第7話 街歩き

 トリシア達が生まれ育ったウィンボルト領には海がなかった。トリシアは前世の記憶があったからか、そこまで海に感動することはなかったが、ルークは海がとても気に入っているようだった。


「この辺がいいんじゃねぇか? 例の貸し部屋!」

「無理よ! この辺高いんだから! そもそも集合住宅もないわ」


 この辺りはダンジョンに近い西門から離れているし、いざとなればスタンピード船で逃げられることもあって、貴族等の富裕層が多く住んでいる。エディンビア領主の城も近くにある。そのため憲兵たちの見回りも頻繁に行われているからか治安もとてもいい。


「そうか……」


 ルークは少しガッカリしていたようだった。


「いやあんた。自分で買えばいいじゃない……」


 S級となると報酬は天井知らずだ。彼の財力があれば問題なく自分の屋敷が持てる。


「家なんてあっても冒険者には邪魔だろ~」

「帰るところがあるのは良いと思うけど」

「……だからお前が作るっていう貸し部屋くらいがちょうどいいんだよ!」


 拗ねたような言い方だった。


 次に2人は北側の職人街を見て回っていた。兵舎もこの近くにあるせいか、ここも兵士が多い。


「おぉ! ここ初めてきたけど楽しいわね! 見たことない素材がいっぱい!」

「まあこういうとこ、ヒーラーには関係ないわな」

「防具ぐらいは買いに行ってたわよ~」

「修理は……お前には関係ないか」


 少し悪い顔して笑ったトリシアをみて、ルークは苦笑いした。

 トリシアのスキルで壊れた防具も、破れた衣類もすぐに新品同様綺麗にすることができたのだ。


「ああ! C級にしてはいいの身につけてると思ってたけどもしかして……」

「そ! 中古をしたのよ」


 これがかなりの節約に繋がっていた。トリシア達は他の冒険者達よりもずっと懐に余裕があった。

 冒険に関する道具は全てトリシアが修理していたので、初期費用以上に払う必要はない。イーグルの剣もアネッタの杖やその他全て、修理したり買い直せば本来ならかなりの金額も、さらに時間も必要なのだ。


「じゃあアイツら今頃大変なんじゃねえの?」

「ふん! ザマアミロよ!」


 冒険者は自身の武器は自身の財布から払って修理するのだが、トリシアは進んで自ら2人の分も修理した。その方が早く階級を上げることに繋がることがわかっていたからだ。


「アイツらに疑われなかったのか?」

「イーグルは何かあるって察してたと思うわ。何も言わなかったけど。アネッタの方はそもそも私に興味ないし、金もかからなくてラッキーぐらいにしか考えてないわね」


 トリシアとイーグルはそうやって、他の冒険者達が治癒や武器の修理で時間をとっている間も冒険に出た。だからかなり早いペースで階級を上げることができたのだ。


「南西か北西あたりだと予算に余裕が出るんだけどな……治安がねぇ」

「どの道あの辺じゃ落ち着かねーだろ」

「は! そうだわ! 本来の目的を忘れるところだった!」


 トリシアは冒険者といえど、落ち着いて生活できる空間を作りたかったのだ。西門に近いエリアは冒険者街やスラム街、娼館も多くあり、夜中までザワザワと騒がしい。


「でもあんまり西門と離れてても不便じゃない?」

「冒険者ギルドに近ければ別にいいんじゃねーか?」

「うーん……じゃあ西側の中央広場よりかな~」


 エディンビアの街の中央は大きな広場になっている。教会に時計塔、そして劇場があり、頻繁に大きな市が開催される。そして広場を取り囲むかのように、商店が軒を連ねているのだ。各ギルドもその並びにある。西側に冒険者ギルド、北側に職人ギルド、南側に商人ギルドが位置していた。


「飯食うのも冒険者街かギルド周辺ってのが多いからな」


 冒険者は基本自炊をしない。冒険中は簡易的な調理はするが、簡単に火にかける程度の食事に過ぎない。通常は宿に泊まっているから当たり前だが。トリシアはそれも迷っていた。


調理場キッチン、どうしよう……)


 自分なら欲しいが、他の冒険者はどうだろうか? 

 

(ルークは貴族出身だしな)


 隣で楽しそうに歩く男は参考にならなさそうだった。


 日が暮れてきた頃、中央広場まで戻って来た。


「こんな時間まで奴隷市やってんのか」

「ほんとね」


 どうやら馬車が遅れて到着したようだ。多くの人々が群がって、奴隷に値を付けている。


「見ていかねぇの?」

「明日は我が身だからね」


(私は運が良かっただけ)


 この国の奴隷は二種類あった。犯罪奴隷と一般奴隷だ。犯罪奴隷は死罪を免れた者達で、一般奴隷は金で売られたか、借金を返せなかった者がなる。借金奴隷とも呼ばれた。両者は区別は付けられてはいるが、未来は暗いことにかわりはない。

 ウィンボルト領の領主は民を大切にする人物だった。だから孤児院を作り、教育を行い、大切に育てた。親に売られて奴隷になる子供が多い中で、トリシアの幼少期は運がいい方だったのだ。


「食いっぱぐれれば、私もああなるってこと」


 トリシアの言葉の意味がわかっていなさそうなルークに少しイラつきながら説明した。


「お前はならないだろ。しぶとく生きるさ」

「……そうね。頑張るわ!」


 彼女が口元が上がったのを見て、ルークは少し安心した。今日のトリシアはあまり元気がなかった。それをどうにか元気付けたかったが、どうにも上手くはいかなかった。


「なぁまた付き合ってもいいか? 街歩き」

「護衛代は払わないわよ!」


 今度はちゃんと、トリシアは笑っていた。

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