第6話 祭りの前日①

 待ちに待ったスピンとの打ち合わせの日がやってきた。


(まだ初回だし、何度も打合せしてから決めるのが当たり前って言ってたから……いいわよね?)


 トリシアの鞄の中にはたくさんの願望が書かれたノートが入っている。


(今更引かれたりしない……よね!?)


 最近、自分は浮かれているという自覚があった。フワフワと浮足立っていた。柄にもなくガツガツと自分から仕事を取りにもいったのだから相当だ。


(まだ時間あるけど、ちょっとカフェ行って今日言いたいことだけまとめ直そう)


 そんなことを考えながら部屋の扉を出ると、目の前にルークが立っていた。


「うわあ!」

「おっとわり……!」


 ちょうど扉をノックする直前だったようだ。


「何だもう行くのか? スピンとの打ち合わせは昼からだろ?」

「ちょっと打ち合わせ内容確認しとこうかと思って」


 トリシアはお茶を飲む真似をした。それでルークには伝わったようだ。


「俺、今日は城に呼ばれてっから行けねぇけど」

「来る気だったの!?」

「……いいじゃねーか! 俺だって気になるんだよ!」


 少し顔を赤らめて主張する。どうやら本人も自分が買ったわけでもない物件の打ち合わせにまで行くのはちょっと変だと思ったようだ。


「俺の部屋どうなるか決まったら教えろよ!」

「はいはい」


 そう言って行ってらっしゃいと見送った。



(とりあえず部屋数と魔道具のことを相談しよう。予算がかなり変わってくるし)


 中央広場に面したカフェのテラス席は今日もとても気持ちがいい。

 

 トリシアはたくさんの屋台やテントが張られていく広場の様子をのんびりと眺めていた。沢山の花が鮮やかに飾り立てられていてどんどん広場が華やかになっていく。

 

 明日はエディンビア領主の末娘エリザベートの成人を祝う祭りなのだ。

 祭り用の荷物もたくさん運び込まれていて、馬車や人ですでに大賑わいだった。


「エリザベート様はあんまり表に出てこないからなぁ。明日は楽しみだ!」


 同じようなことを言う人をトリシアはここ最近しょっちゅう見かけた。エディンビアの領主は評判がいい。その子供達も領地の為にしっかり働いていたので、領民達には人気があった。


(1階をどうするかは早く決めないとダメよねぇ)


 腕を組んで考える。どうしてもこれが決まらなかった。なんとなくあの部分をただの部屋にするのはもったいないような気がしたのだ。スピンから建物の歴史を聞いたからかもしれない。


(おお……綺麗なプラチナブロンド)


 先ほどからトリシアの目の前を何度も同じ女の子がウロウロしていた。真新しい冒険者の服を着てる。なんと腰に大きな剣まで携えて。


(模造刀かしら)


 フードを被って頭を隠していたようだが、強い風が吹いてそれが外れたのだ。


(あれは貴族のお嬢様ね……お付きとはぐれたのかな?)


 急いでフードを被り直し、キョロキョロとあたりを見渡している。挙動不審だ。


(まあ西門の方へいかなきゃ大丈夫でしょ)


 今日は憲兵もこの辺に沢山いる。コソ泥対策だろう。そのおかげで今挙動不審なのはあのプラチナブロンドの彼女くらいだった。


(ってああー! 西門の方行くのー!?)


 どうやら憲兵から逃げるようにその場を離れたようだった。


(気付くんじゃなかった……)


 その日気持ちよく眠る為に、トリシアは気になることはその場でキッチリとやる事にしている。

 スピンとの約束までまだかなり時間がある。最悪迷子を憲兵の所まで連れて行っても充分時間に余裕はあるだろうと、お茶を一気飲みした後、トリシアはプラチナブロンドの女の子を追いかけた。


(んもぉぉぉ! 案の定~!)


 女の子を数人の怪しい男達がつけていた。冒険者の格好はしているが、どうにも身なりが良いのだ。今は西門へのメイン通りを歩いている。人通りが多い所だから手を出されていないが、少しでも横道に逸れたら何をされるかわからない。

 

「あっ」


 何かを探しているのかキョロキョロとしながら、武器屋の隣の細い横道に入って行った。男達が後を追ってその道に入っていく。

 トリシアは走った。1つ手前の道から男達より前にまわり込む。


「おじょーちゃん! 迷子かな? コッチにおいで。イイトコ案内してやるよ」


 下品な笑い声が聞こえた。


「ちょっと待ったぁー!」


 急いでトリシアが間に入る。


 例の女の子は男達の方に振り返っていたが、顔を隠すのに必死なようだった。


(大通りの方に逃したいけど……相手は3人だからな。追いかけられたらそれで終わりか)


「あんた達が触れていい相手じゃないわよ! さっさと帰んな!」


 とりあえず凄んでは見るが、相手は女だと舐めているのがわかった。


「おお~! 上玉が2人になった! こりゃあ楽しめそうだ!」


 そう言うと短剣を抜いてこちらに迫ってきた。


「ほーら。コッチにおいでぇ!ケケケ」


(3人かぁ~いけるかな~)


 トリシアだって冒険者の端くれだ。一応階級もC級ときている。いくら魔の森やダンジョンで足手纏いと言えど、ある程度我が身を守る術は知っている。


(ど素人のゴロつきに負けたなんて知れたらアネッタになんて言われるか!)


 そうやって負の感情を高めてメンタルを自分で荒らす。


 その時急に背筋がゾッとした。背後から剣を抜く音が聞こえ、ゴロつきを前に思わず振り向く。


「ああ、ちょうどいいわ。ちょっと教えてくださるかしら」


 美しい赤紫色の瞳がギラリと輝く。


「ケケ! なんだぁ冒険者ごっこかぁ」


 その言葉が気に障ったようだ。プラチナブロンドの少女は一瞬でその男を地面に沈めた。

 どうやら柄の部分で思いっきり頭部を殴ったようだ。倒れた男は大量の血が流れている。


「テメェ!!!」


 残りの2人が激昂して短剣を抜いた。


「よっと!」


 その剣はあっという間にトリシアの小さな風の球に弾かれて後方に転がった。


(ラッキー! こんな魔法で武器を落とすなんてど素人もいいとこね)


 すかさず例の少女がゴロつきの懐に一撃を入れると、相手は衝撃で胃の中のものが全部出てきてしまっていた。

 残り1人はそこでようやく勝ち目なしとわかったのか、情けない声をあげて逃げて行く。


「そこの転がっている貴方、さっさと何処かへ消えなさい。次見たら刺すわ」


 呻き声を上げながらもヨタヨタと起き上がり、ゴロつき共は全ていなくなった。


「ご親切な貴女。どうもありがとう」

「あ、いえいえそんな」


 改めて見るととても美しい少女だった。だが先程まで手に持っていた剣は女冒険者には珍しいタイプだ。女剣士はレイピアのような細くて軽い剣を扱う人が多い。彼女の剣はゴツゴツと重そうな、大柄の剣士が使うようなものだった。


「少々お伺いしたいことが」

「はい。なんでしょう」


(本当に聞きたいことあったのね)


「冒険者ギルドはどちらかしら?」

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