第3話 営業

 ルーク達は予定通り3日目の夕方、無事ダンジョンから出てきた。


「たぶん新しい階層のボスが強化付与系のスキル持ちだな。それでダンジョン内の魔物が活性化してやがる」


 ダンジョンの魔物達はルーク達に駆逐された後、半日も経たずに再度増え始めた。そう言うことは過去にはない。


「ええ!? ボスの近くまで行ったの!?」

「様子見だけな」


 その場にいる兵士達も騒つく。往復3日でそれはありえないと言いたげだ。

 ルークと傭兵団の団長ギルベルトは防具は汚れているがピンピンしている。残りのメンバーはダンジョンから生還した瞬間、地面に倒れ込んでいた。


「もう2度とこのメンバーでダンジョン入らねぇ! あの2人はおかし過ぎる!!!」


 赤毛でタレ目の傭兵が、涙目で文句を言っていた。


「うわ! 武器ボロボロですね」


 刃こぼれした武器や刀身の先が欠けているのが見える。鞘もなくなっているのだ。


「マジでほとんど休みなしの弾丸コースだぞ!?」

「しかも深層のボスのとこまでって……領主も別にそこまで望んでなかったから3日って言ってたんだろ!?」


 短く刈り上げた黒髪の傭兵も加勢する。


「俺とルークが雇われてんのにチンケな結果持って帰れないだろ~」

「んなことない! Sクラスの魔物3体倒した時点でどう考えても引き返してよかった!」


 死ぬかと思った! と訴えかける団員の声を、耳を塞いで聞こえないフリをしてギルベルトは揶揄っていた。


(強化されたSクラスと遭遇なんてゾッとするわ……)


 トリシアと同じように思った兵士たちが青ざめているのが見える。


 団長はどうやらこの2人の文句には慣れているようだ。はいはい、と適当に流していた。


 トリシアは倒れ込んでいるメンバーから回復魔法リセットをかける。打撲に軽い裂傷がいくつか、極度の筋肉疲労……だが致命傷になるほどのものはない。


(流石やり手の傭兵団ね~)


「うお! すげぇ! やるじゃんあんた!」

 

 赤毛の傭兵がトリシアの能力に感動していた。


「なあレイル! ちゃんと勧誘したか!?」

「冒険者ギルドの奴に阻まれてるんだわ~」


 それにほら、とルークに目線を向ける。


 面と向かって褒められてトリシアは頭をかきながら照れていた。そこでムッとしたルークに引き寄せられる。


「あと詰まってんだから早くしろよ」

「はいはい」


 ルークの身体には傷跡一つなかった。そもそもルークは回復魔法も使える。わざわざトリシアがどうこうする必要はない。だがとりあえず探索メンバーの為に雇われた身なので、それらしくをかけるのだった。


 西門の近くにある魔物の買取所は久しぶりに大賑わいだ。


「領主もこれでひとまず満足だろーよ」


 魔物の素材はこの領の一大産業だ。最近は閑古鳥が鳴いていたので、買取所の職員は大変だ大変だと言いながらも嬉しそうにしている。

 傭兵団とルーク合同によるSクラスの魔物が納品された時は大盛り上がりだった。


「祭り前に景気がいいね~」

「まだしばらくいるのよね?」

「いるいる! 多分このまま騎士団と共闘して、ボスを討伐することになるな」


 レイルは少し嬉しそうだ。今回ルークが探索メンバーに入ったことにより抜けたのがレイルだった。彼もそれなりに実力者である。


「トリシアが作る貸し部屋が出来たら見せてくれよな~」

「いつ出来上がるかわかんないけどね」


 けど、そう言ってもらえるのは嬉しかった。自分の夢を否定せずに一緒に楽しんでくれる人といるのは心地いい。


 今回の出張業務はかなりいい稼ぎになった。


「いや~この街にきて正解だったな~こんなに上手い話があるとは」


 アッシュも同じ感想だったようだ。階級が上のアッシュはトリシアよりもさらに給金がいい。


(アッシュさんレベルでB級ならA級ヒーラーってどんなんなんだろ)

 

 アッシュはトリシアが見てきた中で1番腕のいいヒーラーだった。治療効果はもちろんだが、痛みや毒で暴れる患者を自身でうまく押さえ込み、あっという間に彼らから苦しみを取り除いた。

 トリシアは相手に触れられれば一気に治すことができるが、大男が痛みや毒でのたうち回っている場合、そもそも近づくのが難しい。その場合スキルなしの遠隔ヒールで多少落ち着けた後の回復魔法スキルなのでそれなりに時間がかかるのだ。


(このスキルに自信はあるけど、治療となると奥が深いわ~)


 久しぶりにギルドのベットに倒れ込む。この部屋も長い、ここの匂いはもう自分の家のように感じる、落ち着く空間になった。

 そのまま出張中に書き連ねた願望ノートを見返す。


(レイルはキッチンいらないって言ってたな~アッシュさんとベイルは欲しいって言ってたけど。多分ルークもいらない派だろうし)


 トリシアには今少し悩みがあった。ここにきてから女冒険者と少しも仲良く出来ていない。治療に来た冒険者とは仲良くなりそうな所で立て続けに患者が来てそのまま、というのを繰り返していた。

 冒険者として同行することも考えたのだが、常駐ヒーラー不足故になかなか抜けられずにいた。


(女性陣からの意見も聞いてみたいのに~)


 そもそも治安の悪さに悩む女冒険者は多い。もちろん腕っぷしに自信があるからこそ冒険者をやっているのだが、大体の女冒険者はただ絡まれるだけで鬱陶しいと思っている。


「よし! 営業かけよ!」


 トリシアはやる気に満ちていた。改築前の段階で2部屋予約が入ったことで気をよくしているのだ。


 

 冒険者ギルドの職員休憩室は騒ついていた。もうすぐある祭りや、その後おこなわれると噂になっている大規模なダンジョン新ボス攻略作戦の為に冒険者の動きが活発なのだ。


「ねぇベイル。ちょっと相談があるんだけど」

「まさかもう常駐ヒーラー辞めるとか言わないですよね!?」


 不安そうな顔をしたベイルはアワアワと手をばたつかせていた。


「違う違う! ちょっと掲示板に張り紙と、治癒室の料金表に項目追加して欲しくて」


『古傷消します 銀貨1枚から 詳細問合せ:回復師ヒーラー トリシア』



 

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