第2話 管理人②
予想通り、トリシアが奴隷を買ったことを知ったルークは驚愕していた。だが苦言を呈される事を覚悟しながらファイティングポーズをとって構えているトリシアを見て、言いたい言葉の8割りを飲み込んだ。
「奴隷なんか抱えて大丈夫かよ……」
「……あの時無視するよりはよかったと思う」
ルークは彼女の性格がわかっていた。奴隷の主人としてきっちりと、そして必要以上の責任を抱え込むだろうと。ほかの多くの奴隷の主人のように、非情にはなれないことを。所有物として扱えないことを。
ため息はついたが、トリシアと奴隷の魔法契約を引き受けた。スピンの時と同じくトリシアの秘密を絶対に他に漏らさないという内容だ。奴隷はその後も売買出来る物だ。その時に備えて事前に手を打つには別途個人的な契約魔法をかける必要があった。
トリシアはすでに奴隷の顎やのどの周りの治療を終えていた。彼女は久しぶりのまともな食事を涙を流しながら味わっていた。
「そんでこいつの寝床はどうするんだ?」
間もなくあたりは真っ暗になるであろう時間だった。
犯罪奴隷は家の中に部屋を与えらなかった。それは法で許されなかったのだ。たとえ有力者やその親族が犯罪奴隷となったとしても、通常は粗末な物置小屋のような空間が彼らの寝床とされた。
「とりあえずスピンさんのとこの倉庫に置いてもらえることになったの。貸し部屋の庭に小さな小屋も作ってもらうことにしたわ」
「お高い魔道具付きのか?」
いつものように彼には全てお見通しだった。
「さぁー! 明日からまたきびきび働くわよ!!!」
だからいつものようにトリシアははぐらかすしかない。
奴隷の名前はティアと言った。年齢は19歳で、女子爵の屋敷で下女として働いていたところ、子爵の夫に見初められてしまった。
「もちろん、強く拒絶いたしました。
だが結局、嫉妬に狂った女子爵によって顔を焼かれてしまった。炎の魔法で。屋敷中を逃げまどい玄関ホールに繋がる階段で
「ちょうど玄関に他家の貴族がいらしていて、子爵が先に手を出したところを見られていたおかげで死罪だけは免れましたが……」
トリシアは奴隷になった経緯について嘘をつかないでとお願いしている。だから彼女の話を聞いてとてつもなく苦しくなった。
「倉庫の扉は内側から鍵をつけときましたからね! 安心して寝てください」
スピンが気を聞かせてくれていた。トリシアはあえてまだ顔の傷は治していない。変な輩に狙われる確率を少しでも減らすためだった。
「ありがとうござ……い……ます……」
ティアは再びはらはらと涙を流しながらお礼を言った。このような人間的な扱いをされたのは久しぶりだったからだ。トリシアはスピンが
「おかげ様で
などと冗談を言いながら笑っていたが、
「僕達も仕事で奴隷を使うことがありますからね。本当の罪人かどうかはわかりますよ」
いつも通り、穏やかな笑顔だった。
「じゃあ今日はとりあえずゆっくり休んでね。明日朝またくるから。ちゃんと鍵はかけてね!」
トリシアは久しぶりに誰かの面倒を見るせいか、後から後から気になることが出てきている。
「寒くない? 何か軽食置いとく? あ! 水を用意しとかないと! 着替えはまた明日予備を」
「そろそろ休ませてやれよ……」
それをルークがやっと止めたのだった。
「……ご主人様に救っていただいた命の御恩、一生をかけてお返しいたします……!」
改めて深く深く頭を下げるティアだった。
「いやいや! 私はあなたを従業員の1人として雇ったつもりでいるから! 必要以上にかしこまらないでね」
そういうわけにはいかないのはわかっているが、そういうことにしておきたいのだ。
ティアを買った最初の1時間は、やってしまった……と後悔という単語が何度か頭に浮かんだトリシアだったが、夜寝る前になるとそんなことはもう思わなくなっていた。
(考えてみれば絶対に裏切らない味方が出来たってことだもんね!)
長い年月を使って積み上げてきたイーグルとは違い、強制力が働いている関係だが。それがわかっていない彼女でもない。それでも新たに出来た関係をきっといいものにしようと思えたことが嬉しかった。
トリシアはティアが恐怖で震えながらも、決して不当な罪を認めなかった強さを気に入っていた。女子爵に立ち向かう
そうして、トリシアが作り上げる貸し部屋に住む人がまた1人決まったのだった。
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