第8話 仲間

 トリシアがS級冒険者ルークとエディンビアへ旅立った翌週、イーグルとアネッタは長らく拠点にしていた街を逃げるようにして去った。

 思っていた以上に周りの目が冷たく刺さったのだ。こんなことは冒険者になって初めてだった。


 トリシアをパーティから追放したのは、半年ほど滞在していたビグレッダという都市だった。近くに魔の森と中規模の攻略済みのダンジョンがあり、低級から中級の冒険者が安定した経験を積むのにちょうどいい所だった。


「なんだって!? トリシアがパーティから追い出された!?」

「アネッタを追い出したんじゃなくて?」

「こうなる気がしたんだよな~アネッタ、前からイーグル狙いだったし」

「トリシア可哀想……これからどうするんだろ」


 トリシアはヒーラーがいないパーティにも気さくに治療をしていたので知り合いが多い。治癒院と金額は変わらないのに、手早い上に傷跡も残らず、そして確実な治療を受けられていたので、頻繁にあちこちから声がかかった。階級が低い冒険者達にも丁寧に対応していたので新人からも慕われていた。


「イーグルがあんなヤツだとは思わなかったな」

「やっぱり異性のパーティはリスクが高ぇ」

「でもトリシアと2人の時は良いコンビだったじゃねぇか」

「剣士とヒーラーのコンビでC級まで上がったんだろ? 今考えたらありえねぇよな」


 トリシアは周りが憐みの目を向けてくる中でも、ビグレッダにとどまっていた。


(なーんで私がこの街から出ないといけないのよ!)


 彼女なりの意地の張り方だった。それに予定よりも早く1人になったので、次にどうするかゆっくり考えたかったのだ。


「トリシア! 治療院でも開けよ! お前の所なら客が殺到するぜ!」

「飯食い行こうや~奢ってやるよ!」


 冒険者達はトリシアを元気付けようと頻繁に声をかけた。


「やった~! ありがと!」


 彼女は全く気にしていないという雰囲気で、他の冒険者達との時間を楽しんだ。


 トリシア達がいるとは知らずに食堂に入って来たイーグルとアネッタにその場にいた冒険者全員が舌打ちした。堂々と非難する冒険者も多かった。


「イチャつきたいからって昔からの仲間を捨てるなんて、冒険者の風上にも置けねぇ」

「ああいうのがいるから女冒険者が馬鹿にされるのよ。本当に迷惑だわ」

「出てけよ! 飯が不味くなる!」


 結局イーグル達は注文すら聞いてもらえず、悔しそうに帰っていった。


「皆ありがと」

「いいって。ああいうのは全員でダメだってしとかねぇとな。冒険者の質が下がっちまう」

「ヒーラーだからって自分を安く見積もるなよ。大事な役割なんだから。それにお前は十分仲間に貢献してんだろ」


 トリシアの実力を知っている冒険者はしっかりわかってくれていたのだ。


 彼女が追放されてから3日目、息を切らしたルークが冒険者ギルドに入って来た。トリシアはたまたまギルドの依頼掲示板で、次に行こうとする街の護衛任務がないか調べていた。護衛任務は戦闘能力のない一般人と一緒なので、怪我に備えてヒーラーを希望していることが多いのだ。


「トリシア! 俺とパーティ組もうぜ!」


 開口一番、ルークが叫ぶ。


「いや、S級とC級じゃパーティ組めないし」


 トリシアは突然現れたルークに驚いて目を丸くしたが、冷静に言葉を返した。

 パーティを組めるのは、個人階級前後1つまで。トリシアの場合、相手がB級からD級でないと正式なパーティを組めない。


「なんでまだC級なんだよ~!」

「嫌味か!」


 彼女の調子がいつも通りでルークは少し切なくなった。トリシアはいつものようにまたやせ我慢して強がっているのだと。

 

 周囲はざわついていた。冒険者として最短最速でS級に上り詰めた男が、パーティを追放されたヒーラーの周りを嬉しそうにずっとウロウロしている。しかも決して誰とも組まないソロ冒険者として有名な男が、パーティを組めないことに文句タラタラだった。


「トリシア! S級と知り合いなの!?」


 トリシアと仲のいい女冒険者達がルークを見て群がって来た。皆頬を染めて彼の顔を見ている。その後ろからルークに憧れる他の冒険者達もわらわらとやってくる。


「トリシアの友達?」

「そう。色々助けてもらったわ」


(アネッタのことやアネッタのことやアネッタのことでね)


 ようは愚痴を聞いてもらっていた間柄だった。イラつくことも、彼女達に愚痴を吐き酒の肴にすることで乗り越えてきたのだ。


「ふーん。トリシアと仲良くしてくれてありがとな!」

「キャー! とんでもないですぅ!」


 無愛想で有名なルークの笑顔に一同は感激した。


「あんたは私の母親か!」

  

 この世界での母の記憶はないが、思わず遥か昔の記憶が蘇った。

 ルークはあまり人付き合いが好きではない。それでも自分の為に愛想を振りまいてくれているのがわかったのだ。


 そしてそこにノコノコ現れたのが、イーグルとアネッタだった。


「うそ! ルーク様じゃん!」

「やぁルーク! 久しぶりだな」


 イーグルがここぞとばかりに親しげに話しかける。彼もイーグルとは昔馴染みだ。

 S級に知り合いのいると周囲から一目置かれたいのが見え見えだった。これまではそんな素振り少しも見せなかったのだが、流石に自分達が置かれている状況に焦ったのだ。

 アネッタは男前なS級冒険者に目を奪われていた。ぽぉっと頬を紅潮させ、胸元を見せるように服を直した。


「あの、初めまして! 私、アネッタって言います!」


 噂と違い気さくに他の冒険者達と話すルークに積極的に近づくが、見向きもされない。


「なあトリシア! 今から一緒に魔の森に行かね? 今ベールウルフ出てんだろ?」

「あんたにヒーラーは必要ないでしょうが」


 ベールウルフはAランクの魔物だった。今この街にその魔物にすぐに対応できる冒険者がおらず、ちょうど困っていたのだ。


「じゃあトリシアの友達も一緒に行こう!」

「いいんですか!? でも足手纏いじゃ……」

「何事も経験だろ! 俺は仲間を裏切ったりしないから安心してくれよ」


 その場にいる全員がイーグルとアネッタを横目で見た。そうしてまた彼らは顔を赤くしてギルドから出ていくしかなかった。


 ルークは2人のことに全く触れなかった。存在しないように扱った。静かに、でもとても強い怒りを冒険者達は感じた。


 ベールウルフの討伐の後、トリシアとルークは一緒にエディンビアへ旅だった。イーグル達がホッとしたのも束の間、結局ほかの冒険者達の態度は変わらなかった。


 愛し合う2人は、居心地の良かった拠点を捨てて、新たな街へ向かうしかなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る