第2話 暗号
トリシアの願望ノートは日本語で書かれているため誰も読むことはできない。
「何それ? 暗号か?」
彼女の願望ノートを覗き込むのは傭兵のレイルだ。金色の髪の毛を短く結び、どうにか暗号を解こうと真剣な顔をしている。なんでも匿名のS級冒険者に雇われて西門の外で待機するヒーラーの護衛として雇われたらしい。
「匿名にする気ないじゃん」
「過保護だな~お前の旦那」
アッシュがおちょくる。
「え!? 旦那なの?」
「違います! 腐れ縁です!」
今回はアッシュと一緒に3日間待機する。近くにある兵舎の一室も借りているので寝る所には困らない。
「いやでもあのルークが入れ込むだけあるな~可愛いし、ヒーラーの腕も一級品じゃん! なんでこれでC級なんだ?」
「冒険者ギルドじゃヒーラーはあんまり評価されねぇんだよ」
面白そうに笑うアッシュと、わかっていて言ってるであろうレイルに冒険者ギルド職員のベイルは渋い顔をする。
「じゃあうちの傭兵団に入らねぇ?」
「ちょっと! 引き抜き禁止です!!!」
「なんだよ~そんなルールねぇだろ?」
ルークと傭兵団の主力がダンジョン内に入ってしばらくが経った。続々と冒険者達も後を追うが、今のところ怪我人は運び込まれてこない。唯一来たのは、2日前から入っていた冒険者の一団だった。ボロボロの状態で出口へ向かっていた所ルーク達とすれ違い、辛うじて命拾いしたのだ。
どうやらルーク達は予定通りメインルートの魔物達をことごとく狩っているようだった。
「運び人達は少しずつ出てきてますよ」
「こんな短時間で出てくるなんてやっぱ魔物で溢れてるんだな~」
『運び人』は冒険者達に付き従ってダンジョン内に入り、冒険者が倒した魔物の素材をダンジョンの外に持ち帰る。パーティ人数が少ない冒険者達やソロ、それに特別狙っている素材がある者達がよく利用する。
本人の戦闘力の有無は関係ないのでかなり危険な仕事だ。困窮している者や奴隷が主にその仕事を担っていた。
「往復3日って言ったらどのくらいの階層まで行けるの?」
「片道1日半だと並の冒険者ならたいして進めてないろうけど……団長達だからな~」
午前中は穏やかなまま終わった。トリシアは臨時の治療室代わりのテントでノンビリと貸し部屋のアイデアを考える。
(1階どうしよ~……食堂やカフェなんて開く柄じゃないし、雑貨販売もね~……いっそのこと治療院開くのもあり? そもそも貸し部屋にしちゃってもいいし)
ノートにガリガリと書き連ねる。
(自分の部屋には玄関作ってもらお! 靴を脱ぐのよ!!! 素足で過ごすんだから!)
屋根裏部分はかなり広い。だからかなり自由度も高いのだ。
何となく前世で住んでいた間取りを描くも、それよりもずっと広いため途中で固まってしまった。
(……出てこい私の想像力~!!!)
長らく1LDKで暮らしていた前世の記憶では広い空間が埋まらなかった。案外自分の住む部屋は考えていなかったのだ。住んでも貸し部屋に毛が生えた程度だと思っていた。
(実家もな~何の変哲もない総2階建てだったし……あ! そういえば前行ったあの子のマンション、エントランスが豪華だったな~カフェも入ってるし子供の遊び場も……ゲストルームは綺麗だったな)
そうして結局1階部分の内容を考え始めると言うループにハマり、ウンウン唸っていると、またもレイルが覗き込んできた。
「なにそれ? 家? 部屋?」
「コイツな、冒険者専用の貸し部屋業始めるんだってよ」
アッシュは嬉しそうに話す。トリシアは物件を購入したままのハイテンションでついつい彼に計画を話したのだ。だが彼はずっと相槌を打ちながらニコニコとトリシアの話を聞き続けた。
「俺もお願いしようと思ってんだ」
「え!? ホント!!?」
「ほんとほんと。ギルドの部屋も悪くはねぇが、もちっと広い方がいいしな」
すでに2部屋が埋まりそうでトリシアは顔が緩むのを感じた。
「じゃあ参考に色々聞かせてください!」
「ちょ! ちょっと……!」
急にベイルが話に入り込んできた。
「トリシアさん、常駐ヒーラーお辞めになるので!?」
「そりゃまあいつかは……でもまだしばらくお世話になりますよ!」
「そんなぁ~!」
「おいおい! 俺たちゃ冒険者だぞ? 好きに生きる人種って忘れてねえか?」
ワハハとアッシュは笑った。
「それでアッシュさん! 部屋の間取りなんですけど、小さなキッチンにリビングと、それからベッドルーム、できたらトイレとお風呂もつけたいんです……ランドリーは共用のものを設置しようかと思ってて」
ベイルには悪いが、トリシアはこの話がしたくてたまらなかった。
「はぁ!? 風呂トイレ!? それにランドリー!? どんな高級集合住宅なんだ!?」
「いえ、価格はあまり上げる気はないんです! 月払いなので、ダンジョンに入っている間も家賃は発生してるわけですし……」
「あぁ、それはそうだな……と言うことは俺みたいなタイプだとその部屋満喫できるのか」
そうして満足そうに頷いた。どうやらその暮らしを想像したようだ。
アッシュはソロのヒーラーとして時々他パーティに誘われダンジョンへ潜っている。だがその間隔はかなり開けていた。ヒーラーとしての腕が確かな彼はあちこちで仕事をし、収入には余裕があるらしく、悠々自適に本当に好きに生きていた。
(やっぱりB級ヒーラーの肩書き欲しいわ~)
レイルはそんなトリシア達を面白いものを見る目でみていた。美しいエメラルド色の瞳を細める。
「いや~暇なのも良いもんだな~」
そう言って頭の後ろで腕を組む。
「あーー!!!」
声を上げたのはベイルだった。
「え!? 何!?」
ベイルだけでなく、アッシュとトリシアもじとぉっとした目でレイルを見ていたので、レイルは思わず身構えた。
「まぁただのジンクスだけどな……」
「え?」
「暇って言うと忙しくなるってジンクがあるのよ」
トリシアとアッシュ、それにベイルはそのジンクスを何度も経験していた。よって最近は絶対に治療室内でその単語を出さないようにしてきた。
「すみません! 20人くらいきそうです……!」
手伝ってくれている兵士が駆け込んできた。
一斉にレイルの方を見る。恨みがましい目で。
「俺のせい~!?」
そうして患者は夜まで休みなく続いた。
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