第5話 困窮

  トリシアがパーティから追い出されもうすぐ3ヶ月が経とうとしている。

 追い側は今日も楽しく暮らしていたが、追い側のイーグルとアネッタはすでに困窮していた。

 

 2人とも、トリシアと別れた時すでにあまり手持ちのお金もギルドの個人預金もなかったのだ。


「ま、すぐに貯まるでしょ! なんてったって1人分報酬が増えるんだから!」

 

 もうすぐB級に上がることも決まっており、アネッタはなんの心配もしていなかった。


 アネッタはイーグル達のパーティに入ってから格段に生活に余裕が出来た。服や武器、防具の修理や治療費すら払う必要がなかったからだ。


「きゃー! 可愛い!」


 大きな街に行くといつも彼女は散財した。貴族の令嬢が使うという化粧品を買い漁ったり、デザイン性優位の魔術師用の杖を買ったり……。トリシアに小言を言われても無視していた。自分が得た報酬の使い道を他人にあれこれ言われたくない。


(次大きな街に行ったら大きな石のついた耳飾り買おっと!)


 だがトリシアを追放しても思ったようにお金は貯まらなかった。やっと依頼をこなしても、報酬は日々の生活で全て消えていった。むしろ足りないくらいなのだ。


(なんで!? あの女トリシアは一瞬で傷痕も消してたのに!)


 回復師ヒーラーを追放した彼らは、アネッタレベルの回復魔法で十分だと思っていた。確かにアネッタでも簡単な裂傷くらいは治療できる。……傷痕は残るし、魔力の残量は減ってしまうが。

 アネッタ自慢の玉の肌はあちこちに傷痕が残ったままだった。


「ヒーラーの奴ら、ぼったくってんじゃないの!?」


 イーグルもアネッタもヒーラーがいないパーティは初めてだったので、通常の料金を聞いてひどく驚いた。


「はぁ!? 1ヶ所大銅貨5枚!? ってことは2ヶ所だと銀貨1枚ってこと!?」

「そーだよ。そんなことも知らずに冒険者やってんのかよ」


 他所のパーティのヒーラーに馬鹿にされたと感じたアネッタは不快感を露わにする。


「C級ごときのヒールが高すぎなんじゃないの」

「アネッタ!」


 流石にイーグルが止めに入った。彼女はB級に上がってから前にも増して傲慢になっている。


「C級ごときのヒールを受けたくねぇなら、そもそもこんな所で怪我すんなよ。B級なんだろ? よそ当たってくれ。俺はそこまでお人よしじゃねえ」


 ここは小さな魔の森が近くにある小さな街だった。ただここの森にいる魔物からとれる素材がそこそこ良いので、小遣い稼ぎの冒険者がパラパラと集まっている。

 結局その怪我はアネッタの魔力回復を待って治療した。彼女の頬には傷痕がくっきり残ったままだ。


(あっという間に貯金もなくなっちゃったな……)


 トリシアがいた時は一度もこんなことにはならなかった。いつも綺麗な服と防具で、武器の修理にも時間を取られなかった。 

 鏡の中のイーグルは顔中に傷痕が残り、以前の穏やかな男前の様相は消えていた。もちろん見えないところにはもっとたくさんある。

 イーグルの剣はトリシアのヒールありきだったことがわかった。今彼の剣は怪我への恐怖で鈍っている。


(もし次大きな怪我をしたら治療費を払えるだろうか……)


 払えなければ奴隷として売られてしまうかもしれない。そんなの耐えられない。


「イーグル、いつか私がパーティを抜けても絶対お金にだけは堅実でいるのよ!」


 冒険者を始めてからトリシアが何度も言っていた言葉だ。


 イーグル達は孤児だ。冒険者になって初めてたくさんのお金を自由に使えることになった。

 他の冒険者も出身は似たり寄ったりで、彼等は手に入った嬉しさからか散財し、その日暮らしのような生活をしている者も多い。

 だから他所より多いパーティ預金の割合には同意した。彼女が言っていたことは一理あると思ったからだ。


「お金に余裕があると心にも余裕が出るからね~」


(この貯金があれば仕事ブラック企業辞めてもしばらく困んない! ってのは心の支えだったわ~)


 トリシアだって今まで孤児だったのだから、なんでそんなわかったような口を聞くんだ? と他の冒険者に笑われていたが、イーグルは昔から彼女の経験談のような語り口を聞いていたので、特に違和感を持たなかった。


 この辺りで1番安い冒険者宿の大部屋では、アネッタといちゃつくことなどできない。ガラの悪い冒険者達からボロボロの武器や防具を盗まれないよう抱き抱えて眠った。それはとてもB級冒険者の姿には見えなかった。


「はぁ!? 来月C級に落ちる!?」

「仕方がないよ。なんの実績も残してないんだから……」

「B級に上がるのはあんなに時間かかったのに! なんで落ちるのは早いのよ!!!」


(アネッタはそんなに長くC級にいたわけじゃないだろ……)


 長らくC級で頑張ったのはイーグルとトリシアだった。約2年近くC級にいた。だがそういう冒険者は珍しくもない。冒険者の階級で一番多いのはC級とD級なのだ。一度もD級に落ちることなくC級を維持出来ていただけでも、冒険者界隈では評価された。結果を残さなければ簡単に階級は落ちていく。

 トリシアが抜けてから2人はほとんどまともに依頼をこなせていない。それどころか何件も失敗し、ギルドからの評価はがた落ちだった。もちろん魔物から出る素材も、到底B級が取り扱うレベルではないものばかり持ち込んでいる。


「私にできることはやるわよ! イーグルは体張ってくれてるんだから!」


 そう言ってこれまではトリシアがあれこれと計画を練ってくれてた。次の依頼、狙う魔物、向かう街……もちろん決めるときは必ずイーグルと1度話し合った。彼が難色を示せば考え直したり、説得したりと本当にいい相棒関係だった。


「得意な方が得意なことやればいいのよ」


 イーグルはあれこれと下調べするのは苦手だった。その代わり一心に剣を振るった。頑張ってくれる仲間のため、少しでも強くなる為に。


 他の冒険者ともトリシアのヒールをきっかけに仲良くなり、良い情報をもらったり、合同で上位クラスの大物を狩りに行ったりと楽しい冒険者生活だった。


(ああ、あの時は楽しかったなぁ……)


「どうにかしてよ! イーグルがリーダーでしょ!」


 キーキーとヒステリックに叫ぶ彼女アネッタを、イーグルは他人事のようにただ眺めていた。



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