第4話 小遣い稼ぎ①

 ちょうど冒険者ギルドでは新しいヒーラーを募集していた。最近ダンジョンでは新しい階層が現れ、それによってダンジョン内の魔物達が活性化してしまい、怪我人が続出していたのだ。


「出来れば今日からでもお願いしたいのですが」


 可愛らしい冒険者ギルドの受付女性からのお願いに、トリシアはすぐさま首を縦に振って答えた。


「ルーク! 常駐ヒーラーの仕事、今日からに決まったわ! ギルドの宿泊所も使えるって!」


 ルークはトリシアの宿屋を気にしていた。エディンビアは大都市にありがちな治安の悪いエリアがあり、それが冒険者街に近かったのだ。


「俺と一緒に商人街にある宿屋に泊まろう」

「はあ!? どんだけ金がかかると思ってんのよ! せっかくの貯金がなくなっちゃうわ!」

「金は俺が出すからよ~俺がこの街に誘ったんだし」

「施しは結構!」

「……。」


 冒険者ギルド内にある宿泊所はとても綺麗で安全だが値段もそれほど高くない。その分人気があってなかなか宿泊するのが難しい。たまたまヒーラー不足だったからこそ、部屋を用意してもらえたのだ。


「じゃあ俺もここにしよ」

「……別に追放されて1人になったからって気を使わなくっていいのよ。ここに連れてきてくれただけで感謝してるんだから」


 ルークはパーティから追放された話を口に出さなかったし、トリシアもあえてこれまで話題にしなかった。少し前まで気が張っていたせいか、他人の好意が全て憐れみから来ているように感じてしまっていた。追放された自分が惨めだったし、受け入れてるつもりが受け入れられていなかったとわかった。

 だが新しい街に来て、ワクワクする気持ちが湧いてスッとその認め難い気持ちを受け入れることが出来たのだ。


「ありがと。お礼遅くなってごめん」

「ん……別に俺も来たかったらついでだし……」 


 なんだか照れ臭かった。改めて感謝を言葉にしたのは初めてだったのだ。


「でも俺もここにする!」

「なんで!?」

「近くに上手い大衆食堂があんだよ! 後で行こうぜ。独り立ち祝いに奢ってやる!」

「わーい! ごちでーす!」

「なんだ。今度は施しは結構とは言わないんだな」


 ルークは少し意地の悪い笑顔で尋ねた。


「お祝いならいただかないと失礼でしょ?」

「調子のいい奴だな~」


 2人でクスクスと笑った。


 ギルドの受付とは逆方向に、冒険者専用の宿泊所の入口があった。ここはC級以上が利用可能で、尚且つ長期利用の場合は割引きがあるのだ。部屋に風呂は付いていないが、宿泊所内に共同浴場もあり、風呂をこよなく愛す前世を持ったトリシアにとってこれ以上嬉しいことはなかった。


 トリシアに用意された部屋は1人部屋だ。金額はかさむが、これまでも出来るだけ1人部屋を借りていた。彼女は自分1人だけの時間が必要だった。落ち着ける、自分だけの空間がほしかったのだ。それに他人がいるとなんとなく気になってしまい上手く眠れなかった。


「まぁこんなもんよね」


 今後の貸し部屋経営の参考にするため、この宿泊部屋の間取りをメモする。といっても、1人用のベッドに小さなテーブルとイスが置いてあるだけだ。

 これでも他の人安宿に比べればだいぶいい。剣などの武器による刃物跡はいくつもあるが、泥汚れや魔物の血の跡も残っておらず清潔で、シーツも綺麗だった。


「やっぱトイレは共用か~」


 この世界は魔道具がとても発達している。前世のようなトイレもあるのだ。ただし、汚物はどこにいっているのかわからない。超特殊な転移魔法だと聞いているが、真偽は不明だ。そのためかなり高額で売られている。


「でも部屋にトイレは欲しいのよね~」


 そして出来れば風呂も。トリシアが想像していたのは、前世で暮らしていたワンルームアパートだった。だがそんな設備がある貸し部屋なんて、S級や貴族が泊まるような高級宿以外ありえない。一般の民家でも設置されてないことの方が多いのだから。


「そんなこと言ってたらあっという間に予算オーバーになるし……」


 だけど夢は膨らむ。想像だけならタダだだと、トリシアはニヤニヤしながら考えた。


「あとでルークの部屋も見せてもらお~」


 S級は破格の待遇だ。ギルドの職員がまさかルークがここに泊まるとは思わず慌てふためいていた。


 さて、早速小遣い稼ぎだ。小遣いと言っても治療回数が増えればそれなりになる。怪我の度合いや内容で価格が変わるので、場合によってはいい収入源になるのだ。


「えーっと、軽い裂傷レベルで銀貨1枚!? めちゃくちゃいいじゃない!」


 ギルドの担当者から渡された金額表を見てトリシアは驚いた。相場の倍の金額なのだ。


「でもこれって……患者さん来ます?」

「新しい階層が現れてからここの領主様が冒険者の為に治療費を援助してくださってるんです」


 この援助金は冒険者の為というより、ヒーラー確保の為のお金だった。冒険者達が実際に払う金額はこの半分で、それだと他の治療院とあまり変わらない。


「西門近くの治療院じゃ扱いきれない人数や重症者の受け手をギルドが担ってるんです。ここ最近は日に4、5人は確実にくるので安心してくださいね!」


 またヒーラーに辞められたら困ると、担当者は慌てて付け加えた。


「へぇ~流石お金持ってる領は違うわね~」


(補助金か~! まあダンジョンで栄えてる街だし、優秀な冒険者には出来るだけ元気にここにいてもらいたいわよね)


 軽い裂傷でも後々そこから菌が入り悪化することは知れ渡っているので、ほとんどの冒険者はちゃんと治療を受ける。

 魔法薬も流通しているが少々嵩張るので、冒険者はあまり数を持ち歩かない。


「冒険者向けの安い食事処も多いし、なんとかなるわね!」


 常駐ヒーラーは少しだけ部屋代の割引があって、1日大銅貨7枚だった。1日大銅貨2枚あれば、ある程度ちゃんとした食事をとることができる。


(お酒はしばらくお預けかしらね~)


 大銅貨10枚で銀貨1枚なので、手数料を考えても1日1回ヒーラーとして仕事をすれば生きていける計算だ。現在常駐のヒーラーはトリシアを含めて4人と契約しているが、内2人がダンジョンに入っているため実質2人らしい。残りのヒーラーがしばらく頑張っていたらしいが、連日予想外にくる患者の数に負け、ついにダウンしてしまっているそうだ。


(ブラック企業……!?)


 一瞬嫌な記憶が甦るトリシアだったが、頭を振ってあまり深く考えないようにした。


(賃金はいいし、ここで貯めれば#魔道具__トイレ__#に手が届くかも! 一日最低銀貨4枚なんてなかなかないわ!)


「最近はこの街にくるヒーラーの数が減っていたので大変助かります」

「戦えるヒーラーはあまりいないですからねぇ」

「ええ……ですが冒険者……いえ世の中にはかかせない存在です!」


 ギルドの職員は熱く語っていた。

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