第6話 階級

 エディンビアにやってきてからあっという間に2週間が経った。トリシアは予想外にもヒーラーとしての実力を買われ、冒険者達からも大好評だ。


「タイミングも良かったわ」

「低階層でこれだけ大怪我の人間が出るなんてな」


 入り口に近い低階層だったからギリギリ命が助かっているのだ。奥に進めば進むほど、戻ってくるのも大変になる。


「こんなに安定して稼げるなんて予想外よ」


 おかげで貯金に手をつけずしばらくは暮らせそうなのだ。


 ルークと2人、最近お気に入りのカフェテリアでご機嫌にケーキを食べていた。天気も良く、広場に面した店の外の席は見晴らしもいい。こんな贅沢ができるもと思っていなかった。


「今日はダンジョンに行かないの?」

「お前はどうすんだ?」


 ルークは彼女が冒険者ギルドで治療をおこなっている間、ダンジョンに潜っていることが多かった。そしてたまに死にかけの冒険者を連れ帰り、トリシアの患者にした。


「私? 私は今日も街歩きよ!」


 本格的に物件探しを始めていた。まだトリシアはこの街のことをよく知らない。どのエリアにどんなものがあるのか自分の足で見ている最中だ。


「ふーん。俺も行こうかな」

「だめ! あんた目立つんだもん」

「なんかあったら危ねえだろ!」

「いや私も冒険者の端くれですけど! C級ですけど!」


 その途端、ルークの顔色が一瞬変わったのをトリシアは見逃さなかった。


「なに?」

「ん?」


 ルークはとぼけた。どうやらトリシアに気づかれたくなかったようだ。


「何かあるんでしょ?」

「なーんでこんな事ばっかりめざといんだよ~」


 苦笑いをしながら頬を掻いた。


「まあいいや。どうせわかる事だし」


 ルークは少し言いづらそうに、言葉を選びながらトリシアに教えた。


「は? イーグル達がB級に上がった!? 私は!?」

「もうパーティを離れているからダメだろうな……」

「クソ! やられたわ! 悔しー!!!」


 階級の決定は通常、その前3ヶ月から半年程度の実績を見て決められる。特にC級以上は安定した実績を求められれるので下級より査定は厳しく、且つ時間がかかる。つまりイーグル達の昇級はトリシアありきの成績で決定されているのだ。

 また内定から公表まで1ヶ月程度かかるので、追放された時にはもうB級に上がることは決まっていた。


「絶対知ってたわよね!?」

「この手の情報はすぐ降りてくるからな」

「うわーん! B級だったらギルドのヒーラー業務の単価も上がるのにー!」


 トリシアは頭を抱えて足をバタバタと踏み鳴らした。


「……本気でB級上がりたいなら手伝うぞ」

「いい……これで本気で冒険者に見切りをつける事できそうだし」


 最初はただ金儲けの為だった。身分のないトリシアのような女が自分1人で生きていく為の大金を稼ぐには、冒険者が1番の近道だったのだ。

 もちろんその分危険もあるが、トリシアにはスキルがあるし、何より他人に死ぬまでこき使われた挙句にたいした給金ももらえないなんて、まるで前世の続きのようで耐えられなかった。


(あのブラック企業、潰れたかしら?)


 だがいつの間にか冒険者という職業が楽しくなった。いつか辞める日が来るのが寂しいとすら感じていた。


「金かぁ……結婚って方法は考えないのか?」

「良い人がいればねえ」

「え!? する気あんの!?」

「なに!? 孤児出身の私じゃ無理だって!?」

「そういう話じゃねえよ……」


 残念ながらこの世界も肩書きが大事だ。孤児院出身者が金銭的に裕福な家に嫁ぐのは難しい。トリシアが求めているのは安定なので、そうなると残念ながら肩書きが必要になる。


「もっとこう……愛とかそういうのじゃねーの?」

「そりゃいるわよ! だけど安定も欲しいの! 心穏やかに生きたいの!」


 力を込めて答えた。


「だから自分で手に入れることにしたのよ。他人に頼ってもしかたないもの」


 残っていたお茶を啜って立ち上がった。


「……行くわ」


 肩を落としたままだった。それをルークが追いかける。


「だから……」

「いいじゃねーか。散歩させろよ」

「あのねぇ」


 トリシアは1人でいたいような、いたくないような変な気持ちだった。

 アネッタはともかく、イーグルのことは信じていた。信じたかった。自分を追放したのはアネッタに言われて仕方なくだと思いたかったのに。


「私も馬鹿よねえ」


 冒険者にとって階級は重要だ。特にヒーラーはC級とB級で人数がかなり違う。それほどそこまで上がるのが難しい役職なのだ。

 B級ヒーラーの肩書きはトリシアが強く望んでいたものだった。もちろんイーグルはそのことを知っていた。


「お前は馬鹿じゃねーよ。どう考えてもアイツらがクソなだけだろ」

「こら! 侯爵家のお坊ちゃまがクソなんて言ったらいけません!」


 空元気を出すしかない。あまりルークに落ち込んでいると思われたくなかった。毎日楽しく過ごしてはいたが、どうやら追放された件に関してはメンタルはまだまだ回復途中なのだとトリシアは自覚した。


「わっ!」


 ルークがトリシアの頭をぐちゃぐちゃに撫でた。


「海見に行くぞ! 海!」


 そういって答えもきかずに手を引いた。

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