第7話 祭りの前日②

 冒険者ギルドはさっきトリシアが彼女を見かけた辺りのすぐ近くにある。おそらく祭り道具を運び込むたくさんの荷馬車に隠れて見えなかったのだろう。


(ここにいるよりギルドに連れてく方が安全ね)


「ではご案内いたしましょう」

「手間をかけます」


 それが当たり前の事ではあるけれど、下々の者への感謝は決して忘れないと言う態度だ。


(こ、高貴~~! こりゃその辺の貴族じゃないぞ!?)


 優雅な振る舞いにトリシアは戸惑った。先程剣を振るっていたのは同じ人物だろうか。


「貴女、冒険者なの?」

「はい。ソロの冒険者でございます」


 大通りを歩きながら、トリシアの胸元で揺れる銀色のタグをみて気がついたようだった。


「では、いくつか伺ってよろしいかしら」

「私程度でお答えできる事でしたらなんでも」


(なになになに!? 私が貴女のこと聞きたいわよ!)


 相手が何者かわからずトリシアは内心ビビっていた。明らかに年下の少女ではあるが、お貴族様だし何よりべらぼうに強い。表情も読めなかった。

 

「貴女、強くもないのにどうしてわたくしを助けたのです?」

「助けたなどと……貴女様お一人で賊を片付けられたではありませんか」


(あれで助けたカウントしてくれるの!? 気前いい~)


 態度は随分偉そうだが、内面はとても良い子なのだと感じた。


「貴女が怪我をしたかもしれなくてよ?」

「ご心配いただき恐縮です。これでも一応C級という階級をいただいておりますので、あの程度のゴロつきであればなんとかなると踏んだのです」

「まあ! 貴女がC級!?」


 まさかといった表情で目を丸くして驚いていた。トリシアは素直な反応に笑ってしまいそうになる。


「C級の回復師ヒーラーではございますが、我が身を守る術は心得ておりますので」


 トリシアの返答を聞いて、少女の表情がすぐにまた先ほどの無表情へと戻った。


「なるほど。合点がいきました。私の想像がたりませんでしたね。ソロのヒーラーがいることを失念していました。どうか気を悪くしないで」

「気になどしておりません。そのようなお気遣いだけで光栄でございます」


 そして今度は少し眉をひそめて聞いてくる。


「貴女……どこかの屋敷勤めでもしていたのかしら? 冒険者にしては随分振る舞いが整っているようだけど」

「いいえ。ただの孤児でございます。この振る舞いは見様見真似でございますので、失礼がありましたら申し訳ございません」

「……やはり私の身分はわかりますか」

「恐れ入りますが……」


(今更!?)


 どうやら隠せていると思ったようだ。相変わらず表情があまり変わらなかったが、失敗してしまったと少ししょげているように見えて、トリシアは微笑んだ。


「あら……」


 冒険者ギルドの前には人だかりができていた。エディンビア領の兵士達だ。それに冒険者達も。ルークの姿も見える。こちらを見てギョッとしていたのがわかった。


「エリザベート様!!!」


 兵士達が血相を変えて駆け寄ってきた。


(まさかと思ったけど、そのまさかだったか……)


 なんとなくそんな気はしていた。だがまさか明日の主役がこんな所でこんなことしているとは思わない。


(ん?)


 兵士達が敵意を向けてコチラに迫っていたのだ。明らかにトリシアが狙われている。どうやら人攫いと思われているのだとわかった。


「げぇ! ちょっと!」


 その瞬間、体が宙に浮いた。


 いつの間にか兵士を追い抜いたルークに抱きかかえられていた。


「てめぇら何してんのかわかってんのか」


 静かな声なのにあたりに響き渡った。


「誰を敵に回すか考えて動けよ」

「ちょっと! 降ろして!」


(恥ずかし~~~!)


 兵士達は無意識に恐怖で体がすくんでいた。冷や汗かダラダラと流れる。


「この方は恩人です。敵意を向けることは許しませんよ」


 エリザベートも静かに言ったが、兵士達は彼女からもプレッシャーを感じたようだ。涙目になっている者までいる。


「兵を威嚇をするな。お前が城を抜け出したせいだろう」

「……あら、お兄様もいらしていたの」


 エリザベートの兄は髪色に瞳の色、さらに雰囲気まで彼女にそっくりだった。


「ワガママな妹を連れてきてくれて感謝する。失礼をして申し訳ないが、急ぎ城へ連れて帰らねばならないのだ。後ほど改めてお礼をさせていただきたい」


(お礼来たー! 良いことはしておくものね!)


 実はトリシアはそれを期待していた。なんたって彼女も本来は収入が不安定な冒険者。報酬が出るならもらうに決まっている。


(出たらラッキーだとは思ってたけど、思ったよりずっと期待できそうね!)


「そんな……当たり前のことをしたまでですので」


 ルークに降ろしてもらい、それらしい発言をするが、頭の中はルークにバレているようで白けた目を向けられた。


「いや、おかげで誰も傷付かず妹を確保できた。兄として、この領の騎士団長として感謝する。ありがとう」

「まあ。人を魔物がなにかのようにおっしゃるのね」


 静かに睨み合う兄妹だった。


「貴女、名前を聞いていませんでした。教えてくださる?」

「トリシアと申します」


 丁寧に頭を下げる。令嬢ではなく、騎士のような礼の仕方だ。これで少しはC級冒険者に見えるだろうか。


「トリシア、世話になりました。また会いましょう」


 そうしてエリザベートだけでなく兄の騎士団長にまで頭を下げられ、トリシアは恐縮した。


(孤児の冒険者相手に頭下げるの!? こりゃ領民から人気があるわけだ)


 では。と、馬に跨り颯爽と城の方へ去っていった。本当に急いでいるようだ。


「あ、そう言えばさっきエリザベート様がゴロつきボコってたんだけど……」


 騎士団長が誰も傷付かずと言っていたが2人ほどやられていることを思い出した。


「は!? お前怪我は!?」


 ルークが慌てている。


「ど素人くらい捌けるわよ」

「いーや。怪しいね!」


 結局彼女の目的がなんなのかわからないまま終わった。ルークに聞いても、


「魔法契約してっから話せねーんだよ」


 と言われてしまったのでどうしようもない。


「まぁいいわ! じゃあスピンのとこに行ってくるね」

「おう。気をつけて行けよ」

「あ! 騎士団長さんっていつ来るかな!?」


 領主の娘の面倒をみたのだ。それなりに期待できる。これから行く打ち合わせの予算を増やせるかもとトリシアは皮算用していた。


「お前な~……早くて明後日だ。俺が話しとくよ」

「ありがと!」


 トリシアはご機嫌にかけ出した。思わぬ幸運に巡り会えたことを素直に喜んだのだった。


 

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