第9話 家賃①
「んで、昨日どうだったんだ?」
「スピンさんのおばあちゃんのミートパイは最高」
ルークの問いかけに、トリシアは真面目な顔をして答えた。
エリザベートの成人を祝う祭り当日。ルークによると昨日城からいなくなった本日の主役は今、厳重な監視下の元にいるらしい。
トリシアはギルドの治療室にいた。今日は常駐ヒーラー4人全員で交代しながら対応している。と言っても昨日から急激に利用者は減っていた。冒険者は祭りの為にダンジョンへ行っていないのだ。
「俺も食いてえ」
「城で豪華な食事してきた人がよく言うわ!」
「今度スピンに俺も食いたいって言っといてくれよ〜!」
ルークは笑いながら自分の要望だけ伝えた。
「んで?」
「大まかな外観と部屋数だけ決めたよ!」
「ちゃんと儲けが出るよう考えてるだろーな」
今度は笑っていない。以前トリシアが、
「家賃? あんまり高いと人集まらないじゃん! 予算内で出来上がればそれ以上お金かかることないし~壊れても汚れても自分で
などと舐めた発言をしてから、口を酸っぱくして利益のことを言うようになったのだ。
「わかってるってば! 不労所得での生活が夢なのよ!? ちゃんと払うものは払ってもらうわ!」
広がっている図面を見てルークは驚いた。通常の貸し部屋にさらにゲストルームと書かれた部屋が各階に1部屋ずつある。
「ゲストルームって……冒険者向けの家なんだろ?」
冒険者のゲストってなんだ? パーティメンバーか? と、深く突っ込まれ始めたのでトリシアは急いで話題を逸らす。
(ゲストルームがある集合住宅って高級マンションみたいでなんかカッコいい! なんて言えない……)
倉庫を大きくしてもよかったのだが、なんとなく味気なかったというのもある。
「あって困らないわよ! 全然利用がなければそこも貸し部屋にするわ」
各階に貸し部屋は3室、さらにゲストルーム、それから倉庫を作る予定だ。この倉庫は住人が生死不明になった時の荷物置き場になる。
(出来れば使わずに終わりたいわね)
だがそれは無理なことを同じ冒険者であるトリシアは知っている。
「部屋数、かなり減らすんだな」
「ちょっと迷ったけどね。私が住みたい部屋ってのから始めたから。冒険者宿と違いを明確にしたかったし」
まさに日本で言うところの1LDKの間取りだった。孤児の時は大部屋で、冒険者になってからはベッドルームだけで完結する世界で暮らしてきたトリシアのささやかな願望だった。
(まぁ自分の居住スペースはそれ以上にやりたい放題だけど!)
「よく見ると少しずつ部屋の中が違うな」
「そこはまだ決まってないけどね。予算とか工期を考えてベースはだいたい同じ感じにするかも」
「どの部屋も入り口のすぐ側に風呂か」
ルークがかなり詳細まで確認し始めてトリシアはドキドキし始めていた。そして予想通り、気づかれてしまう。
「お前……こんな……魔道具がいくらすると……!」
図面をマジマジと見るとあちこちに魔道具と思しき名前が書き込まれてある。
コンロ、流し台、保冷庫、洗面台、風呂、トイレ……冷暖房機。他にも小型の魔道具の名前がちょこちょこと。
目を見開き、信じられない、正気か? と言いたげな顔でトリシアを見た。
「うっ! そんな目で見ないでよ~! スピンさんが中古の魔道具に当てがあるって言ってたし……」
中古どころか壊れていたって構わない。部品取りだけして廃棄される物があるらしく、スピンは今そちらを見に行く手配も進めてくれていた。
「風呂トイレは前々から言ってたから想像はしてたけどよ……冷暖房機って……」
シュンとしているトリシアをみて、ルークは言葉を続けるのをやめた。
「……いや、お前の家だ。俺がどうこう言うのはなしだな」
だがトリシアはそれをルークに見放されたと感じた。
「やだやだ呆れないで~! ちゃんとした位置から見てくれる人も必要なのよー! 私とスピンさんじゃどうも暴走しがちで……」
実際昨日はあれもいいこれもいいのお祭り騒ぎだった。とても楽しかったが、予算には限りがあるし、話がまとまらないのも困るのだ。
ルークはホッとした。トリシアにはいつも楽しそうにしていて欲しい。そして同時に頼られたことがとても嬉しかった。
「じゃあ冷暖房機の必要性を説明してくれ」
どこかの面接官のような態度にトリシアは笑った。
エディンビアには四季がある。夏は暑いし、冬も寒くなる。だが夏場に前世の日本のような熱帯夜になることはない。冬場は雪がたまに積もる程度で、極寒というほどでもない。
通常の家は夏は夜風を入れてやり過ごすし、冬は火鉢などで暖をとる。
だからルークはここまでの設備は必要ないと言いたいのだ。
「今は全館にダクトを通して建物を冷やしたり暖めたりする魔道具もあるらしいんだけど、ほらこの建物、
(こう言うこと考えると私のスキルも万能とは言い難いのよね)
もちろんスピンとは少しずつ、部分的に建物にリセットをかけて作り変える方法も考えたが、作業するのはスピンだけではないし、かかる日数を考えたら現実ではなかったのだ。
チラリとルークの方をみて反応を確認する。そう言うことじゃない、という表情が読み取れたのでトリシアはもう気持ちを曝け出すことにした。
「……超快適な部屋にして私の作る家を大好きになってもらいたいの!!!」
「なんか物で釣ってる感じにならねぇか?」
「そうだけどいいの! ……でも予算的に無理だったらこれは諦めるわ……」
(最悪コレは後から買っても別に問題ないし)
他の魔道具も同じように必要な理由を口に出していった。そうすることによって魔道具に優先順位をつけたのだ。
「調理場関係は後ろにきたんだな」
「意見割れたしね! 設置するのも半分の部屋にするか迷ってるの」
トリシアは今、頭の中がスッキリだ。今まで楽しいオモチャで頭の中がごちゃごちゃになっていたのを、綺麗に片付けた気分になった。
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