第8話 打ち合わせ

 初めての打ち合わせはスピンの実家でおこなわれた。トリシアが買った建物も近いので、イメージが難しい場合すぐに現物を見に行けるからだ。


「今日は前回教えていただいたお話を元に外観の素案と簡単な間取り図を書いてきました」


 スピンが広げる大きな紙を見てトリシアは胸がドキドキしてきた。


「外観にこだわりはあまりないとのことだったので、元の状態からあまり変わりがないのですが……その、ここだけは大きく変えていまして」


 予算を知っているスピンは色々と考えてくれたようだった。


「あぁ! 窓が大きくなってる! いいですね! ルークが喜びそう」


 各部屋についた窓は縦長に大きく、今はない小さなバルコニーが付いていた。


「そうよね! せっかく眺めがいいんだし」

「そうなんです。ただその」

「お金かかりそう~~~……」

「……はい」


 だがもうこの絵を見ると、これ以外考えられなくなってきた。


「宿屋との違いを出そうと思ったらこういうのあったら良いわよね」

「高級な宿屋にはあったりするんですけどね。僕も縁がないので泊まったことはないんですが、一度補修に入った時にこれは良いな~と記憶していたのを思い出して」


 トリシアは腕を組み目を瞑って、あの建物の姿を想像する。


「採用!」

「え!? もう決めちゃっていいんですか!?」


 スピンはまさかこんな序盤にトリシアが決めてくるとは思わなかったようだ。すでに大量に書かれた願望アイディアノートを見ている。


「予算の振り分け考えないといけないですしね。大きくお金かかるところから決めてしまおうかと」

「……わかりました!」


 スピンは自分の案が採用されてとても嬉しそうだ。


「1階はやっぱりあの空間を残したいと思ってて。とりあえず入居者のフリースペースにしようかと思ってるんですけど」

「……僕に気を使わないでくださいね。もうあの建物はトリシアさんのものなんですから」


 とても真面目な顔だった。トリシアは本当にスピンが真剣にこの仕事に取り組んでくれていると実感する。


「まぁまぁ、そんな寂しいこと言わないで~! ……1階あまりいじらなかったら予算は抑えられます?」

「あはは! それはそうですね」


 大家兼管理人になるトリシアは、部屋数を迷っていた。あまり多くても管理しきれないと判断し、1階にも部屋を作る案は早々に外していた。


(ピンとくるものがない時は急いで決める必要ないわよね)


 そうやってトリシア達が打ち合わせをしていると、扉をノックする音が聞こえた。


「どうだい? 良い家になりそうかい?」

「ちょっ! ばぁちゃん! 来ちゃだめだって言ったじゃないか!」


 美味しそうな匂いのするお茶を乗せて、スピンの祖母がやってきた。


「友達じゃなくてお客様なんだから!」

「なら余計にちゃんとしたおもてなしをしなさいな」


 スピンの実家には彼の祖母が住んでいた。両親は既になく、彼はこの祖母に育てられたのだ。


「ありがとうございます! いただきます」

「すみませんねぇ……孫にちゃんと言ってたんですけど……スピン! おかわりもちゃんと出さないかい! ……たいしたお構いもできませんで」


 年齢のわりにシャッキっと背筋が伸びた人で、トリシアは内心とてもカッコいいと思っていた。

 スピンの祖母はあの建物が現役だった頃を唯一知っている人物だ。彼女の父親まであの宿屋をやっていたのだから。


「出来上がったら見に来ていただけますか?」

「まぁそんな! なんて素敵なお誘いかしら! ありがとうございます。是非伺わせてください」


 とても嬉しそうに微笑む姿がスピンそっくりだった。


「すみません……祖母にまで気を使っていただいて……」


 スピンは恐縮していたが、同時に喜んでいるのもわかった。


「1階を開放するなら2階に別の入り口を作りますか?」


 この建物は入ってすぐの所に階段がある。その隣に作り付けられたようなカウンターがあった。おそらくフロント代わりに使われていたのだろう。


(これは撤去しても良いわね)


 トリシアは階段を登った所に1枚大きな玄関ドアのようなものを作るつもりだった。今後1階がどんなスペースになってもいいように、空間を分けたかったのだ。


(入り口を2箇所か~考え付かなかったわ)


「入り口が多いと鍵の数が増えちゃいますよね?」


 1階玄関、2階の居住スペースの入り口、それから別の入り口を付けるならそこも。更に各自の部屋の鍵。


「そうですね~1階と2階の鍵を同じにすると言う手もありますし、最近魔道具で何桁か番号を入れたら……従来の数字を左右に回転させるタイプではなくて数字を押すと開くタイプの鍵もでたんですよ~だいぶ手軽ですよね」

「え!?」


(暗証番号だ……)


「その開発者ってご存知ですか?」

「えーっと確かあの有名な」

「クラウチ工房?」

「そうそう! それこそ魔道具のトイレとか発明したとこですよ!」


(まだ生きてる)


 同じ世界からきたと思われる魔具師がまだ現役でいるとわかって、トリシアは静かに興奮した。


「クラウチ工房ってどこにあるかわかんないんですよね?」

「そーなんですよ! 展示会の時も代理店が出るみたいですし。流石お詳しいですね」


 詳しい理由は理想の貸し部屋を作るためではないのでトリシアは曖昧に笑って答えた。


「いつか行ってみたいですね~王都である展示会!」

「……ですね!」


 トリシアの次の目標が決まった瞬間だった。


(貸し部屋経営が軌道に乗ったら展示会を見に王都に行こう!)


 そして今度こそ例の魔具師に会おうと決めた。


「で、部屋数なんですけど……」


 楽しいことはまだまだ待っている。


(追放されてよかった! なんて言ったら負け惜しみに聞こえるかな)


 スピンとの最初の打ち合わせは結局夜で続いた。

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