第4話 双子①
ダンジョンのボスは無事に討伐された。身の危険を感じたボスが全力で強化スキルを使い、ありとあらゆる魔物達をより凶暴凶悪へと仕立てた結果、次から次へと救護所へ冒険者に傭兵、兵士がやってくることになった。
「相手も生き残るために必死になるからなぁ」
「強化スキル怖すぎだって……」
トリシアの手当を受けながら傭兵のレイルや冒険者トッド達がしみじみと話した。だがそれぞれ今回はいい収入になったようだ。生き残った者達はしばらく羽振りよく暮らせる程潤っていた。もちろんトリシア達もだ。
「ヒーラーがこれだけ儲かれば積極的に回復術を極める魔術師も増えそうよね」
「命もかけずにこんなに儲けていいのかな……」
「その罪悪感、わかる……!」
チェイスとトリシアは忙しい治癒室の中でそんな会話を繰り広げていたのだった。
大きな戦功を上げたのは予想通り領主の息子であるエドモンド・エディンビア騎士団長、傭兵団のギルベルト・ガウレス団長、そしてS級冒険者ルーク・ウィンボルトだった。
「もうあいつらが怪物だろ。怪我もなしって……味方でよかったぜ」
だが一方で全く予想だにしていなかった冒険者パーティが名を上げた。E級冒険者パーティのドラゴニア姉弟だ。姉のリリと弟のノノは最近冒険者になったばかりだが、それぞれがA級に匹敵する戦闘力を持つ上に、抜群のコンビネーションで強化されたSクラスの魔物を討伐した。
「でもアイツら不気味だよな」
「話してるとこ見た事ねーんだけど」
冒険者達にとっての気になる存在にはなったが、どうにも話しかけずらかった。
「全然強そうに見えないのにな。気配を隠すのがうまいのか?」
「そうそう、強いやつ特有の雰囲気を感じねーんだよ」
綺麗な深緑の瞳を持った姉弟だった。年齢はトリシアと同じか少し下くらいに見える。
彼らは他の冒険者と交流することもなかった。姉弟で会話している姿も見かけた者がいないくらい寡黙だった。唯一彼らの声を聞いたことがある冒険者はトリシアだけと言っても過言ではない。
「……ありがとう……」
彼らは痛がるそぶりなど全くしていなかったが、それぞれ腕と足に大きな裂傷を負っていた。それを治療するトリシアにボソリと、だがちゃんとお礼を言ったのだ。
既に話題の的だった姉弟はどうやら大体のことはアイコンタクトで済ませているのだとトリシアは理解した。
「やはりもう少し長目に撹乱すべきだった……思ったより敵の持ち直しが早かった……」
「うん……次に活かそう……」
小声の反省会が聞こえてきた。姉弟間でもどうやらボソボソとした会話らしい。
「出自が怪しすぎて騎士団も声はかけてないらしいぞ」
実力がある冒険者は騎士団や傭兵団からスカウトがかかることがあるのだ。あの姉弟はあれだけの力がありながら冒険者になる以前、どんな生活をしていたか誰も知る者はいなかった。
トリシアがそんな姉弟に懐かれるのはそれからすぐの事。
その日はいつもの定期市だった。その日はまだエディンビアの街はボスの討伐に湧いている上、無事新たな階層が現れたことによりお祭り騒ぎだった。
「
小さな領出身のティアにとってはビックリするような賑わいだった。
「そのはずだけど……今日は本当にすごいわ! こりゃゆっくり周れそうにないね」
「そうですね……」
「そろそろ寒くなるだろうし、古着だけ見に行こっか」
目当てはいつものように古い家具だったのだが、どうやら今回その手の店は出ておらず、いつも以上に冒険者向けの店が多く出店していた。
「ちょっとお客さん! 困るよ!」
ドスを効かせた声がトリシア達のところまで届いた。そこには見た事のある人物が3人。たまに定期市に他領の特産品を出店している店主と例の双子だ。
リリは斧を、ノノは#
「うちの商品を壊されちゃたまんないよ! きっちり払っていってもらわないと!」
「……いや……私達の武器は……当たっていない……」
「そんな大きな武器持って! ちゃんと気を付けてくれなきゃ!」
「……いや……そんな……」
店主は姉弟の声が聞こえていないかのように、高圧的な態度で一方的に文句をつけている。
「げっ! あのオヤジまたこの街に来たばっかの冒険者を食い物にしてやがるな!?」
「くそ~助けてやりてぇけど証拠がな……」
「あれで元冒険者だっつーんだから世も末だよ……」
Sクラスの魔物を倒した冒険者2人の見た目は初々しさが残っている。駆け出しの冒険者だとカモとして目をつけられてしまった。実際、恰幅のいい店主の男に怒鳴られてオドオドとした態度になっている。怖がっているというより、どうしていいのかわからないといった様子だ。
地面に落ちているのは小さな香水瓶だった。中身が漏れ出ているのが見える。
(あの男! また性懲りもなく!)
トリシアも一度同じ店主に因縁を吹っ掛けられたことがある。その時は店主とトリシアの怒鳴りあいの喧嘩になり、その騒動を聞きつけたルークの姿を見て、店主は一気に下手に出た。それ以来しばらくおとなしかったその店主は、この混雑した状況ならいけると踏んだようだ。
「ご主人様! いけません!」
トリシアは不機嫌な顔をして、その露店の方へずかずかと歩き出していた。ティアはトリシアが双子を助けに行くのだと思ったのだ。
「……このような人がいるところでご主人様の
心配と顔に書いてあるかのような表情にトリシアは笑った。
「あはは! 使わないよ~こんなとこで!」
それこそ最近は急激に彼女の秘密を知る者が増えていたが、生れてこの方このスキルを隠し続けた癖は変わらない。落ちた香水を
それにトリシアは双子を助けに行くつもりはなかった。ただあの店主にまた文句を言わずにはいられなかったのだ。
(前世のクソ上司と似てるせいか余計にムカつくのよね!)
トリシアだって、生まれ変わってまでそんな男を思い出したくはなかった。
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