。先月エディンビアにやってきたトリシアと同じソロのヒーラーだった。


「23歳まで自由! その後は実家の治療院を継ぐって約束で冒険者やってたんだよ」


 その約束まであと半年。ちょうど別の街に拠点を動かすタイミングで、前に所属していたパーティと涙涙に別れたと、思い出してまた泣きながらトリシアに話した。その後トリシアがエディンビアにやってきた経緯を知り、ただひたすらに謝り倒したというエピソードのある男だ。


「アッシュさん大丈夫かな」

「いやぁ~あの人、ヒーラーじゃなくて双剣使いとしてもかなりの実力だって聞いたぞ」


 アッシュは今回、騎士団と同行している。自身を守る術を持つ強力なヒーラーはとても貴重だ。


「せっかくご主人様がお作りになる部屋に入られるのです。生きて帰っていただかなくては」

「えっ! 例の部屋予約できんの!? 俺も俺も!」


 幸先いいスタートだった。すでにルークは1年分の部屋代まで払っており、アッシュは部屋の図面を見ただけでどの部屋に入るか決めていた。


「俺さ~ギルドの宿泊所満室で入れてないんだよ……」


 今エディンビアは冒険者と商人で溢れていて宿泊所が足りていないのだ。チェイスはそれなりに常駐ヒーラーで稼ぎを得ながらも、冒険者宿の大部屋のすし詰めの中で寝るしかなかった。


「最後に冒険者宿を堪能しては?」

「それはもう十分味わったよ~」


 ティアは無表情のままチェイスの目を真っ直ぐに見つめていた。


「ご主人様のお作りになる集合住宅では夜の商売をされている方の連れ込みは禁止です」


 トリシアもティアもチェイスが毎晩のように女性に声を掛けたり、娼館に通っているのは知っているのだ。


「そ、そんな真っ直ぐな目で言わないでくれよぉ! 少しでも快適に眠りたいだけなんだって!」


 必死に訴える彼を見てトリシアは笑った。


「ちょっと条件はあるけど快適な部屋を作ってるつもりなんです。よければ明日またこの話しましょ。おやすみなさい!」

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