第9話 職人ギルド
「うーん……どーしよ~……」
「ドツボにハマってんなぁ」
「そうなのよ~」
エディンビアにやって来て、早くも2ヶ月が経っていた。だがトリシアは相変わらず冒険者ギルドの常駐ヒーラーとして忙しく働く毎日だ。
暇な時間は今のように治癒室の椅子に座って、理想の貸し部屋のイメージを書き連ねているだけだった。
いまだに念願の不労所得用の物件が決まっていない。
「簡単に稼げちゃってるのも悪いのよね……今までこんな安定した収入なかったし」
ダンジョンは相変わらず低階層でも難易度が上がっていた。その分、単価の高い素材も多く取れるようになっていたので、冒険者が減ることはなかったのだ。
「低階層だと日帰りできるからな。皆チャレンジしたくなるんだろ」
冒険者達の収入源は大きく分けて2つあった。依頼をこなして報酬をもらうのが1つ、もう1つは魔物を狩ってその素材を売ることで得るものだ。その素材は通常であればギルドに買い取ってもらうのだが、エディンビアには専門の買い取り所があり、外の掲示板にはその買い取り価格まで掲載されていた。
ダンジョンのレベルが上がったせいか、以前より素材の買い取り量が減っているせいで買い取り価格も上がっているため、冒険者達のテンションは上がる一方だった。
相変わらず毎日たくさんの怪我人が運ばれてきた。トリシアが休みの時も、トリシアのヒールがいいとごねる冒険者まで出始めているくらいだ。ついには冒険者パーティに誘われるようにまでなってきた。
「ヒーラーいると楽だからな~」
「でも怪我しなかったら役に立たない上に、報酬の取り分も減っちゃうのよ?」
これはトリシアがアネッタに言われた言葉だった。
「そんなのただの結果論だろ。ヒーラーがいるから思いっきりやれるってのは絶対にあるぜ」
「イーグルはそう言ってくれてたわ」
イーグルの名前を出した瞬間、ルークの顔が曇った。
「別に庇ってはないわよ」
苦笑しながら答える。
「すみません! 8人来ます!」
治癒室担当のギルド職員ベイルに声をかけられた。扉の向こうが騒がしくなっている。
「昼で終わりだろ? 飯食ったら職人ギルドにいくぞ」
「え? なんで?」
トリシアの疑問には答えず、ルークは手を振って去っていった。入れ違いに冒険者達が運び込まれてきたのでそれ以上聞くことは出来なかった。
結局その日は交代のヒーラーが来るまで立て続けに患者がやってきた。どうやらダンジョン内が急に魔物で溢れたらしい。
「それじゃお先に失礼しまーす」
「おーう! デート楽しめよ~」
「そんなんじゃないですって」
トリシアの代わりに入ってのは元B級ヒーラーのアッシュだ。すでに冒険者は引退し長らく大商人のお抱えになっていたが、冒険者時代が忘れられずにエディンビアにやってきたのだ。
ヒーラーの理想的な冒険者引退生活を送っていたにも関わらず、それを捨てていた。
(私も考えなかったわけじゃないのよね~)
ヒーラーの引退後は他の冒険者より恵まれている。回復魔法はどこにでも需要があるからだ。高ランクの肩書きがあるほど、再就職先も選び放題になる。
(だけどせっかくならもうちょっと自由に生きたいじゃない?)
冒険者は自由だ。きっとアッシュもそういう思いがあって再びエディンビアにやってきたのだろう。いまだに身体を鍛えているらしく、がっしりした体格をしていた。
職人ギルドは入り口からたくさんの細工が施されており、重厚感がありながらも繊細な技術が至る所に垣間見える建物だった。
「えーっと建築部門はこっちだな」
キョロキョロしながら大人しくルークについていく。冒険者ギルドとは違ってあまり人の出入りは多くないようだった。部門も細分化されていて、職員の数の多さもわかる。
「ご用件は?」
無愛想な受付だ。建築系は冒険者にあまり縁のない部門だからか、訝しんでいるのがよくわかる。
「宿泊施設になるような建物を探してるんだが、その手の話に詳しい人を紹介してもらえないだろうか」
「ボロボロでもいいんです!」
「そういったお話は商人ギルドの方がいいのでは?」
「いや、街を歩いててこの建物直せばいけるのにな~って気付くのはその手のプロだろ?」
そんな受付の態度など気にせずルークは話を進める。
(商人ギルドの人は商魂逞しくって……まあエリアを決める参考にはなったけど)
トリシアのスキルを知らないから当たり前なのだが、たいして手直しが必要のない、金額の高い建物ばかり紹介されたのだ。
どの道部屋の内部は貸し部屋用に改装が必要になる。改装費分の予算は残しておかなければならないので、それならその仕事をおこなう職人に話を聞こうとなったのだ。
「そうですね……うーん……そうか……それなら……」
受付の男は考え込み始めた。どうやら無愛想なだけで仕事はキッチリとやるタイプのようだ。何やら紙を1枚取り出すと、トリシア達の依頼内容を書き込みサインをした。
「この通り沿いにあるバレンティア工房にスピンさんという建築家がいるんですが、城壁補修だけじゃなくって邸宅もやりたいと常々ぼやいているので力になってくれるかもしれません。この街出身ですし、情報通なので彼に聞けば何かしら収穫が見込めるのではないでしょうか」
抑揚もつけずに喋った。
トリシアは無愛想な受付にたくさんお礼を言って急いで言われた通りの場所を目指す。
「すみませーん!」
バレンティア工房は思っていたより大きく、外では石工がなにやら大きな音お立てて作業をしていた。
「すみませーん!!!」
もう一度大きな声で挨拶すると、作業中の職人が気付き、奥にいる別の職人に声をかけてくれた。
「どうもすみません! ご用件は?」
バタバタと小走りでできてくれた若い男性に職人ギルドでもらった紙を見せると、急に笑顔になった。
「僕がスピンです! なんだかとっても楽しそうな依頼ですね! 早速ですが思い当たるトコがあるので案内してもいいですか!?」
ワクワクしているのがわかる。トリシアは彼のことを気に入った。隣にいるルークも同じ気持ちなのだとわかる顔をしていた。
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